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 まずい野菜と、瞳に映る景色


 ◇


 結局、ハイエルフの娘たちとの「婿探し珍道中」は午後まで続けられることになった。

 王政府内務省のほうで事前に関係各所へと事前に根回しをして、ご丁寧に予約まで入れてくれていたからだ。


 四人目は王立病療院で魔法薬の調合師として働いていた。名はトゥクターンといい、五十歳になる「若い」ハイエルフの男性だった。

 見た目はまるで人間の二十代後半ぐらい。これはハイエイフの生態を考えれば、驚くには値しないだろう。


 彼は数少ない治癒魔法の使い手でもあった。マニュフェルノも含め「傷口を元通りに再生できる」魔法を使えるのは、王国全体でも片手で数えられるほどしかいない。

 それもあってか他の医術師たちに信頼され、特に女性の医術師に慕われていた。彼女たちはいわば「親衛隊」と化していた。


「賢者ググレカス、ここは防御が固いですわね」

「あぁ、親衛隊が三人娘を近づけさえしないな」


 女性の多い職場であり、医術師や看護師、療法士さんたち、王立病療院で働く多くの女性たちにとっては憧れの存在なのだろう。

 

 そういえば、マニュフェルノも魔法の新薬開発を頼まれていたはずだ。ここに時々通っていたはずなので、帰ったら彼のことを聞いてみよう。


 それはさておき。

 突然訪問してきて結婚話をもちかける「図々しい」三人のハイエルフ娘たち。女性職員たちとは、一触即発だ。

 冷たい火花が散って、俺は穏便に事が進むよう、必死で間を取り持った。


 命を預かる医術師たちも、治癒に関わる魔法を扱える。マニュフェルノの腐朽魔法(ペドス)ほどではないが、本気になると実に恐ろしい魔法大戦が勃発しかねないからだ。


「疲れた……もう帰りたい」

「ぐぅ兄ぃさまこそ治癒が必要みたいですね」


 流石に弱音を吐く俺。チュウタにさえ心配される始末だ。


 とはいえ、リーダー格のアレーゼルが特にご執心だったのは意外だった。姉のための婿探しとは言いつつも、自分の気持ちに嘘はつけないようだ。


 すったもんだの末、なんとか結婚情報誌を渡し、王立病療院をあとにした。


 最後に向かったのは、とある男性ハイエルフのご自宅だった。

 名はホーテンフリュウ。王都を囲む城壁の、すぐ外側で暮らしていた。


 川沿いのよく肥えた土地を借り、小さな小屋を建て、新鮮な野菜を作る事に情熱を傾けているという。


「私はここで故郷を想いながら、のんびり野菜を作って暮らしています」


「まぁ……!」

「素敵……!」

「良いですわ」


 三人の反応はこれまでにない程に良い。


 彼は若かったが、純朴な好青年という感じだった。三人のハイエルフたちの反応もすこぶる上々だ。


 庭先には秋のカボチャが大きく実っていた。豆類もこれからが収穫の最盛期だという。

 俄然興味を持ち、詳しく話を聞く三人娘。


 するとホーテンフリュウさんは晴耕雨読(せいこううどく)。晴れの日は畑を耕し、雨の日には詩を編んでいるのだという。


 故郷に帰るつもりもなく、独身。実に欲のない菜食系の男子に思えた。


「美味しいお野菜ですねー、ぽりぽり」

「イチゴが美味いにょ、もぐもぐ」

「……んー」

「にょぅ」

 野菜も果実もなかなかの出来らしい。ちょっと微妙な反応なのは気になるが。

 ヘムペローザとプラムが、今年最後だというウリとイチゴを貰って食べている。


 これはハイエルフたちの「理想とする暮らし」に近いのだろう。


 では何故、故郷に帰って同じことをやらないのだろうか……?


