ゴーレム対決、穴を掘る
「メネリュオン中尉! 口を慎みたまえ。王国軍人としての誇りを忘れるな」
来賓席に座っていた白髪の将校が、椅子に座ったまま一喝した。
制服には副参謀長の襟章。試作ゴーレムの操縦席から出てきた途端、勝手気ままな事を言う若い操術師の言動が目に余ったのだろう。
「……失礼いたしましたハイルリンヒ少将閣下。戦闘任務から久しく離れていたせいで、つい気が緩んでしまいました」
ぴしっと背筋を伸ばし敬礼をする。高さ3メルテの位置にあるゴーレムのハッチから身を乗り出しているのは、カーキグリーン色の操術師服に身を包んだハイエルフの若者だ。
「これも任務であることを忘れるな」
「了解」
どこか不満を滲ませる返事だが、表情は軍人に戻っていた。
「あれが3人目の婿候補か。なかなか活きがいいな」
「三人娘さんたちは、気に入っている御様子ですわ」
妖精メティウスが前列に座るハイエルフ三人娘を眺めながら言う。野性味溢れる軍人の言動や仕草が気に入ったのだろう。しきりと「頼りがいがありそう」とか「強引に迫られたら断れな」とか、「男らしいわ」とか言っている。
若さゆえか少し横柄な態度が鼻につくが、俺も人のことは言えないので反面教師にするとしよう。
気になったので彼の経歴を『検索魔法』で調べてみる。
――メタノシュタット王国軍魔法兵団所属、メネリュオン中尉。ハイエルフ族、魔王大戦以前から王国軍に所属する軍人。
本来の所属はゴーレム操騎兵第一師団。しかも魔王大戦で大型の敵魔獣を仕留めたことで勲章を授与された、エース操術師らしい。
軍用の大型ゴーレム74式は通常は3名の魔法力を有した乗組員で動かす。しかし彼は一人で動かせるほどの魔法力を有しているという。
装甲を白く塗ったカスタム機を操り、一番槍として魔王軍の大型魔獣の群れと真正面から激突し勝利を重ねた実績を持つ。
「それが今や、土木工事用ゴーレムの試運転とはな」
「文句の一つも言いたく成る気持ちもわかりますわね」
「だが、任務は任務だからな」
俺だって魔王と直接対決したほどの元英雄だ。けれど今やこのとおり。田舎から出てきたハイエルフ三人娘の婿探しという、国家の密命を帯びた仕事をしているのだから。
妖精に小さく肩をすくめてみせる。
「賢者ググレカスも何かご不満でもございまして?」
「いや、無いよ。さぁ仕事仕事」
仕事とはいってもゴーレム対決が終わるまでは、見学するしかないのだが。
しかし、ひとつ気になる部分があった。
それはメネリュオン中尉がゴーレム部隊の「一番槍」だったという点だ。
ゴーレムの実戦部隊が大規模に投入されたのは魔王軍と人類連合軍が激突した戦場だ。突っ込んでくる敵を真正面から受け止める、あるいは敵に切り込んで切り崩す。直接殴り合うわけだから、よほど度胸が据わっていないと戦果は期待できない。勇敢であり冷静。更に貪欲な勝利欲求が無いと務まらないだろう。
慎み深く思慮深い森の妖精――神秘的な種族。そんな印象を抱かれることが多いハイエルフ族だが、実は心の内には激しい情熱を秘めているのではないだろうか?
悪く言えば「タガ」が外れると一気に燃え上がって暴走するような、激情的な一面があるとしたら?
