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 ググレカスへの辞令。~明かされるスヌーヴェル姫殿下の計画

「スヌーヴェル姫殿下直々の辞令って、かなり栄誉なことだよ。珍しいよねぇ、冬になるのにねぇ」


 リーゼハット局長が含みのある言い方をする。


 冬になる前の辞令は何か意味があるのだろうか? 極寒の地にでも飛ばされるフラグなのかと不安がよぎる。


 いや、しかし。最近特に悪い事などしていない。かといって、特別褒められる程のこともしていない。


「……なんだか緊張してきましたよ」

「ググレカス君らしくもない」

 リーゼハット局長はお腹を揺らしながら気楽に笑う。歩いているだけで息が辛そうだ。


「あ、今日は賢者のこのマントの下、普段着でした……」

「ハハハ、別にお気になさらないさ」

「うぅ」

 ズボンとシャツはリオラがアイロンがけをしてくれたので、パリッとはしている。だが、貴族が着ているような、一流の高級品ではない。

 今日は王城の玄関前でハイエルフのお嬢様たちを見送るだけの簡単な仕事で終わる予定だった。あとは適当に内務省のオフィスで書類を読んで、魔法協会に顔を出してサロンでサボって、早めに帰ってこよう……と思っていたのだから。


 ――ハッ? まさか……この、勤務態度に問題があった?


 確かに休みは多かったが、有給は全20日間。使ったのは17日。まだ3日は残っているのだから全然余裕。

 

 でも……なんだろう。

 

 何か、以前と比べ自分が何かこう、変わってしまった気がする。

 

 思わず空を見上げる。

 

 澄み渡った秋晴れ。視界の隅に筆で掃いたような薄雲が広がっている。


「賢者ググレカス、私は隠れておりますわよ? ご武運を」

「メティ!?」

 辛い時、気を紛らわしてくれる相棒の妖精メティウスは、ふいっと隠れてしまった。マントの内側に入れっぱなしだった本の中に入ったのだ。


「まぁいいか」

「じゃぁ行こうか、王城に入るよ」


 大きな額縁に入れられた絵画や白い彫刻が飾られている城の一階の大広間を通り抜ける。

 直径30メルテはあろうかという半球形の巨大なホールは、開放されたエリアであり、大勢の人々で賑やかだ。


 王政府の役人や、警備の衛兵はもちろん、地方から来た貴族やお付きの者たち、それに騎士や魔法使い。外国から来た商業使節団など、数多くの人々でごったがえしていた。

 まるでパーティ会場だが、平日の業務時間内はいつもこんな感じで賑々しい。

 互いに挨拶をし、壁際に設置してある会議スペースで何やら話し込んでいたりする。


 賢者のマントを羽織った俺と、内務省の局長(・・)という二人組は、どうも「悪目立ち」するらしい。

「おぉ、あれが噂の……!」

「賢者……ググレカス様か」

「王国の勝利の影に賢者あり、影の魔法使い」

「それに、一緒にいるのは諜報機関……」

「事務方の黒幕(トップ)……局長だ」


 他国から来た大使や商人たちから注目を浴びながら進む。努めて爽やかでにこやかに。

「なんだかこういうのも疲れます」

「慣れだよ慣れ」


 軽く挨拶を交わしながらその場を切り抜け、更に奥へと進んでゆくと、ようやく王族の居住エリアへと繋がる廊下だ。


 衛兵や城内の王宮魔法使いに守護された廊下を通り、いよいよ謁見の間へと進む。


 しかし今日は、畏れ多くも国王陛下に拝謁するわけではない。スヌーヴェル姫殿下との謁見なので、メインの巨大な謁見の間ではない。その横にある小さな執務室、予備の謁見の間とでも呼べる場所へと通された。


 そこで暫く待つことにする。

 広さは幅25メルテ奥行15メルテほどの空間は、赤い薔薇輝石のタイルで覆われて、テーブルは黒い(ウルシ)の樹脂で光っている。

 15メルテもありそうなテーブルの一番端に、俺と局長が腰掛ける。姫様付きの近衛兵が四名。2つある入り口、それぞれに2名ずつ立っている。そんな中、白いエプロン姿の侍女さんが南国産の紅茶を運んできてくれた。


「……あ、お茶が美味しい」

「これはマリノセレーゼのだね」


 一部、報道業者(マスコミー)の言葉を借りれば『エルゴノート婿王子(・・・)が、城内の様々な抵抗勢力(・・・・)との権力闘争に敗れ、自身の失態によりその座を追われ』はや半年が過ぎていた。

 

