ガテン系ハイエルフの美しき汗
華やかな賑わいをみせる王都メタノシュタットの南大通。
そこから一つ右折した通りは、『道路工事中』の札がぶら下げられた規制線が張られ、封鎖されていた。
今は大掛かりな下水道の補修工事の真っ最中らしく、道路には幾つもの大穴が開いている。穴の中や周囲では、大勢の作業員達が働いていた。
多いのは鉱山で見かけるドワーフ族。ずんぐりとして身体の筋肉がすごい。男性に交じり逞しい女性の作業員も三割ほどいるのが驚きだ。
工事現場の脇には王政府所有の地味な天幕が張られ、大きな立て看板が設置してあった。
――次世代交通インフラ整備事業、魔力駆動建設用ゴーレム、選定試験会場。
「賢者ググレカス、ここに二人目のハイエルフの殿方が?」
「そうらしいな。現場責任者に尋ねてみよう」
工事担当の責任者に挨拶をし、「外国の要人が面会を希望している。急な申し出ではございますが、王国政府から何か申し送りがあったかと思いますが……」と切り出してみる。
すると日焼けした中年の現場監督は顔をタオルで拭きながら、「あぁ、それなら内務省のお偉方から話は聞いているよ。面会だろう? 構わんよ休憩時間なら」という返事と共に、承諾が取れた。
どうやらリーゼハット局長へと事前に提出した「訪問予定者候補リスト」に基づいて、根回しをしてくれていたようだ。他の訪問者は個人だが、ここは王政府が発注した工事現場と重なっているため事前の通達を入れてくれたのだ。おかげで話はスムーズに運む。
「あの大層な馬車に乗っているのがお客人かい? まぁ、見ての通りここらは足が汚れるから、面会希望ならこの天幕を使ってくれ」
「お心遣い感謝します」
俺は深々と頭を下げ礼を言う。
天幕の中は簡単なテーブルと椅子、そしてお茶セットが置いてあり、下水工事の図面が広げてあった。
「気にすんなメガネの旦那。だけどよこの後、ここで建設用魔法道具の検討会があるんだよ。やれやれ、今日は忙しい日だな」
近くにあった水差しからカップに水を注ぎ、ゴクゴクと飲む。旦那も飲むか? と言われたがとりあえず遠慮しておく。
「看板に書かれていましたね。なんでも建設用ゴーレムの選定試験だとか?」
現場監督が俺に視線を戻し、思い出したように付け加える。
「そうなんだよ。まぁ迷惑な話さ。俺らの現場でゴーレムだか何だか知らねぇが、工事に使える魔法道具とやらを実演するんだとよ。工期は延びるしジャマなんだよなぁ……。お前さん達も早いところ用事を済ませたほうがいいぜ」
「ありがとうございます。ちなみに、そのゴーレムとは土木工事に特化した物ですか?」
ゴーレムと聞いて俺も少し興味がわく。
「らしいなぁ。なんでも王国の魔法工房組合の試作品らしい。ま、ウチの組合は、イスラヴィアの鉱山で鍛えた腕利きドワーフの工員がゴロゴロいるし、魔法のスコップもあらぁ。いまさら素人の考えた『穴掘りゴーレム』なんざ、出番はねぇってんだよ」
「なるほど、皆さんとの対決。そっちも気になりますな」
「ガハハ、穴掘り競争ならウチらは負けねぇぞ。おっといけねぇお客人。時間がねぇんだ。ご希望のハイエルフの魔法番をつれてくらぁ」
豪快な笑みを浮かべると、現場監督は天幕を出ていった。
「魔法番とはなんですの?」
「工事現場で使う、魔法の道具をメンテナンスする魔法職人、かな」
「まぁ? 魔法使いなのですね」
「鉱山や工事現場に特化したスキルがあるようだ」
あまり聞き慣れない単語だったが、検索魔法で調べ、眼前の魔法の小窓へと表示する。
魔法番――工事現場で使われる魔法道具を維持管理する魔法使いの総称。
硬い岩を砕く超振動『魔法のツルハシ』や、地面をまるでバターのように掘る事のできる『魔法のスコップ』など、ドワーフ特有の魔法道具をメンテナンスする。
また、暗い穴を照らす照明用の魔法なども行使する魔法使いの総称。
使われるのは特殊な魔法ではないが、何よりも持続性と耐久性が求められる。魔法使い自身の体力も魔法力も高い能力が要求される。
