宮廷画家見習い青年とハイエルフの婚活
宮廷画家見習いのハイエルフ青年は、名をウィンヘゥムといった。
エルフ語での正式な発音なら、詩のように美しく複雑で長い名前なのだろう。
「こうしてお会いできて光栄です。何度か王宮でお見かけしておりました。王宮の高位魔法使いたちが一目置く魔法使い……! 賢者ググレカス様が、まさかこのような汚い場所にいらっしゃるとは」
ラーナが着る幼児向けのチュニックのような作務衣は、色とりどりの絵の具で汚れている。近くにあった机に絵筆を置き、布切れで手を拭き落ち着かない様子だ。
「突然の訪問で驚かせて申し訳ありません。ちなみに私は根っからの庶民。堅苦しい挨拶は抜きで結構です」
「そ、そうなのですか?」
「王宮にいるより薄暗い図書館が落ち着くんです。ここも居心地が良さそうだ」
絵の具の香りが漂う室内を見回す。
部屋の中はイーゼルが複数あり、描きかけの肖像画が何枚か立てかけてある。貴族に頼まれたのか、あるいは習作か。いずれにしてもかなりの腕前のようだ。
「はは、では気が合いそうですね」
「そういうことです」
偉そうな賢者のマントをバサバサと広げたり閉じたりして、マントの下の白シャツと普通のズボンを見せびらかす。紺色に金の縁取りが施されたこのマントが無いと、威厳も何もない爽やかメガネ青年なのだ。
「それで今日は一体どういうご用件で? 先程、婿がどうとかおっしゃっていたような」
青い瞳に束ねた長い髪。美形であることは勿論、ひょろりとした優男風。だが、受け答えは「王宮勤め」だけあってしっかりとしている。
概して明晰な頭脳を持つであろう彼に、事情の説明をする手間はかからなかった。レントミアの倍はありそうな長い耳を隠しもせず、彼は俺の話に耳を傾けてくれた。
「同郷のエルフの娘さん達が貴殿を探している。はるばる王都まで来た理由は、花婿の候補者探しでね。突然で驚かれたかもしれないが、この後一緒に話を聞いてはもらえないだろうか?」
警戒心を抱かれぬようにフレンドリーに、かつ手短に説明。ウィンヘゥムは話を聞き趣旨を理解してくれたが、やや落胆の色を浮かべる。
「そうですか。そういう事でしたか。お話を聞くのは構いませんが……」
「何か気になることでも?」
「いえ、てっきり賢者様が肖像画を頼みに来てくださったのかな……なんて思いまして。あっ、いえ! 僕はまだ修行中の身ですし、勘違いしただけです」
ぶんぶんと手のひらを振って否定する。なかなかお茶目な性格のようだ。
「すまないね。肖像画なんて私にはまだ、もったいなくて」
「そんなことはありませんよ! 賢者様も肖像画の一枚ぐらい飾るべきです! 時代は肖像画! 人の内面の美を、気品や輝きを引き出す絵画! すばらしきかな王宮美術……。僕は、これを極めたくて学んでいるのです」
描きかけの絵に視線を向け熱っぽく語る。やはり王都に住む以上、何かしらの情熱や決意を秘めているのだろう。
肖像画と言えば美化されたファリアの絵を思い出す。それに、俺には絵描きの妻がいるので頼むのもどうかと思うが、ここは付き合いで「そのうち頼みたいな」ぐらいに言っておく。ウィンヘゥムは嬉しそうな表情で、俺を右から、左から眺めては「実に個性的な絵が描けそうです!」と楽しそうだ。
何はともあれ15分後――。
俺はウィンヘゥムを表通りに停車中の馬車へと連れてくることに成功した。
いつの間にか馬車の横の街路樹の木陰には簡易折りたたみ式テーブルが二つ設置されていた。椅子が6脚ありハイエルフの三人娘と、プラムにヘムペローザ、チュウタが座ってお茶を飲んでいた。
既にガレットを食べ終えて、美味しさについて談話中。お茶はどうやら向こうの喫茶店からセバスチアさんが取り寄せたものらしかった。
「あれが、私の同郷の娘さんたちですか?」
ハイエルフの青年ウィンヘゥムが怪訝そうに目を細めた。
「あぁ、人間の町娘に見えましたか? 今、魔法を解きますから少々お待ちを」
「……魔法?」
ハイエルフだからといって誰でも彼でも魔法に詳しく、魔法に耐性があるわけでもなさそうだ。
それとも、この青年の特性だろうか?