 色々なことがあったが王都で暮らすには日々、王城での顔見せや挨拶回り、根回しが欠かせない。

 息が詰まりそうだ、と正直思うときもある。


 簡単に冒険して敵を倒してその日を暮らしていた最初のころ。あの時代には戻れないにしても、ここが俺の居場所なのかと、豪華なシャンデリアをぼんやり眺めて自問する。


 スヌーヴェル姫殿下は、一時は失脚しかけたものの今や王位継承の序列第1位。このまま、どなたともご結婚されなければ次期国王いや、女王陛下(・・・・)の誕生となる。

 そういう意味でも、臣民から更に注目されつつある。


 とは言うものの。現王、コーティルト国王陛下は還暦が近いというのに、兎に角、ご健勝であらせられる。毎朝の運動と称し、城の中庭で、王国軍大将のギルケス将軍とご一緒に剣の鍛錬を欠かさぬ肉体派。

 国民や諸外国からは武闘派、いや筋肉派(・・・)の国王陛下として知られている。


 数ヶ月前、王国に仇なす秘密結社ゾルダクスザイアンの本拠地に、問答無用で『神威(カムイ)鉄杭砲(キャリバー)』を叩き込む英断をなさったのも国王陛下なのだ。


 やがて、メタノシュタット第一王女コーティルト・スヌーヴェル姫殿下が入室された。


 落ち着きのある赤いドレスを身につけ、髪は完璧に整えられた縦ロールの金の髪。美しさと気品を兼ね備えた御尊顔をこの距離で拝顔するなど、普通なら縁遠い存在だ。


「リーゼハット局長に賢者ググレカス、ようこそ」


 姫が玉座に腰掛けるなり口を開いた。


「はっ、仰せの通り連れてまいりました」

「馳せ参じましてございます」


 俺と局長は立ち上がり深々と礼をしながら、片膝を床についた。距離があるとはいえ、同じ室内にあるのは謁見用の大きな玉座のある台座だけだ。立ったままでは無礼に当たる。


「……」

 俺の動きに、特に目を光らせている側近も居る。

 影のように静かに背後に付き従うのは、姫殿下の側近中の側近。最強魔法使いを意味する純白のマントを羽織るハイエルフ(・・・・・)、レイストリアだ。

 冷たい氷のような視線を衛兵に向け、小さく頷く。すると四名の近衛兵たちはパキパキとした動きで退出していった。


「ふたりとも、堅苦しい挨拶は無くて結構です。(おもて)をお上げなさい」


「はっ……!」

「はい」


 恐縮しつつ顔をあげる。姫殿下は細長い部屋の向こう側、大きな背もたれのある簡易的な上座に腰掛けていた。

 レイストリアは右奥の窓側に立つ。室内全体のみならず、窓の外にも視線を向けられる位置。実に抜け目がない。

 白銀のロングヘアが、窓から差し込む光で輝いている。さっきまで案内をしていたハイエルフの三人娘も美しかったが、このレイストリアも間違いなく美人だ。しかし鋭いナイフのような、危険な美しさではあるが。


「お忙しいでしょうから手短にまいりますわ」


 姫殿下は僅かに表情を緩めると、口調も柔らかに話し始めた。


「賢者ググレカス、私の懐刀(ふところがたな)として、様々な任務に尽し、実によく働いてくれました」

「はっ! 勿体無いお言葉、恐悦至極」


「報告は全て局長から受けています。この数ヶ月間、ルーデンスの()の除去、王都内における不穏な動きへの対処など、読んでいるこちらもハラハラすることだらけでした」


 姫殿下は()で楽しそうに微笑んだ。


「少しでも王国のお役に立てていればよいのですが」


「それは存分に。そこで、もうひと働き。私の大切な懐刀(かいとう)ググレカス、大きな仕事を任されてみませんか?」


 きた。


 これが、局長の言っていた直接の「辞令」というやつか。緊張が走る。

 思わず隣の局長と一瞬だけ視線を交わす。


「と、申されますと?」


「貴方にしか出来ない仕事です。世界樹(ユグド)に赴きなさい」


「世界樹に、でございますか?」


 それは、ある意味で想定内のことだった。

 心の何処かで覚悟はしていたが、意外にも早くやってきた……という気がする。


 世界樹をメタノシュタットの領有地として開拓し、完全なる実効支配を確立する。


 その国策のため、既に多くの者達が必死で働いている。

 すぐに脳裏に浮かぶのは、世界樹開拓村、『ヨラバータイジュ』を任されたレンブラント卿のことだ。


 彼は『神託の十六騎士』を束ねるヴィルシュタイン卿より、全幅の信頼を受け、威光ある『神託の十六騎士』と同じ鎧を与えられ世界樹の麓へと赴任している。


「ググレカス、貴方の内務省(・・・)の職を、本日付を以て解任します。代わりに、新設される『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』の特別魔法顧問技師(・・・・・・・・)、兼、総督補佐(・・・・)としての任を命じます」


 ――『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』の特別魔法顧問技師(・・・・・・・・)!?


 一体何をする役職だ。ていうか、俺は内務省を辞めさせられたのか? 首? え?

 それに総督補佐ということは、総督は誰だろう。


 給料は? あれ、ていうか世界樹には一人で?