魔王大戦では、魔王城の牙城を文字通り「切り崩す」特殊工兵部隊として戦った事で知られている。
また近年では超竜ドラシリア戦役にて、延べ十数キロメルテに及ぶ、人類連合軍の地下進攻用特殊トンネルの工事にも携わった。
中でも伝説的な回転穿孔型の魔法道具を扱う、ドワーフ族のコグマー・ナインスが有名である。
「八宝具のドリル使い……! コグマー・ナインスの事も記載されているのか」
懐かしさと、伝説級の扱いに思わず頬が緩む。
工員たちの奇異の視線を避けながら、ヘムペローザとプラムが駆け寄ってきた。
「賢者にょ、こんなところにエルフの婿候補がいるのかにょ?」
「居るんだなこれが」
「フィフティスちゃんはいませんかね……?」
スコップを担いた穴掘りドワーフ達を見て、プラムが目を細める。
「それは俺も考えていたよ。懐かしいな。そうだ、今度イスラヴィアに遊びに行こう」
「はいなのですー」
咄嗟の思いつきだが、エルゴノートの様子も気になるしいいアイデアだ。まぁそのうち行こう。
気がつくと工事現場は一時休憩時間のようだ。現場には人間とドワーフの工員たちが休みながら談笑し、噂通りハイエルフらしい男性も見える。
現場近くに停車したヴィルシュタイン卿の馬車から、チュウタ以下3人のハイエルフ美女が姿を見せる。すると流石に注目が集まった。
おぉ……!? という、ざわめきが起こる。
同時に、現場監督に呼ばれ、一人の男性が天幕の方にやって来た。日焼けした肌にタンクトップに裾の膨らんだズボン。イスラヴィア人のように肌が黒い。
だが短く刈り込んだ髪は銀色で、生粋のダークエルフというわけでもなさそうだ。筋肉質で身体の線はがっしりしているが、耳の長さは明らかにハイエルフ族だ。
「あのお兄さん、ハイエルフかにょ?」
「日焼けしてるだけみたいだな」
「髪が黒くないしにょ」
「賢者にょは色白なのに黒髪で、あっちとは逆だにょ」
「はは……」
ひそひそとヘムペロと会話しているとハイエルフの青年がやってきた。背は結構高い。男性のエルフでも鍛えれば凄いんだと驚く筋肉質。盛り上がった胸筋や肩がハイエルフとは思えない。
「なんだ、俺に珍しい客人ってのはアンタらか?」
「やぁ。私は賢者ググレカス。ご存じかな」
「もちろん。どうも、お初にお目にかかります。オレは、ザリオス」
少々ラフに、頭を下げて白い歯を見せて微笑む。
泥だらけの服に、土で汚れた顔。汗で全身が土埃にまみれている。
エルフの国からやってきた三人のハイエルフ美女と、ハイエルフの青年が顔を合わせ、かなりぎこちない挨拶を交わす。
やってきたハイエルフの3人娘たちも少し驚いている様子だ。
「……ダークエルフの方?」
「違うわ、汚れているだけよ」
「まぁ、あんなに泥だらけで……」
アレーゼル、エフィルテュス、カレナドミアがヒソヒソと話し合っている。
「……エルフのお姉さんたち、汚れてる人は嫌ではー?」
今度はプラムが心配する。
「うん、下手をすると怒り出すかもな」
「汗臭いですしー」
「こら、しーっ」
超小声でプラムが耳打ちする通り、当然働いているのだから汗の臭いもする。
だが、ハイエルフ三人娘は意外な反応を見せた。
「美しい労働の汗の香り」
「鍛え抜かれた素晴らしい肉体」
「これぞ私達が求めていた殿方ですわ」
うっとりとした表情でザリオスを眺める三人娘。
「な、なんだ?」
ぎょっとするザリオス青年。無理もない。麗しい草食エルフ娘たちが、突如色めいたのだから。
「あら、気に入ったみたいですわ」
「にょ? でも私達って、今言ったにょ」
「うむ確かに」
ヘムペローザのツッコミ通り、三人娘は急にモメだした。
「エフィルテュス、魔法の新聞を」
「カレナドミア、魔法の新聞は今度にして、私はこの方とお話がしたいですわ」
「アレーゼル、私も賛成ですわ。まずは私達でお話をしませんこと?」
「エフィルテュス、カレナドミア、お姉さまたちを裏切るおつもり!?」
「いまだけよ。他にも男性はいますわ!」
「そうよアレーゼル!」
「う、内輪もめしはじめたぞ……」
<つづく>




