婿探しの根回しとガレットのはなし
クレープ、いわゆる薄焼きの『ガレット』を売る屋台の前には十人ばかりのお客さんが並んでいた。
屋台の看板、『王都名物・メタノガレット召し上がれっと』は正直かなり微妙。
先日、リオラと二人で街に買い物に来た時に「ここは美味しいと評判ですよ」と教えてくれたが、皆で食べるのは初めてだ。
似たような屋台が周囲に数軒あり、どこも親子連れや若い学生のカップル、おばあちゃんズなどで行列が出来ていて年齢性別問わず人気らしい。
ガレットはソバ粉と小麦、そして塩を混ぜた生地を伸ばして薄く焼いたもの。それに20種類の具材から好きなものを注文して挟めばオリジナルガレットを食べられるところが人気の秘密らしい。
フラフラと匂いに惹きつけられたのか、ハイエルフ三人娘たちは屋台に近づいていく。
「並んで、後ろですよっ!」
「まぁ……?」
「私達も?」
「並ぶ?」
チュウタが慌てて彼女たちの手を引いて、行列の最後尾に誘導する。早速チュウタがルールを説明しているが大変そうだ。
「プラム、ヘムペロ。チュウタと一緒にあの三人を頼んだよ」
「はいですー。あれ? ググレさまはどこかへいくのですか?」
「あぁ、早速『人探し』の仕事を一つ片付ける。そうだな……15分ぐらいで戻ってくるから、馬車の近くでガレットを食べて待っていればいい」
「はいなのですー」
事前の調査によると、ちょうどこの近くにハイエルフの男性が住んでいるらしい。宮廷画家見習いとして働き、普段は自宅アパートで絵を描いているという。
王城に勤めているので「身上調書」が提出ずみなので判明した。
ちょいと先に訪問して「あたり」を付けておこうと思う。いきなり目を血走らせて結婚、結婚と迫る娘たちが押しかけては、レントミアでなくても逃げ出すだろうからだ。
今日は時間的に3、4人ほどのハイエルフ男性に会うのが限界だろうし、独身でちゃんと話を聞いてくれるような、そして魔法の『結婚情報誌』を手渡せるような相手を狙う必要がある。
ここまで気を配れば彼女たちも目的を果たせて満足するだろう。俺としてもきちんと仕事をこなしたことになる。
うむ、完璧だ。
まずは一人目との出会いを確実に、スムーズに根回しする必要がある。ガレット屋台での時間稼ぎは大切なステップだ。
「なら、賢者にょのぶんも買っておくかにょ」
「何味が食べたいですー?」
プラムの手のひらに数枚の銀貨を渡す。
「買っておいてくれるのかい?」
我が娘ながらよく気がつく良い子たち。と、思わず感激してしまうが、確かに今朝は朝ごはんをまだ食べていない。今朝は「朝ごはんは各自でね」という日だったからだ。
「そうだなぁ、イチジクジャムにホイップクリーム増し増しで。ふたつ」
指をVの字にしながら頼む。
「いちじくは女性の美容に良い食べ物にょ」
「俺の美容にも良いんだよ」
「あははー」
プラムが愉快そうに笑い、ヘムペローザは「二つ」という単語に、馬車で留守番中のセバスチア氏の分だとわかったようだ。
ふたりは先に行列に並び始めたチュウタとハイエルフ三人娘と合流。どうやらガレットで包む具について話しているようだ。
「具材はお肉系がお薦めですねー。むしろガレットには肉をつつむべきですー。燻製した鹿肉の千切りと、子牛の生ハムスライス。そして甘辛ソースですねー」
プラムが腕組みをして、グルメ評論家ばりの自信に満ちた表情で力説する。
「賢者にょは甘いのばかりご指名だったがにょ」
「マニュ姉ぇに教育されたからですねー。私とリオ姉ぇは肉派ですけどー。それとスピ姉ぇも」
館では一大勢力の「肉派」。リオラとプラムがガッチリとスクラムを組んで、メニューに肉をねじ込んでくる。
「それとプラム、森のエルフは肉が嫌いだにょ」
「でしたっけー?」
小声になるヘムペローザとプラムに、ハイエルフの一人エフィルテュスが優しく微笑みかえす。
「いえ、私達だって催事の時は肉を食べますわ。二回お湯で煮こぼして、薄くスライスして……聖なる湧き水で数時間ほど清めてからですけれど」
「お肉の味が消えちゃうですよー!?」
「にょほほ、こりゃぁジャムと野菜が限界じゃにょ」
「チュウタは何がいいですー?」
チュウタに尋ねるプラム。赤毛の少年――今は少女に見えているが――は、ハイエルフ三人娘に、余程気に入られたのか両手と肩をガッチリと掴まれている。
「僕はえーと。バターとチーズ、それと生クリームがいいな!」
ぱあっと明るい笑顔で屋台に書かれた具を指差すチュウタ。乳製品オンリーとはなかなか偏った具材のチョイスだが、イスラヴィア風か。
「なるほどにょ、ママが恋しいミルキーチョイスじゃにょぅ」
「ち、違うッ! そんなんじゃないし!」
意地悪顔でからかうヘムペローザに、チュウタが顔を赤くして食って掛かる。
「チュウタのチョイスは極端ですよねー」
「プラムに言われたくないよ!? そっちは肉だけじゃん!?」
「えー? 燻製と生ハムはちがいますけどー」
どっと笑いが起こる。賑やかに華やいだ行列に他のお客さん達、特に男性客が気にしている。
認識撹乱魔法で姿は「町娘」に見えているはずだが、ハイエルフの独特の雰囲気や美しさが滲み出ているらしい。並んでいるお客さんだけでなく、通りかかる男性もやはり、時折みとれている。
「賢者ググレカス、心配ならご一緒されては?」
「い、いや。まぁ大丈夫だろ」
妖精メティウスに言われてようやく俺は、屋台脇の路地に向けて歩き出した。
◇
路地裏を進み、右に折れ左に折れ。王都広場の周囲に広がる住宅街の迷宮の片隅に、そのアパートはあった。
事前の調査が正しければ、ハイエルフの男性が住んでいるはずだ。
2メルテほどの幅の路地は、年寄りが座っていたり、子供たちが駆け回っていたり。近所のオバさんたちが俺を見て、まぁ……!? と目を丸くしている。
「ごめんください」
「どうぞ、開いてますよ」
こんこん、こんこん、とドアをノックするやすぐに返事があった。よく通る耳に心地の良い声だ。
ドアノブに手をかけるが、最初になんと切り出せば良いのだろう。あまり堅苦しいのも考えものだな。
「どうも、突然失礼します。王城勤めのしがない魔法使い、人呼んで賢者ググレカスです」
「……え、えぇええ!?」
「妖精も一緒ですわよ」
ガタガタッと椅子が倒れる音がした。
ドアを押し開ける。室内には絵の具で汚れた作務衣を着た男が、絵筆を持って立っていた。
パッとみていわゆる美形。細面で唇は薄く、鼻筋は通っている。ブルーの瞳に淡いブルーの髪。長い髪を一つに編み込んでいる。
「どど、どうして……賢者様がここに?」
あわわ、と慌てた様子が面白いが、王宮勤めの絵師見習いということは、城で俺を見たこともあるのだろう。ならば話は楽だ。自己紹介はそこそこに、早速本題を切り出す。
「えーと。可愛いお嫁さんいりませんかね?」
「賢者ググレカス、それじゃあの三人娘と同じですわ!?」
<つづく>