 流石に頭の中が、ぐるぐると少し混乱する。


「『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』の特別魔法顧問技師、でございますか」


 戸惑いをやや表情に出しつつ、確かめるように言葉を繰り返す。


「そうです。『世界樹開拓府(ユグドパイオニア)』は、我が国の神聖なる国土とするための最終段階です。イスラヴィア自治領と同じ扱いとするため、初代総督にはレンブラント卿を任命します。彼には辺境伯(・・・)の称号を与え領有に相応しいものとします。その補佐役として、魔法関係全般の監督官として……ググレカス、貴方が適任です」


「なんと……!」


「よかったね、ググレカスくん。栄転だよ!」


 と、局長は言うが栄転なのだろうか? 特殊魔法顧問技師という職位は聞いたことがないのだが。


 これは、此方の意志とか都合とかではなく「勅命」だ。


 嫌とかどうかではなく、絶対命令である。

 王政である以上、絶対だ。

 逆らえば、あそこに立って目を吊り上げているハイエルフに処分されてしまうだろう。


 それよりも真っ先に脳裏に浮かんだのは、家族のことだった。

 マニュフェルノは医局の手伝いをしているが、どうだろう? 俺が内務省を辞め、特殊な世界樹専属魔法師になったとなれば、ついてきてくれるだろうか?

 リオラは……高等学舎生活が楽しい盛りではないのだろうか?

 プラムやヘムペローザは? 特にヘムペローザは魔法学校への入学が約束されているのに……。

 ラーナやレントミアは一緒についてくる、と言いそうだが実際は……?

 様々な考えが脳裏に浮かぶ。


「あっ、単身赴任ですか?」


 思わず間抜けなことが口をついて出てしまう。


「ググレカス君、ご家族ともよく話し合ってね。いくらでも調整はできるから」

 局長が横からフォローを入れてくれる。

「は、はぁ」

「向こうの世界樹村へはね、単身赴任でもいいし、ご家族で引っ越しても構わないよ。スヌーヴェル姫殿下は教育に関しては熱心であらせられるから、今は世界樹村にも、王都と同じカリキュラムを受けられる高等学舎や中等学舎の『分校』だってあるんだよ」

「分校まで?」

 それは知らなかった。


「小さいけれど、ちゃんと教育の機会はある。だって向こうは今、人口規模1万人を越えたからね。もう一つの小さな町だよ。それに高等学舎分校の中には魔法科もできるんだよ。実は講師不足で……キミに頼むかもしれないけど」

 と最後はボソボソと何やら内情まで暴露する。


「はは……」


 なるほど、移住を前提としてあらゆるインフラを整えているのだろう。局長がいろいろと教えてくれのを見定めたのか、姫殿下が口を開いた。


「ここからが、本題です」


「はっ」

 今一度姿勢を正す。


「私は世界樹の麓に形作られる新しい街に、20年以内の『遷都(せんと)』を考えています」


「なっ!? 遷都……ですと?」


 思わす声を潜める。セ…‥のあたりで口を押さえて。こんな事、聞かれたら下手をすると処刑されかねない


「声が大きい。ググレカス自重を」


 とレイストリアが鋭い声を発する。


 どうやらかなり内々の極秘の話らしい。スヌーヴェル姫殿下が続ける。


「今や王権の正統性、神威を示す聖遺物『聖剣戦艦』――蒼穹(ファティマート)白銀(プラチナ)――は、世界樹の中にあります。お父様は、その意味を軽んじておられますが、私はあの力を見て確信しました」


「聖剣戦艦……!」


 そうか。理由はそれか。


「あれを操り、空を飛ばせたググレカス、貴方こそが真の賢者。ただの魔法使いではない」


 だから俺を、こうして重用してくれていたのか。


「そのまま務めを果たしてほしいのです。王国のいえ……()賢者(・・)として、あの船の制御(・・)を再び手に入れなさい。飛ばなくとも魔力の中枢として、世界を魔力により統べる力を……手に入れられるでしょう」


 美しい姫君は瞳に輝きを宿しながら、言葉に熱を込める。


「世界樹に宿る魔力を……聖剣戦艦の力で、制御できないかとお考えなのですね」


「ご明察ですわ。私はできると考えます。貴方の可愛いお弟子さんとご一緒なら」


 優しい笑みを浮かべる姫殿下。


「……はっ」


 ヘムペローザの魔法の事も当然、調べがついているというわけか。さすがは姫殿下。世界樹で何があったか把握しておられる様子だ。しかも姫殿下は聖剣戦艦のモニターを通じ、逐次状況を把握されていたのだから。


「世界樹を通じた魔法による威光、それは世界をとても平和で、安定的なものとすることが出来る。私はそう確信しています。それがやがて千年もの栄華を約束する、神聖世界樹国家――メタノユグドーンへと至る道とならんことを願っています」


 俺は言葉を失った。そこまでの構想をお持ちなのだ。

 いや……これは、今の王に知られてはまずい程に壮大で、ある意味とても危険な構想だ。


「姫殿下はそれを私に?」

「共に歩んでくださりますか、賢者……ググレカス」


<つづく>


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