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 まるでパワーショベルだな


「敵ゴーレムを視認! 我ら『忘却希望通(フォガーホプス)』町内会、組合(ギルド)連合(ユニオン)は総員配置につけ、これと対決せんとす! ガッハハハ!」


 巨大な荷車を牽く馬の手綱を握り、御者席から高らかに宣言し豪快に笑うのは、鍛冶屋の特徴的な作業着を着た髭面のドワーフの老人だった。


 どうやら彼が『忘却希望通』をはじめとして、メタノシュタット城下に数多く存在する代表的な工房の組合を取りまとめる長なのだろう。


 馬車の周りには、見学と応援を兼ねた総勢10数名が随伴している。

 服装などから察するに、鍛冶屋組合(スミスギルド)金属細工職人組合(マテリクラフトギルド)。そして魔法工房(マーセナル)組合(ギルド)などか。


「本日、天気晴朗なれども土埃多し! かな?」


 組合長の調子に合わせたのは、荷台の上に立つハーフエルフの少女――ナルルだった。


 薄汚れた上下の作業服に身を包み、自信に満ちた表情で対戦相手を真っ直ぐに見つめている。若草色の髪が風になびく。

 足元の操縦席らしい場所から、ぴょこっと顔だけを出しているのは、赤毛の少年ティリア君だ。以前の「メタノシュタット大文化祭・ゴーレムバトルトーナメント」でも操術師を務めていた。


 対するは軍用のゴーレムを改造した建築用ゴーレム、74式改・ドーザ。

 ゴゥン、ゴゥン……とゆっくりと駐機姿勢から立ち上がる巨体。手には剣ではなく大型のスコップを装備しているが、起立すると4メルテを超える。その姿は実に威風堂々たるものだ。


「おぉ……!」

「うむ、なかなかの迫力だ」

 軍関係者が満足気に頷く。


「あんなデカブツで穴を掘るのかい?」

「足場を崩すんじゃないのか……」

「長時間、あれで働けるのか?」

 懐疑的なのは現場で働くドワーフなどの土木作業員たちだ。ハイエルフの青年、ザリオスの姿もある。


 起立した機体の胸部装甲には『土竜(もぐら)とツルハシ』が描かれていた。あれは王国魔法工兵部隊を意味する紋章だ。

 旧式化した機体を転用したとはいえ、中身は完全にハイスペックな軍用の多関節魔動ゴーレムということだ。


 対して、下町のゴーレムも被せていたシートを取り払い、全容を現す。


「各種、自動駆動マテリア、連続実行開始、1番から……27までクリア、高密度型『魔力蓄積機構(キャパシスタ)』の出力安定、残量95%!」

「いいぞ……」

「『ケロッくん・ワーカ』起動……!」


 ナルルが少し離れた位置から、手元のボードのような魔法道具を操作し、ゴーレムのコンディションをチェックしている。仲間たちと何かを話し、そして大きく腕を掲げて親指を立てた。


「いいよ、ティリア君、動かして!」

「……うんっ!」

 ギュィン……! と駆動音を響かせて、台座からゴーレムがゆっくりと動き出した。まずは四本の脚が伸び、しっかりと地面を踏みしめた。

 そのカエルのような動きには見覚えがあった。以前ゴーレムバトルで使っていた「ケロッくん」とかいうゴーレムにそっくり……いや明らかに再利用(・・・)と思われた。


 寄せ集めで作った機体を、更に今回建築用コンペに転用したらしいが、資金難な下町ギルドならでは。軍も再利用なのだからこればかりは致し方ないところか。


 だが、特徴的なのは、背中から伸びる一本のアームだ。

 それはまるで人間の「腕」だった。肩から肘、手首を真似た長い腕がついている。

 先端にはシャベルというか、スコップを曲げたような器具が取り付けてある。土をあれで掘り起こしたり出来るのだろう。

 機体は全体が黄色く塗られ、現場での視認性を高めている。


作業自在腕(ワーカアーム)、動かしまーす」


 背中のアームを伸ばすと、まるで屈伸運動をしているかのように、自在に動かしてみせる。ナルルや他の仲間達が「やったね」「いいぞ!」と歓声を上げる。


「はいオッケー! じゃぁ次。歩いて、ティリアくん。台車から移動はじめ!」

「いっきまーす!」

 操縦席から首だけを出したティリア君がナルルの指示に応えると、カエル型のゴーレムは動き出した。


 ――あれは……?


