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 賢者様は、報告書を書きたくない

「ミーシア!」


 ウィンヘゥムが席を立ち、知り合いの娘を追いかけようとしたその時。


「今は私達とお話の最中ではなくて?」


 ハイエルフの一人アレーゼルが静かに言った。それは聞く者に有無を言わせぬ迫力を感じさせた。

 切れ長の瞳を向けると、まるで魔法を掛けられたように、宮廷画家見習いの青年は椅子から腰を浮かせたところで動きを止めた。


「……そうでした。失礼しました。でも、あの……彼女は僕の友人で」


「ご友人?」

「まぁ、そんなオホホ……」

「家政婦さんのお間違えではございませんの?」


「違います! 彼女は……ミーシアは僕の大切な友人で、絵の理解者なんです」


 ウィンヘゥム青年が反論する。朴訥(ぼくとつ)とした好青年かと思ったが、言うところは言うしっかりした男のようだ。


「まぁ! 賢者ググレカス、今のお聞きになりまして?」

「聞こえてるよメティ」

「男らしいですわ」

 妖精メティウスがキラキラと瞳を輝かせて、ウィンヘゥムに熱い眼差しを送る。


 ハイエルフの娘達は、まるで理解できないとばかりに小さく首を振る。


 お下げ髪のミーシアは人混みの向こうに去っていく。青年が覚悟を決めて追い駆ければ、すぐに追いつける距離だ。


「理解者? あの人間の小娘が?」


 鼻で笑う、を絵に描いたような表情を浮かべるアレーゼル。


「私たちは高貴なハイエルフ。同族こそが理解し合えるのではなくて?」


 優しく懐柔するように、諭すかのように青年をじっと見つめるエフィルテュス。


「う……それは」


「それに、あんな汚くてみすぼらしい小娘。貴方には不釣り合いですわ」


 不釣り合いとまで言い放ったハイエルフの娘は、ベリーショートヘアが印象的なカレナドミア。

 ガレットの包み紙を指先で小さく千切ると、テーブルの上で紙の切れ端を指で丸めた。そして、去ってゆくミーシアを軽く睨みつける。


「……もう結構です。帰らせていただきます」

 流石にウィンヘゥムもカチンと来たようで、席を立つ。


「まぁ? もう少しお話を……」

「では、この新聞をお受け取りくださいませ。魔法で毎日、素敵な女性を紹介する記事が載りますのよ」

「……お受け取りを、ウィンヘゥムさん」


 断ろうとした様子のウィンヘゥム。だが、腕が勝手に丸めた紙を受け取っていた。ハイエルフの魔法かと思ったが、展開している索敵結界(サーティクル)で検知できた反応はごく僅かだ。

 おそらく、魔法以前の原初的な言霊の力、波動のようなものかもしれない。何れにせよ魔法を励起したわけではない。


「では、私はこれで」


 丸めた新聞を手にしたまま、ペコリを頭を下げるウィンヘゥム。


 その時、カレナドミアが指先で丸めていた紙の切れ端をテーブルの脇から放った。それは小さな羽虫(・・)に変化し、プゥウウン……と、ミーシアの歩く方向へと飛び始めた。


「なかなか素敵な方でしたわね、エフィルテュス」

「えぇ、お姉さま達もお喜びになるわアレーゼル」


 他の二人のハイエルフは気が付かないフリをしているのか、意に介す様子もない。静かに去ってゆく青年、ウィンヘゥムを見送っている。


 面倒を起こされては困るなぁ。


「賢者ググレカス?」


 俺は妖精メティウスを置き去りに、バッと御者席を飛び降りた。


 軽いステップで着地しながら、「プラム、ヘムペローザ、チュウタも。そろそろ出発だぞ」と声をかけた。

 少し驚くハイエルフ三人娘のテーブルの脇を早足で通り過ぎ、飛んでゆく小さな羽虫(・・)とハイエルフ達の視界を遮断する。


 通りの向こうでは青年ハイエルフのウィンヘゥムが、ミーシアに追いつき振り返らせたところだった。困惑と嬉しさを滲ませるミーシアの肩にそっと手を添え、ウィンヘゥムは優しい笑みを向ける。


 ブブブ……と羽虫は二人の方へと向かっている。


「恋路の邪魔は無粋だろう」


 ――『粘液質(スライミー)(ウィップ)』!


