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 神聖世界樹国家(メタノユグドーン)へと至る道



 世界樹(ユグド)の麓に都市を整備し、二十年後に遷都(せんと)を行う――。


神聖世界樹国家(メタノユグドーン)へと至る道を、共に」


 スヌーヴェル姫殿下の衝撃的な宣言に、流石に驚きを禁じ得ない。だが二言などある御方ではない。

 計画は野心的で、遥か未来を見据えている。

 

 百年後、いや……千年後の未来まで世界樹を中心とした魔法文明発展の事を考えている。


 神聖(・・)という枕詞が人心を惹き付ける意味を成すのは、リーゼハット局長や、横に立つレイストリアの表情を見れば明らかだ。

 世界樹の生成過程が実は成り行きであったことは姫も承知の上。しかし、王権の正統性を示す神器であり、大勢の人類を絶望から救った『聖剣戦艦』があの中に眠る以上、神聖視してゆくのは必然だろう。

 

 メタノシュタットを超える魔法王国か。それはとても楽しそう(・・・・)だ。


 断れば処分されかねないが、断る理由も見当たらない。

 王都(ここ)での暮らしも悪くないが、何もないところから新しい可能性を切り拓くほうが自分には合っている気がする。

 魔法への興味は尽きないし、弟子のヘムペローザの力を更に開花させてやることも可能だろう。

 家族には少し不便でつらい思いをさせるかもしれないが……。逆説的に考えれば、与えられた職務(チャンス)に真面目に精励し、実績を積み重ねることで、あと二十年は安心して暮らせるとも言える。


「御意に。このググレカス、微力なれど全力で職務をまっとうする所存にございます」


 最早、姫殿下のお考えそのものについての異論はない。

 俺は深々と身体を折り曲げて恭順、受け入れの意思を示す。


「宜しい。年を越す前には現地に赴いてもらいたい。……ご家族とじっくりと考える時間はあるでしょう。くれぐれも良き働きができるよう、熟考されよ」


「はっ……! 深いお心遣い、感謝いたします」


 流石は姫殿下。家族という言葉を出しての、女性らしい細やかな気遣いに感謝する。


「まぁさっきも言ったとおり、手続き関係は任せておきなさいな」

「ありがとうございます、局長」

「あ。それより送別会しなくちゃねぇ。ボクの部下じゃ無くなるんだもんねぇ」

「嬉しそうですね……」

「いやいや!? 悲しいよー」


 単身赴任か家族での引っ越しか。大きな悩みではあるが、局長の様子だと考える時間も余地もありそうだ。


 世界樹の周辺を発展させ、村を築き街にする計画は着々と進行中だ。世界樹の村『ヨラバータイジュ』を中心として急速に整備が行われつつある。


 更に、新しい「魔法動力による交通インフラ」を構築すべく、王都ではあらゆる技術的試みが行われている。

 魔法技術の検討会に、各種技術要素の試作、検討。俺も一部関わったが、まだ「これだ」という決定された方針は見えていない。


 しかし、姫殿下が示された条件で一つ重要なものがある。


 二十年、という時間の設定だ。


 口外することは(はばか)られるが、現王のコーティルト国王陛下のご年齢、六十というお年を考えれば――ティティヲ大陸における人類種(・・・)の平均寿命は六十歳代後半――退位、もしくは崩御(・・)される可能性が極めて高いと考えられる。


 つまり事実上、姫殿下が女王陛下(・・・・)の座についてから『遷都』という大事業を、実行に移そうという腹づもりなのだ。


 ご自身が王権を掌握した後であれば、身内での争いはもちろん、国内における反発や分裂のリスクも限りなく減らせる。そう考えると絶妙な計画のスケジュール設定か。


「しかし……ひとつだけ気掛かりなことがございます」

奏上(そうじょう)を許可する」

「恐れながら姫殿下。世界樹はいささか南国マリノセレーゼに近くはございませんか?」


 第二の王都というには、国境が若干曖昧な場所にある。水源は地下水が豊富で、森林資源の潜在性も高い。しかし隣国との国境線も曖昧な、ヒカリカミナ湿原の南に位置している。


「十年以内には杞憂も無くなるでしょう。そのための外交的な努力は国王陛下が、着々と行っておりますわ」


「……なるほど、そういうことでしたか」


 まさか侵略や戦争というわけではあるまいが、何らかの明確な外交的な解決が模索されているのだろう。

 一番安心できるのは、マリノセレーゼを「呑み込んで」イスラヴィアのようにしてしまうことだが……。それは俺が考えるべき事案ではない。


「私は、国王陛下のお力になりたいのです。偉大なる陛下が、不得手(・・・)と言われる分野を輔弼(ほひつ)するのが私の務め。陛下もそれを期待しておいでですわ」


 金色の縦巻きロールの髪の先端を、指で弄りながらほほ笑みを浮かべる。


「このリーゼハット。いえ私以下関係部署におきまして、姫殿下のご意向を最大限に汲み、政策を着実に実行に移しております。特に庶民の暮らしが豊かになるよう、治安、教育、福祉など。最大限、庶民の暮らしに関する様々な改革を推し進めております」