 俺は下町のゴーレムを見た瞬間、懐かしさのような、遠い記憶の向こうで、何かがチクリと疼くような感覚が沸き起こった。


「……まるでパワーショベルだな」


 つい口をついて出た言葉に、ハッとする。


「賢者ググレカス? なんですの? パワショ?」

 肩に座っていた妖精メティウスが小首をかしげる。


「あ? いや……なんでもない。独り言さ」


 パワーショベル。脳裏に単語とイメージがおぼろ気に浮かぶ。前の世界の記憶の残滓……か。


 ゴーレムはしなやかな動きで台座から降りると、そこで現場を見ていたドワーフたちから様々な声が漏れ聞こえた。


「なんだいありゃぁ、腕が背中にあるよ!?」

「四つ足で一本腕のゴーレム?」

「というより、カエルの背中に腕が生えただけのような……」

「あれで土を掘れるのかい?」


「じゃが、四足の獣はどんな場所でも歩けるぞな」


 確かに不整地では二足よりも四足のほうが安定するだろう。


「それよりも賢者ググレカス、下町の皆様のゴーレムに勝ち目はございますの?」


 妖精メティウスが好奇心と不安混じりの瞳を向ける。


「そうだなぁ。別に直接殴り合うわけじゃないからな。勝敗はわからないさ。工事現場では、どちらが効率的に仕事をこなすかという点が重要だろうし」


 すでに天幕の前に設えられた仮設の貴賓席には、王国軍の関係者数名、内務省の次長級が2名。それに世界樹や国土交通の整備を担う部署の局長などが陣取って、対決の始まりを待ちわびている。


「セバスチア殿、子どもたちのお守りまでさせてしまって、すみませんでした」


 俺は執事の制服をパリッと着こなした白髪の老紳士に近づいて、礼を述べた。彼は天幕のすぐ横の目立たない場所に身を潜め、周囲に目を光らせていた。子供たちやゲストに危険が及ばないように、という配慮だった。


 俺はその間、馬車の客車(キャビン)を借りていた。次の「婿候補がゴーレムの選考会に来る」という話を聞いたハイエルフの三人娘が「是非見学したいですわ!」と希望したからだ。

 俺はこの事を王政府へ報告し見学の許可を得た。また、軍の参加者にハイエルフの男性がいることも確認した。

 ゴーレム選考会の邪魔にさえならなければ、休息時間などの合間に「婿候補との顔わせ」というハイエルフ三人娘たちの目的を果たすことも出来るだろう。


 天幕の近くではハイエルフの三人が、許可が降りることを期待して椅子に腰掛けて待っていた。ゴーレムを眺めながらあーでもないこうでもないと話し込んでいる。

 プラムとヘムペローザ、チュウタも一緒に席についているが、その関心はナルルやティリア君に向いているようだ。


「お子様たちの目付け役なれば、大歓迎でございます」

「はい、おかげで助かりました」

「お気になさらず。賢者様ともなれば、お仕事はさぞ大変でしょう。私めに出来ることであれば何なりとお申し付けください。旦那さまよりそう仰せつかっておりますし」


「ありがとう、では挨拶回りをしてくる間、もうしばらくだけお守りを頼みたいです」

「お任せください」


 建築用ゴーレム選考会の主催者や、集まったゲストたちに一通り挨拶を済ませる事にする。

 俺は貴賓席にいるゲスト達に挨拶し、要らぬ疑いや混乱を招かぬよう、細心の注意を払う。軍関係者の方には、見学の了承を王政府から得ていることを告げた。


「賢者ググレカス殿は以前、王国軍の次期主力ゴーレムの選考会でもお会いしましたな。あのときは『海竜職人集団(シードゥン・メイカーズ)』のタランティアに僅差で敗れましたがね。軍としても使えるものを眠らせておくわけにもいかない」

「お力を拝見させていただきます」


「あんなカエル臭い民間機など相手にはならんよ。賢者殿もそう思われるであろう?」


 開発責任者だという将校は、自信に満ちた顔で言った。


「お相手はゴーレムというより、足元の地面(・・)なれば、私めにはなんとも……」


 曖昧に返事を濁してその場を立ち去る。


 今日は外国からの要人の案内の最中であり、たまたま通りかかっただけ。一切の手出しと口出しはしないという宣言でもあった。


 スヌーヴェル姫殿下に通じる「懐刀」が現場にいるとなれば、軍も民間も妙なマネはできないでしょ? というのは、王政府の次長さんが俺に耳打ちした言葉だが。居るだけで役に立つのならそんな楽なことはない。


 いずれにせよ、余計な気を遣わせる事の事の無いよう静かに見学することにする。


 それにしても、軍に勤めているというハイエルフの男性はどこにいるのだろうか?


<つづく>


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