決着とメネリュオン中尉のヒミツ
土木作業現場で繰り広げられたゴーレム同士の泥仕合……いや、性能評価試合はとりあえず決着が付いたようだ。
とはいえ、まだ何かありそうだ。
次世代交通インフラ整備事業、建設用ゴーレム選定試験の選考委員が進み出ると、双方のゴーレムの間に立った。
「皆様、ご苦労様でした。それでは最後に双方、それぞれの機体の状況を報告して頂きたいのです。破損したり、損耗したりしていませんか?」
その問いに、双方の関係者たちが少しざわついた。
軍用ゴーレム『74式改・ドーザ』には整備兵、およそ5名が随伴している。
工房連合『忘却希望通』の合作ゴーレム、『ケロッくん・ワーカ』にも、応援団や職人たち十数名、ナルルがオペレータとして近くで作業指示を出していた。
「基地で分解調査しないとわかりません」
まず口を開いたのは軍用ゴーレム側の整備兵だ。
「いいや、問題ねぇ! 見ての通りバリバリだぜ! こっちは軍用ゴーレムで稼働率が命さ。ぶん殴られようが動く! 戦場でぶっ壊れねぇようになっている。とにかく頑丈さがウリなんだよ」
整備兵の模範解答を、操縦席から身を乗り出したメネリュオン中尉が遮った。ばんっ! と真鍮製の胸部装甲板を叩く。
「……わかりました。では工房連合さんはどうですか?」
ナルルは手に持っていた魔法のボードを眺めて、何やら仲間たちとヒソヒソ相談している。ずっとゴーレムの横で指示を出していたのは彼女だから、何かわかるのだろうか。
「賢者ググレカス、あの魔法の板は情報を表示するための物でしたわよね?」
「らしいな。微細な魔力波動をカエル型のゴーレムから拾っているようだが……」
機体をモニターする『戦術情報表示』の簡易版なのかもしれない。ナルルはずっとあれを手に持って眺めていた。
すると、打ち合わせを終えたナルルが進み出て、魔法の板を主催者側に指さしてみせた。
「はい、ウチの『ケロッくん・ワーカ』は、稼働時間トータル35分で、魔力残量68%です。あと、右前脚部の付け根の軸受がおよそ13%摩耗しました。まだ交換するほどじゃありませんが、次は一度点検したほうが良いかもです」
「……な!?」
軍の整備兵たちが顔を見合わせて、驚きの表情に変わる。
ナルルの持っている魔法の板には図が描かれていて、いくつか数値が浮かび上がっていた。
「あとは、やっぱり自在椀の第二関節部分の金属支持層が限界です。残念だけど……これ以上の作業はできません。一度分解修理が必要です」
泥に汚れた作業着姿のナルルがすこし残念そうに『ケロッくん・ワーカ』のボディに触れた。
「ほ、ほらみろブッ壊れてやがる。寄せ集めのガラクタじゃねぇか」
メネリュオン中尉が揶揄するが、その声に賛同を示すものは居なかった。
ハイエルフ三人娘たちでさえ、その意味する事の違いを察したようだ。
「私もこの子もポンコツですから。だったら……無理をしないで、それなりに頑張れるようにって考えたんです」
「う……む」
少女の真っ直ぐな瞳に気圧されたように言葉に詰まる。
「キ、キミ! 今の情報は、その魔法の石板で判るのかい?」
「……あ、はい。仕組みは簡単で水晶石を2つに割って、それらの共鳴現象を利用しているんです。魔法通信の小型簡易版です。水晶には簡単な魔法を仕込んでおいて、それを『ケロッくん・ワーカ』の各関節部分や、あちこちに埋め込んであるんです。調子が悪くなると知らせてくれるようにって」
「なるほど……!」
「これはいろいろ応用が利きそうだね」
ナルルは駆け寄ってきた主催者側の王政府関係者に説明した。手に持った魔法の板には、各部モニターのような働きがあったようだ。
流石のメネリュオン中尉も肩をすくめ、「まいったな」という仕草をする。
「最初から壊れることを前提にしていたのか。部品は必ず摩耗し、故障することを受け入れて……メンテナンスのタイミングを調べられるように仕込んでいたとはな」
まさに逆転の発想。壊れないように丈夫にするのではなく、壊れるなら事前に知ってしまおう、ということか。可視化すことで安心も得られる。
軍用のゴーレムにも当然メンテナンスという概念はあるだろうが、壊れたら現場で交換するというだけのこと。どれほど使えば破損するかは、使用状況等によっても変わる。
けれど、交換のタイミングを事前に知ることが出来たら、どれほど安心して使えるか。信頼性につながるか、考えるまでもなく答えは明白だ。
下町工房組連合の技術はやはり侮れない。部品や技術単体でも、いろいろ応用が利きそうだ。
「つまり、賢者ググレカス。一番の発明はあの……情報収集用の魔法の板、ということかしら?」
「主催者はどう考えるかな。でも見たところ、かなり手応えを感じているようだぞ」
「そのようですわね」
主催者たちは真剣にナルルや職人たちに話を聞いてメモを取っていた。納得した様子で彼らは、閉会を宣言した。
やがて、ムッとした顔で眺めていたメネリュオン中尉が、軍用ゴーレム『74式改・ドーザ』から地面に降り立った。
ツカツカとナルルの方へと歩み寄る。
不穏な気配を察したティリア少年は、ゴーレムの操縦席から飛び降りて、すばやくナルルの前に立つ。なかなか頼りになる騎士のようだ。
長身も高く、険しい顔のメネリュオン中尉が二人に視線を向ける。
「な、なんですか?」
「話なら僕が……」
「あーん! 君たち、きゃっわゆい! すっごいのね!」
突然、ふにゃん、と内股になったメネリュオン中尉が二人の手を握る。そして、ふにゃんふにゃんと握手を交わす。
「えっ、ぇええ………?」
ナルルが目を白黒させる。
――なっ、なにぃ……!?
周囲はその変化にドン引きだ。
「実はちょっと感動しちゃったの! キミいくつ?」
「じゅ……12」
「ま! 操縦上手いのねー。で、そっちのハーフの子、ナルナルちゃんは?」
「ナルルです16歳ですけど」
答えないと何をされるか分からないので、ひきつった表情で答えている。
「あーん、若いーっ!」
きゃっ! と大柄な図体で飛び跳ねるメネリュオン中尉。
「け、賢者ググレカス……。あ、あれは何ですの?」
妖精メティウスが震え声で怯えている。
「ヤツは……ゴーレムに乗ると男らしく屈強に、降りると可愛らしく変貌するタイプの軍人らしいな」
「メタモル・オカマタイプは初めてみましたわ」
「俺もだ」
馬に乗ると人格が変わる、というのは聞くが、あれは酷すぎる。
「逃げようナル姉ぇ」
「うん」
ナルルとティリアがたまらず逃げ出すと、それを「仲良くなりましょうよー」と叫びながらクネクネと追う中尉。キモイ、キモすぎるぞ。
「にょほほ、逃げとる逃げとる」
「さすがエースパイロットさんですねー」
「怖い、あの軍人さん怖い」
面白がるヘムペローザとプラム。そして怯えるチュウタ。
「……帰りましょうか」
「えぇ、アレーゼル。もう疲れましたわ」
「人間の都は魔窟以上に恐ろしいところね、エフィルテュス」
三人のハイエルフ娘は表情を固くすると席を立った。
「やれやれ、では帰りますか」
何はともあれ俺の婿探しツアーは、あの中尉のおかげで早くお開きとなりそうだ。
<つづく>




