旅立ちの三人娘とリーゼハット局長の肩の荷
◇
一夜明け、俺は王城へと登城した。
ハイエルフの国から「お婿さん」候補を探しに来た三人娘を見送るためだ。
すでに出立の準備は整っていて、2台の黒塗り馬車が王城前広場に横付けされていた。見ると普通の馬車とは少し様子が違っていた。
「ん……?」
「賢者ググレカス、普通の馬車ではございませんわね」
妖精メティウスもひらひらと頭上を舞いながら眺めている。
「これは……どうやら『ハイブリッド推進型馬車』のようだな」
「それって先日、魔法工房が試作品を展示しておられましたわよね?」
「そうなのだが……、まさか市販品として量産されているのか?」
俺は興味がわき、思わず身をかがめて車両の下を覗き込んだ。
車輪を支える車軸に何か装置のようなものが取り付けられている。
次に馬を見ると、馬の体にも装飾の施された衣装を身に着けている。それは偽装であり、よく見ると金属の棒が突き出た『鐙』のようなものが背中に取り付けてある。それは四方に伸びていて、馬の四肢をベルト状のバンドで締め付けてある。外部から馬の動きをサポートする魔法の外骨格のようなものらしい。
――まるで『魔力強化外装』の実体版だ。
「賢者様、興味がお有りでしょう?」
横に居た御者を務める衛兵服を着た男性が話しかけてきた。馬車は2台。ハイエルフの娘たちが乗る車両に、護衛の戦士と魔法使いが乗る馬車らしい。
「これは失敬。つい興味が湧いてしまって。これは『ハイブリッド推進型馬車』ですね?」
「はい。配備されたばかりの新型でして。今日は初めて西国ストラリアまで遠征ですから緊張します」
「なんと、量産されていたとは驚きだ」
「いえ、あくまでも先行試作品らしいのですが。普通なら10キロメルテ進んだら休ませなきゃならん馬が、30キロメルテ進んでも平気だった……ってんですから驚きですよ。可愛いウチの馬が疲れないのは嬉しいですが走り過ぎ注意ですよ、ははは」
馬が好きなのだろう。衛兵服を着た御者の男は馬の顔をグリグリと撫でた。
馬を疲れさせないよう、馬自体をサポートする魔法の外骨格を付けている。それに馬車の車両自体には、走行をサポートする魔法の仕掛けを後付けし、車輪も特別製。走行性能を高めるやりかただ。
これは紛れもなく、『次世代交通技術、研究成果発表会』で、民間の魔法工房組合が提案した方式だ。
「民間が提示した方式を導入したのですよね?」
「そのようです。王国軍が使う魔法道具は全て、『軍需魔法工房』が管轄しておりますが、民間の組合から技術……あ、いや確か部品というか、半製品を購入しているようです」
「なるほど、納得です」
昨日の工事現場での「穴掘り対決」などは結構グダグタな感じがあったが、こういった部分でしっかりと収入を得ているのであれば、ああした余裕もあるのだろう。
やがて王政府の役人たちと共にハイエルフ三人組が城内から出てきた。
彼女たちの属する『ハイエルフの村』は国家ではないが、待遇は国賓級だ。
「賢者様、この度はお世話になりました」
「うふふ、大変ご機嫌麗しゅう」
「お世話になりました」
青い伝統的なエルフのドレス風衣装に身を包んだアレーゼル。王都で流行のお菓子の包みをたくさん抱えている。お土産なのだろう。
後ろからは、メタノシュタットで購入したらしい流行りのドレスを着たエフィルテュス。
服の入った紙袋を両手に下げている。王都の暮らしに憧れを抱いたのかもしれないが、帰って叱られないだろうか?
3人目は男装の麗人、貴族の正装を身に着けた、カレナドミアが続く。彼女は魔法の本を小脇に二冊抱えていた。王立図書館で珍しい魔法の本を貰ったようだ。
「これはこれは皆様、大したお力になれず……名残惜しい限りです」
俺は賢者のマントを優雅に振り払いながら、深々と礼をする。
内心は肩の荷が下りてホッとしているが、まぁいい経験にはなった。
「とても貴重で、楽しい体験をさせていただきましたわ、賢者様」
「ここで見たこと聞いたこと、お父様や長老さまに伝えますわ」
「魔法は、私達が知る以外の可能性もあるのだと……。世界は広いのだと知ることが出来たよ」
「そうですか。何か得るものがあれば、それだけでも」
見た目は可憐で優雅な仕草で、微笑みを浮かべる三人組。
結局、目的である「婿探し」はどこまで成果が出たのだろうか。
もっとも、結婚を目的としているのだから「きっかけ」になればいいという、長い目で見た通過儀礼なのだろう。
あるいは最初から「人間社会の見学」が目的で、あまり本気ではなかったのだろうか?
ハイエルフ族の伝統や真意まではわからないが、彼女たちなりに得たものは有ったのだろうと思いたい。
馬車に乗り込んだハイエルフの三人は「かならず、遊びに来てくださいね」「待ってますわ」「魔法について、こんどじっ……くりと」と言い残して去っていった。
2台の馬車は、大勢の王政府関係者が見送る中、ゆっくりと出発していった。
見えなくなるまで見送ったところで、リーゼハット局長が樽のような身体を揺らしながら近づいてきた。
「ググレカスくーん」
「局長、この度は……私の力およばず、お婿さんを」
「あっ、いいの。概ね大成功! お婿さんなんて一回で見つかるわけないでしょ」
「そうですか」
ちょっとホッとしていると、局長は言った。
「あのね、スヌーヴェル姫が呼んでいるの。キミを直々に。大事なお話があるみたいよ」
「えっ……?」
なんだろう?
俺が意外そうな顔をしていると、局長は何故かとても嬉しそうな笑顔になり、背中をぽんと叩いた。
「辞令だよ、辞令。たぶんね。いやぁ……ボクも肩の荷がようやく降り……ゴホン」
「は、はぁ……?」
なんだろう。嫌な予感がするのだが?
<つづく>