◇
「あの姉妹とはうまくいってるのかにょ?」
「妹さんと仲が良いように思えますけどー、そのへんどうなんですー?」
「べっ、べつに! どっちともなかよくやってるもん」
プラムが両頬を手のひらで支えながら、チュウタをじーっと眺めている。チュウタは二人の美少女に両脇を固められて、しどろもどろ。お茶を何度も口にしている。
「……どっちが好きにょ?」
「ここだけの話にしますけど。やっぱり妹さんですー?」
「何いってんの!? そ、そういうのじゃないし! 兄妹だし……!」
プラムとヘムペローザが根掘り葉掘り。小姑のようにチュウタをからかって遊んでいる。
「ウチの賢者にょといい、男は妹という存在に妙な憧れを抱くからにょぅ」
「あ! わかりますー。リオ姉ぇはマニュ姉ぇの次に特別ですよねー。時々仲良くしているみたいですし」
「あれはイオ兄ぃからの略奪愛だからにょ」
「ググレ様とイオ兄ぃの仲を、リオ姉ぇが割り込んで引き裂いたんですね?」
「にょほほ、プラムにょはわかっておらぬにょ」
「ジョークですしー」
チュウタから俺の話になる。ツッコミどころだらけだが、しゃしゃり出るわけにもいくまいか。
ヘムペローザとプラムの「年頃女子トーク」が怖くて聞いていられない。
馬車の脇に並べられたもう一つのテーブルでは、ハイエルフの美女3人と男性ハイエルフ一人による婚活、というか「婿の勧誘」が行われている。
「お城で絵をお描きに? 素敵ですわね」
「何故、エルフの国をお出になってまで……?」
「景色、文化、住人。美しさにおいては私達の故郷のほうが勝っているのではありませんこと?」
アレーゼル、エフィルテュス、そしてカレナドミアが順に質問する。
「そうかもしれません。でも……この国の魅力は、そういう所には無くて。上手くいえませんが、私たちに無いものが、ここにはあるんです」
ウィンヘゥムが瞳に力を込めて三人を見返す。
「私達、ハイエルフに無いもの?」
「そんなものございますかしら?」
「長寿、叡智、美しさ。この道行く人々と比べても、劣っているとは思えませんわ」
悪気は無いのだろうが、カレナドミアが往来をゆく雑多な人々を眺め、そして視線を美青年画家のウィンヘゥムに戻す。
「……そう思われますか? 少し残念です。僕はこの国で日々を懸命に暮らす人々を美しいと感じています。困難に直面しても、変えていこうとする力を輝きと感じます。変化してゆくことを魅力と考えます。もちろん……醜い面もありますが」
遠くを眺めるような優しい眼差しで、同じ往来を眺める。
三人の娘さんたちと、ハイエルフの青年は違う景色が見えているようだ。
「まぁ?」
「理解できないわ」
「何をおっしゃっているの?」
「ご理解いただけないかもしれませんが、絵とは……芸術とは、見えない美や人の内面の魅力を描くものなのです」
俺はハイエルフ達の会話に耳を傾けつつ、馬車の御者席に腰掛けて、モニモニとガレットを頬張っていた。
「実に美味ですな」
「うむ、美味しい」
隣では「ご相伴にあずかります」と白髪の紳士セバスチアさんも食べている。だが、賢者が有名貴族の馬車で、その執事長と一緒にサボっていては世間体が悪い。
そこで認識撹乱魔法を展開。俺とセバスチアさんは今、『食事中』『休憩中』という立て看板に偽装している。
「上手くいきますかしら、あの3人」
「どうだろうなぁ。相変わらずの調子だし」
「でもウィンヘゥムさんは普通でしたけれど」
「やっぱり世間の荒波に揉まれないと成長しないのかもな」
「まぁ、うふふ」
自称、恋愛アドバイザー・メティウスは4人の会話が気になって仕方ないようだ。
と、往来の人混みの向こうから、一人の娘さんが近づいてきた。
路地から出てきて辺りを見回すと、こちらに気がつく。
「――ウィンヘゥム?」
ウィンヘゥム青年を見つけた瞬間、ぱっと笑顔になったが、三人の同族と思われる異様なまでに美しいハイエルフを見て、直前で歩みを止めた。
「ミーシア、どうしたの?」
ウィンヘゥムがその娘に気がついて、気軽な微笑みを向ける。
年の頃は17、8歳ぐらいだろうか。片手には籐編みの買い物かごをもち、丸いパンと少しのチーズ、そしてココミノヤシがみえる。
貧しい下町の娘だとわかる古びたドレスを身に着けて、小麦色の髪を耳の後ろでおさげにしている。真面目で大人しそうな印象だが、美しいというわけでもない。
「洗濯物をもらいにいったら留守で……。あと朝ごはんもまだかと。でも、いいの。すみません、おじゃましました」
ぺこりと頭を下げるとくるりと踵を返す。ストレートのおさげ髪が少し遅れて回る。
「まってよミーシア!」
ウィンヘゥムが席を立とうとした瞬間、ハイエルフの娘達がゾッとするような視線を交わすのを俺は見逃さなかった。
<つづく>