婿探しの三人娘だって、世間知らずのお嬢様と見せかけて、熱い想いを秘めてはるばるこの地までやってきたのだから。
魔女アルベリーナも、あの年になるまで情熱的に「自分探し」をし続けている。時に国や他人を巻き込んで、引っ掻き回すほどに。
魔王大戦で多くのハイエルフの男性が命を落としたという事実には、こうした一面が何か関係しているのではないかと考えるのは、いささか強引だろうか。
と、主催者が選考会の続行を宣言した。
『最初は双方に深さ1メルテ、幅2メルテ。長さ3メルテの穴を正確に掘っていただきます。制限時間は20分。はじめ!』
「カエルゴーレムの墓穴を掘る任務、遂行します」
嫌味たらしく言い捨てると、メネリュオン中尉はゴーレムの中に乗り込んだ。
ゴゴ、ゴゥン……と音を響かせながら所定の位置に移動し、手に持った装備『魔導スコップ』で地面をプリンのような容易さで掘り進めていく。
「性能は予定通り発揮されているようだな」
「実に正確な動きだ。生きている巨人族のようだ」
「しかし、乗り込んだエース級パイロットの腕前によるところが大きいのではないか?」
来賓席では早速、その働きぶりの評価を始めている。
索敵結界で検知した魔力波動から察するに、どうやら一人であの機体――建築用ゴーレム、74式改・ドーザを動かしているようだ。
74式のゴーレムは、内部に『魔力蓄積機構』を装備していない。
中に乗り込んだ魔法使いたちは交代で魔法を励起し、動力源となり魔力を供給し続けなければならない。それは魔法使いとしての持久力が試される、体力勝負の側面が大きい。
後期生産型である74式・改には、小型の『魔力蓄積機構』を搭載し魔法使いの負荷を減らしているものもあるという。
あの機体がどちらをベースにしているかはわからないが、魔法力はいつまで保つのだろうか?
「なによアイツ感じ悪いわね。ティリアくん、やっちゃって!」
ハーフエルフの少女――ナルルは泥と潤滑油で汚れた作業服。普通のメガホンを構え指示を出す。
「大人なのに怖いよね。自在腕可動、掘削開始しまーす!」
対する民間機、『忘却希望通』の各工房連合による合作ゴーレム『ケロッくん・ワーカ』も動き出した。
操術師の少年、ティリアくんが半露出式の操縦席から、現場を見下ろしながら手元のレバーを操作し穴を掘ってゆく。速度はやや遅いが、着実に丁寧に、自在腕を操っている。
「賢者にょ、あのカエル君の操作では魔力を使っておらぬのかにょ?」
「ヘムペロ、いい所に気がついた。あの可愛い操術師の少年は魔法を使っていない」
「その割には元気に動くゴーレムじゃにょ」
赤毛で褐色の肌。イスラヴィア人の血をひくティリア少年は、どことなくチュウタの従兄弟みたいな雰囲気でもある。
「全て内蔵の魔力で駆動しているんだ。搭載した『魔力蓄積機構』から魔力を少しずつ魔導材料で供給して、各関節に仕込んだ『屈折部材』や『回転部材』を動かす仕組みだからね」
「難しいのう。蔓草とは動かし方も違うし……」
「ま、参考程度に見ておけばいいさ」
人間の腕一本のような作業用の腕が、少しずつだが着実に穴を掘ってゆく。『ケロッくん・ワーカ』は地道な作業をこなすのに向いているようだ。
「あんな子供でも動かせるとは……!」
「確かに穴を掘るだけなら、腕型の魔法道具で良いわけだ」
「しかし民生部品の耐久性はどうなのだ? あのように複雑な機構では部材がもつまいて」
来賓席の評判も悪くない。軍関係者でさえ唸らざるを得ない点もあるが、不安要素もあるようだ。
「動かしてるほうは楽そうだにょ」
「そのとおり。あんな子供でも動かせるという点は、大きなアピールポイントだな」
それとは反対に、軽快に動いていた74式改・ドーザの動きが一瞬、鈍ったように見えた。
魔導スコップを二本の腕で巧みに動かす様子は滑らかだが、動きに僅かなムラが生じ始めていた。
「あちらは、疲れてきたのかしら?」
開始わずか五分ほど。エース級がそう簡単にへばるとも思えない。
「いや、あれは………単純作業に飽きたんじゃないか?」
<つづく>