 疑問はすぐに氷解した。


「あ、そちらの野菜と果物セット、合わせて3銀貨となります」


「ゆ……有料?」

「えぇ、王都での暮らしは何かとお金がかかるので」


 言われてみれば、小屋の中は高価な家具や調度品がズラリと並んでいた。

 あえて口には出さないが、「こういう暮らしをしています!」と見せることで、喜びを感じているように思えてきた。

 しかも、趣味と実益(・・)を兼ねているらしい。


 机の上には彼が書いたという著書、数冊の本がきれいに並べておいてあったからだ。

 『エルフな僕、菜食生活のススメ』

 『都会で出来るエルフののんびりスローライフ』

 『魔法も農薬も使わない! オーガニックなお野菜で長寿と健康を』

 ご丁寧に値札まで置いてある。


「これは……ホーテンフリュウさんが書かれたのですか?」


「えぇ。ハイエルフの著書は珍しいですから。王都出版社が引き受けてくれて。あ、『都会で出来る、エルフのんびりスローライフ』は、続編が出るんですよ」


「賢者ググレカス、雨の日は詩を書くどころか、思いっきりお金のための執筆活動ですわね」

「あ、あぁ……」


「どうです賢者様も一冊。読書が大変好きだと伺っております。直売ですから一冊8銀貨(シルヴァ)のところ、銀貨6枚でいいですよ」


「いや、結構です」


「そうですか……。王都での暮らしは何かとお金がかかるので」


 その話はさっきも聞いた。


「肥料や農薬代も馬鹿にならなくて」

「農薬を使わないんじゃなかっのたか……」


 本のタイトルは何なのだ。


「あっ、いえ季節柄、仕方なく使う場合もあったりなかったり。ちゃんとオーガニックで育ててますよ」


「……」 

 妖精メティウスが無言になる。彼の本質を見抜き、既に興味を失ったのだろう。


 結構、守銭奴(しゅせんど)と見える。


 ハイエルフの三人娘たちは小屋の外で無邪気に、大きなカボチャを見て喜んでいる。ちなみに秋の収穫祭で使う、大きな黄色いかぼちゃは、ひとつ銀貨1枚らしい。


 外でヘムペローザやプラムと、チュウタといっしょに笑っている限りは、良い娘さんたちにに見えるのだが……。


 世間知らずで我儘な彼女たちだが、こういう男を紹介するのは、何か違う気がした。


「あのエルフの娘さん達……よろしかったら紹介してくれません?」


 ホーテンフリュウさんの瞳には、金勘定のことが浮かんでいるように思えた。同じハイエルフであっても、それぞれ見えている景色が違うのだ。


 彼がふたたび口を開きかけたところで、俺は賢者のマントを振り払いドアを開けた。


「彼女たちは、故郷に帰ってくれる誠実な男性を探しているのです。申し訳ありませんが、今日はこれで失礼します。突然お邪魔してすみませんでした」


 丁寧に礼を述べ、この場を去ることにした。


 ◇


 秋の日差しが傾き始めるころ、俺はようやく開放された。


「賢者ググレカス、今日はとても楽しく有意義な一日でしたわ」

「世界は広く、様々な人々が関わって生きていることを知るいい機会でした」

「今度、勝負できたら良いですわね。いつかエルフの里にもいらしてくださいな」


「ははは、ご満足いただけたでしょうか?」


「えぇ」

「とても」

「楽しかったですわ」


 リーダーのアレーゼル。そして可憐なセミロングのエフィルテュスにベリーショートのカレナドミア。

 彼女たちは自然な笑顔を見せてくれた。


「人生経験と社会勉強にはなったかな」

「だと良いのですけれど。私も人様に何か言えるほど人生の経験はございませんわ。賢者ググレカスもおなじではなくて?」

「メティ、それは言わない約束だろ……。まいったな」

 いつになく辛辣な妖精の言葉に、俺は頬を掻いた。


 王城前に馬車を止め、三人を見送ってから帰路につくことにした。

 彼女たちは今夜、メタノシュタット最後の会食ということでパーティーらしい。


「さぁプラム、ヘムペロ、チュウタも、帰ろうか。いや……その前にすこし腹ごしらえしないか?」


 竜撃のサンドイッチ店、『ルーデンス野味(ヤミー)』なんてどうだろう。


「いいですねー。さっきの野菜の口直しにー」

「まぁ味はいまいちじゃったしにょ」


「おまえら……気を遣っていたのか?」


<つづく>


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