「そなたの働きにはいつも感謝している。リーゼハット局長」

「勿体無いお言葉。ははーっ」


「魔法分野における新規技術開発、交通網の整備、そして世界樹の開拓……か」


「新交通網の整備に関しては、いくつか試案が出来上がっております。しかしこれも十年計画で、国王陛下と王国軍の後押し無くては実現不可能です。……技術的な開発はこれからも鋭意行い、画期的なアイデアがあれば検討してまいりましょう。宜しいですねググレカス」


 と、スヌーヴェル姫殿下が俺を見て言う。


「はっ!」


 つまり、やるべきことは3つ。


 1、聖剣戦艦の艦橋――制御室の発見と掌握

 2、世界樹村周辺における街づくりの補佐

  (メインはあくまでもレンブラント辺境伯(・・・)だ)

 3、新交通網整備のための新しいアイデアを提案する

  (世界樹側に立って考えろ、ということだ。「1」と絡めてもいい)


 重荷に感じると言うよりは、やりがいを感じる。

 王都でハイエルフ娘と街ブラするよりずっと楽しそうだ。


「……ググレカス」

「は、はい?」


 姫殿下が退室の準備を始めたところで、レイストリアが声をかけてきた。


「これから世界樹と王都を幾度も往復、時には我らが計画を阻まんとするような、仇なす連中の排除、という事もありましょう」


 白銀の髪を揺らしながら、ゆっくりと身体をこちらと対峙するかのように向き直る。


「何がおっしゃりたいのです?」


「現に今も、マジェルナは王都内の、とある脅威の排除に出向いています」


「……ぬ?」


 青髪のマジェルナ。姫殿下の近衛魔法使いの一人。あちらは王国軍所属の最強魔法使いだが、その忠誠心はレイストリアと変わらない。側近中の側近だ。

 

 姿が見えないと思ったが、何処かへ出かけているようだ。脅威の排除、とは一体何だ。

 

 公文書を『検索魔法(グゴール)』で調べたい欲求に駆られるが、自重。


「本来ならば、賢者ググレカス。貴殿の仕事だ。しかし今日は遠国からの使者の歓待に、姫殿下との謁見があったので、代理で差し向けました」


 つまり、いま彼女は王都の何処かで、不埒な輩を相手をボコボコにしている……と言うことらしい。そっちもすごく気になるが。


「それは申し訳ない。こんど穴埋めは致しましょう。お心遣い感謝です」

「穴埋めなど必要ありませんが、ひとつ、提案が」


 そういうとレイストリアはスヌーヴェル姫殿下の方を振り返り、その先の言葉を続ける許可を求めている様子だ。


「……貴女が望むなら。けれど、お互いに怪我だけはなさらぬよう」


 はぁ、と小さく微笑むとスヌーヴェル姫殿下が頷いた。


「ありがたき幸せに存じます」


 ハイエルフの魔法使いが軽く頭を下げた。その後ろではスヌーヴェル姫殿下が軽くため息をつくのが見えた。


「何を申されておいでですか?」


「ググレカス、私とひとつお手合わせ願いたい。姫殿下の懐刀を名乗る以上、この先もう失態(・・)は許されない。どんな相手であろうと、です」


 その言葉は静かではあったが、明らかに苛立ちと強い憤りの気配を醸していた。


「失態……だと」

「ルーデンスにおける無様な敗北は、姫の顔に泥を塗る事になります」


「ぬ……ぅ」


 俺は返す言葉を失った。

 姫殿下は不問に付して下さったが、あのルーデンスでの一件――太古から復活した魔法使いラファートの大苦戦――の事を指して言っているのだ。


「私の前に屈する程度なら、姫殿下の懐刀など認めるわけには参りません」


 屈するも何も、レイストリアは名実ともにメタノシュタット最強の魔法使いだ。


 忘れもしない。あの超竜ドラシリアの真正面に立ち破滅的なブレスを防いだのだ。地面を融解させる程の灼熱を、防ぐだけでなく「撥ね返した」実力の持ち主だ。


 事実上、同じく純白のマントを拝領しているレントミアよりも、単純な戦闘力においては上回る術者であることは疑いようがない。


 ――勝てるのか、俺はこのレイストリアに。


<つづく>


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