 びちゃん! と右の掌から高速で粘液を噴出。紐状の粘液質の(ウィップ)羽虫(・・)を空中でキャッチ、見事に絡め取った。

 これは『粘液魔法(スロゥドゥ)』の上位版。疑似筋肉を粘液の無数の束で構成し、飛んでくる矢や魔法を物理的に迎撃可能なほど、精密な動きの制御が可能な魔法だ。


 ジジ……ジ、と手のひらに回収した羽虫が暴れたかと思うと、粘液にまみれたままボシュゥ……と煙を吹き出してバラバラになった。


 瞬間、手のひらの表面に展開していた『賢者の結界』が一層消失。威力を相殺する。


 遅れて飛んできた妖精メティウスが覗き込む。


「まぁ? なんですの、これ?」

疑似痛覚魔法(ペテンペイン)……か」


 魔法の羽虫の正体は、紙の切れ端に複雑な術式を染み込ませたものだった。目的はおそらく……嫌がらせだろう。

 皮膚に取り付けば、蜂に刺されたような激しい痛みを感じるだろう。実際には傷をつけないとはいえ、これは対人攻撃魔法の一種には違いない。


 俺は立ち止まると振り返り、テーブルに座ったままのハイエルフ三人娘に視線を向けた。そして、掌からダラリと粘液を垂らし、地面に羽虫の破片を落とす。


「この季節、毒虫もいるんですね」


 俺はニタァと笑いながら、足元の羽虫を踏みつけた。


「まぁ?」

「都会なのに、嫌ですこと」

「……虫退治も賢者様のお仕事ですの?」


「えぇ、余計な報告書は書きたくないものでね」


 ◇


「大成功でしたわ」

「えぇ、快く受け取ってくださいましたわ」

「これも偉大なる賢者様のおかげですわ……ね」


「は、はは……それはよかった」


 俺達は再び馬車に乗り別の場所を目指して移動を開始した。二人目の青年ハイエルフを見つける旅だ。


 あれで成功とか。どういう感覚をしているのか理解に苦しむ。根本的に他人の気持ちを考える部分が欠落している気がする。

 だが、ここは「接待の仕事」だと割り切って付き合うしか無いだろう。


 プラムとヘムペローザ、そしてチュウタは馬車の車窓から見える店や名所の説明で忙しい。ハイエルフのリーダー格のアレーゼルと、おっとりしたエフィルテュスは、三人の説明を面白がって聞いている。

 若い子自体が珍しいのか、その点は純粋に楽しんでくれているようだ。


 だが、羽虫の対応以降、明らかに俺を意識しているのは青い髪のベリーショートが似合う男前な美女、カレナドミアだ。


 さっきから笑顔で俺を睨みつけ、窓の外には興味が無いようだ。


「魔法……お得意なんですか?」

「まぁ人並み以上には」

「でも、所詮は人間(・・)でございましょう?」

「一応これでも王国の最上位クラスなんですけれどね」


「まぁ……。それはそれは、ウフフ。わたくしたちハイエルフの千年を超える知恵が詰まった魔法経典には、粘液を操るなんて。そんな(おそ)まし……いえ、個性的な魔法はございませんのよ」


 こいつ……。いちいち突っかかってくるようになったな。ていうか、おぞましくてわるかったな。

 流石の妖精メティウスもハラハラとした表情で、見守っている。


「よく言われるんですよ個性的ってね。でも、粘液魔法は仮の姿。これをブクブクの泡にして、身体を綺麗にすることだってできるんですよ」

「……んまっ!?」

 手から泡を少し出して微笑んだだけなのに、物凄く怯えられてしまった。


 その時、馬車が速度を緩めやがて停車した。


「失礼します賢者ググレカス様、この先道路工事中でして停車します。この道でよろしかったのですか?」

 御者のセバスチアさんが尋ねる。


「えぇ、予定通りの場所ですよ」


 窓から見ると十数人のドワーフ族の工事職人たちが穴をほっている。お役人みたいな指揮管理をする人間や人だかりも見える。

 見慣れないゴーレムのような魔法装置を数人が囲んで眺めている。


 人だかりには、作業員らしいハーフエルフやドワーフ族の男たちに交じり、妙に耳の長い人物も見える。どうやらあれがハイエルフらしい。



「何かの工事のようですが。迂回しますか?」

「……いや、ここで結構です。停車してください。目的の方もすぐ近くにいらっしゃるようですし」


 俺は馬車の客室(キャビン)のドアを開け降りた。チュウタやプラムも後に続く。ヘムペローザはハイエルフ三人娘と一緒に出るのを躊躇っている。


 道路脇には看板があった。


 ――次世代交通インフラ整備事業。『魔力駆動建設用ゴーレム、選定試験会場』


「ほぅ、ずいぶん面白そうな場所で働いているんだなぁ」


<つづく>


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