★ヘムペローザとゴーレムのお勉強
「えー、では王政府主催、次世代交通インフラ整備事業、魔力駆動建設用ゴーレム選定のための性能実証試験を始めます」
部下が横から抱きかかえる大きな円錐形の筒に向かって、白髪の王政府国土開発局の次長が笑顔で開会を宣言する。
工事現場全体に響く声は『音声拡張魔法』が仕込まれた魔法道具によるものだ。
主催者が挨拶を終えると、まばらな拍手が聞こえてきた。
工事現場を「貸した」形になる現場責任者は、あきらかに早く終わってくれというしかめっ面をしている。現場の土木作業員達は思わぬ休暇が与えられ、気楽な様子で見学を決め込んでいるようだ。
「ヘムペロも勉強のため見ておくといい。これも魔法の一つの可能性だよ」
俺たちは「来賓席」と書かれた場所に案内され、仮設の天幕の下に並べられた椅子に腰掛けている。
プラムとヘムペローザが両脇に。チュウタはプラムの更にとなり。
一列前の最前列には、ハイエルフの三人娘が並んで座っている。彼女たちはゴーレムには興味が無さそうだが、「殿方は……?」「早く殿方を」「賢者さまに抗議を」などとブツブツ話している。
「あんな大きな人形を動かすなんて、ワシにはできないがにょ」
切れ長の瞳で二機のゴーレムを眺めながら言う。
「ヘムペローザの使う蔓草の魔法は、成長の途中なら自由に動かせるだろう? 基本はそれに近い感覚さ。土や木などで作った人形を、意のままに動かすのさ」
それが所謂『第一世代ゴーレム』という分類だ。古くから、多くの魔法使いが使役した単純な動きをする土人形や木の人形。戦いの際には石や鉄の破片で形成された人形なども使われた。だがそれらは使い捨てで、魔法使いが魔力の供給を止めると分解してしまう。
目の前で対峙しているのは、ゴーレムの形状を固着。さらには製品化した『第二世代』ゴーレムと呼ばれるものだ。魔力供給無しで形状を保つ人形の鎧に、魔力で駆動する仕組みを仕込んでいる。
細かな動きをさせたいなら、人が乗って直接操縦してもいい。そのあたりは『第三世代』と呼ばれる機種になるが定義の線引は若干曖昧だ。
うんちくをたらたらと説明してやると、ヘムペローザは「ふぅん」と頷いた。飲み込みの早さと賢さに関しては相変わらず素晴らしいが、興味の有る無しは横顔でなんとなくわかる。
「でも賢者にょの『フルフル』と『ブルブル』は、外から操っておらぬし。ゴーレムの中に魔法を仕込んでおるんじゃったにょ?」
「その通り。あれらは自律駆動の『第三世代』だな。あとで魔法術式は全部教えてあげるよ」
「いいのかにょ?」
「もちろん。あの魔法工房のゴーレムに、賢者の弟子として負けたくはないだろう?」
「向こうにはレン兄ぃの妹みたいなのが居るしにょ。負けたくはないにょ」
「ははは」
ナルルを遠目に、むー? と目を細めるヘムペローザ。
「でも、難しそうじゃにょぅ」
「大丈夫。難しくはないが面倒なんだ。たとえばあの魔法工房では、『記憶石』に制御用の魔法術式を細かく書き込んでいるのさ。『この場合はこう動け』『左足がつまずいたら、左足を素速く持ち上げて前へ』とかな」
「うわ、何万通り書かなきゃならぬにょー」
呆れ顔をする魔法使いの弟子。そこに気がつくとは流石だな。
「動きをパターン化したらキリがない。完全に自分で判断して動けないから、半自律駆動。あんなふうに人が乗り込んで操縦するほうが早いのさ」
「なるほどにょ」
戦闘が目的で進化したゴーレムも、平和な時代に成れば仕事をサポートする機能が必要になるだろう。例えば目の前で穴掘りを始める「土木作業用ゴーレム」は、需要次第では開発が加速していく分野かもしれない。
二台のゴーレムが工事の現場へと向かう。
軍用のゴーレムを改造した建築用ゴーレム、74式改・ドーザがゴゥン、ゴゥン……とゆっくりと歩いていくと、右足が沈み、ぐらりと姿勢を崩した。
「うぁああ!?」
「ゴルァアア! 穴を崩すんじゃねぇ!」
ドワーフの作業員達が叫ぶ。
二足歩行の真鍮製のゴーレムは、骨格が鉄でできているので重い。下水工事用に掘られた作業用の穴を踏み抜いたらしい。
一方、『忘却希望通』町内会、組合連合の『ケロッ君ワーカ』は四足歩行なので重量が分散されその心配はない。だが、機構が複雑で後でメンテナンスが大変そうだ。
――無限軌道をつかえばいいのに……。
って、あれ?
