建築用ゴーレム、74式改・ドーザ
――ハイエルフ族の「種」としての起源は天地創造にまで遡る
俺は馬車の客室で休みながら、王国の図書館の奥深くに眠っていた歴史書『偽典・メタノシュタット異文禄』を読んでいた。
世間知らずで危なっかしいハイエルフ娘たち。彼女たちを、隠れ里の長老たちが旅に出した目的が気になったから調べていたのだ。
ハイエルフの隠れ里から王都メタノシュタットまでの旅は長く過酷だろう。彼女たちに尋ねてみると、イスラヴィアの砂漠を抜けるまでの旅程は、ハイエルフの老戦士と、信頼のある「護衛業者」たちが同行してくれたのだという。
この旅は、ハイエルフ族の若者にとって「成人の儀式」のような、ある種の通過儀礼なのかもしれない。
「賢者ググレカス、そろそろ皆様とご一緒に」
「そうだな、あと少しだけ」
俺は目の前に展開していた魔法の小窓を素速く読み流して行く。
検索魔法で調べ上げた書物の断片が浮かび上がる。
それは禁書であり「眉唾もの」とされている謎の「偽典」の一節で、何者かの口述調書のような古文書だという。だが、そこにハイエルフに関する記述があった。
――「ヒト族」に伝えられしティティヲ新世紀暦ではおよそ二千年の昔。真正神暦五千(判読不能)我らの源流はある。
数多の星々を行き来するほどに栄華を極めたヒト族は、世界のあらゆる場所を埋め尽くし、やがて(判読不能)した。
神に等しい魔法の力を使うため新しい肉体の器が必要とされ、次々と創造された。
獣人も竜さえも、その過程で(判読不能)エルフ系は最も優れた特性を有する(判読不能)である。
高度な製(判読不能)が必要で量産は(判読不能)。
自然繁殖もまた難(判読不能)――
「ダメか、翻訳魔法でも訳せない単語ばかりだ」
だが文脈は何となく読み取れる。
世界樹創造に関する一連の事件を経て、知り得た世界の真実――天地創造の知識。それと併せることで、なんとなく意味は推測できそうだ。
だが、どうやら今はここまでのようだ。
外ではプラムとヘムペローザが、『次世代交通インフラ整備事業、魔力駆動建設用ゴーレム、選定』用に開発された作業用ゴーレムの搬入作業を遠巻きに眺めている。
ハイエルフ三人娘やチュウタも一緒にいる。
三人のハイエルフの箱入り娘たちは、ハイエルフの男性ザリオスへ、なんとか魔法の新聞――結婚情報誌を渡せた事で、ホッと一息といったところらしい。
まぁ結果はどうあれ、目的さえ果たせれば良い。
今回、特別に見学が許可されたのには、もう一つ理由があった。
それは「建設用試作ゴーレムの開発元で働いているハイエルフの男性がいる」という情報が内務省からもたらされたからだ。
見学許可の話をしている過程で出てきたので、渡りに船。移動の手間が省けて此方としてもありがたい。
必然的に建築用ゴーレムの試験と選考会も見学できる、というわけだ。
俺は馬車の客室から外へと出た。
「おぉ……! あれが建築用ゴーレムの試作機か」
四頭の馬に牽かれた軍用の馬車が運搬してきたのは、王国軍の軍用ゴーレム「74式」に似た機体だった。
幅3メルテ、長さ8メルテにもなる8輪の車輪の台座に「体育座り」のような格好で巨大な人形が座っている。
「なんだ……ありゃぁ?」
「マジか、本物のゴーレムだぜ」
見守っていた作業員達の間からもどよめきが漏れた。
それは魔王大戦での王国軍の主力ゴーレム、74式だった。すでに旧式化してはいるが、起立すれば全高4メルテに達する、動く魔導甲冑とでも言うべき巨体。その威容は今も健在だ。
動かすには魔法使い3人が必要という代物だが、装備は少し変わっていた。
通常の兵装は、巨大な対魔獣用のバスタード・ソード。だが、運搬されてきた機体は、長さ3メルテ以上の巨大なスコップを手にしている。
――建築用ゴーレム、74式改・ドーザ
機体にはそうマーキングされていた。どうやら王国軍のゴーレム運用部隊が、一部旧式化した機体を転用しようとしているのだろう。
「にょほほ、木偶人形がスコップを持っておるにょ」
「戦いをやめて働く気になった人みたいですね」
「上手いことをいうにょう」
「わ、かっこいい」
お気楽な様子で眺めているヘムペローザとプラムの横で、チュウタが瞳を輝かせる。
「まぁまぁ、ずいぶん大きいこと」
「でもなんて醜いゴーレムかしら」
「でもこれ、魔法使い何人で動かしておりますの?」
ハイエイフ三人にとってはゴーレムは生活に密着した「ありふれたもの」だろう。しかし初めて軍用のゴーレムを見たらしく、様々な感想を述べている。
74式特有の騎士のような外観は大幅に変わっていた。外部装甲は取り外され、代わりに分厚く丈夫そうなモスグリーン色の布で覆われている。
膝や肘の部分だけは、丸い装甲でカバーされている。
関節部は特に念入りに布に覆われていて、どうやら作業現場で異物が入らないように改良されているらしい。
まるで「ツナギの作業服を着た巨人族」みたいな印象だ。
と、反対側からもゴロゴロと何かが運ばれてきた。
布に覆われた大型のゴーレムだろうか。4頭立ての馬車に牽引されている。
「あっちからも何かが来たですねー」
「大勢一緒にきたにょ」
「うむ? あっちは対抗馬……民間の機体か?」
周囲に随伴する人々の服装から見て、魔法工房や、鍛冶屋の組合の者たちだろうか。
その中に俺は見知った顔を見つけた。
緑の髪のハーフエルフの少女が、赤毛の少年に何やら話しかけている。
布に覆われて全体はわからないが、一段と高い位置にある操縦席らしい場所に座っている。
「あれって……ナルルじゃないか?」
「まぁ、本当ですわ」
それは、魔法工房で働くナルル・アートラッズだった。
<つづく>
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