クローラーってなんだっけ……?
何かが回るヤツだったような、虫の幼虫の名前だっただろうか。思い出せない。
何かいいアイデアが思い浮かびそうだったが、記憶の彼方から掘り起こすことはできなかった。アイデアの尻尾はするりと指先から逃げてしまった。
「……穴を掘るだけなら、賢者にょのお得意のワイン樽を回転させて、地面を削ったほうが早いんじゃないかにょ?」
「いきなりいいアイデアだな。あんな大掛かりなゴーレムを用意した彼らに聞かれたら申し訳ないくらい」
「にょほほ」
白い歯を見せてヘムペローザが楽しそうに笑う。
俺はヘムペローザの師匠なのだから、もっと色々なことを教えていかなければならないだろう。
ヘムペローザが魔法使いとして生きていく上で困らないように、しっかりと自立して生きていけるように。
お気楽な様子で座っているハイエルフ三人娘。彼女たちのおかげで、切実にそう思うようになっている自分に気がついた。
そういう意味ではこの三人娘に感謝……だな。
と、プラムが反対側から俺の袖をちょんと引いた。ヘムペローザとばかり話していて、プラムのほうを向いていなかった。寂しがりやさんめ。
「ググレさまー、どの髪型が好きなのですー?」
ひそっと小声で、プラムが前の三人娘に視線を向ける。
「え? あ、いや、別にうーん?」
「今、前のエルフさんたちをじーっと見て、ニヤッとしていたですしー」
「そういうんじゃないよ、感謝! 感謝の気持ちを感じたんだよ……」
「そうですー? エルフさんたちの髪はすごい綺麗ですしー」
「あぁ……まぁそうだな」
アレーゼルのウェーブしたロングヘアーもお姫さまみたいで、いい感じだ。、
エフィルテュスのセミロングのストレートは、ちょっとレントミアっぽい。
カレナドミアの男前な感じのベリーショートは、首筋がちょっと色っぽい。
「アレーゼル。何か邪な視線がどこからか」
「エフィルテュス、背後からでは……?」
「魔眼なら破壊すべきかしら?」
慌ててプラムの顔に視線を戻す。
「プ、プラムのポニーテールが一番好きだな」
「相変わらずお上手ですねー……」
仕事中に余計な事を考えると、ロクなことにならない予感がする。
と、その時。
ゴゥン……と、穴に右足を取られ、早速動きを止めた軍用ゴーレムのハッチが開いた。中から操術師が上半身を出して、苛立たしげに叫ぶ。
「おい主催者ァ! 向こうと条件が違うんじゃねぇか!? 整備兵! 泥濘地用の脚底部パーツを用意してないのか!」
それは、ハイエルフの操術師だった。メタノシュタット王国軍魔法兵団所属の軍人か。
ヘルムを外すと、青っぽい髪をオールバックにしている。軍人らしくビシッとした表情をしている。
だが、今まで出会った穏やかな男性たちとは一転、傲慢で嫌な感じのする男だった。
「まぁ、殿方ですわ」
「ゴーレムの中に!?」
「素敵、荒々しい殿方」
だが、三人娘の印象はそこそこのようだ。
「あ、ああいうのが好みかよ……」
<つづく>




