『賢者様案件』街をゆく
乗り心地の良い馬車に揺られながら、王城前広場へと差しかかる。
朝の光を浴びて輝く王城は相変わらず立派で美しいが、整然とした広大な広場もメタノシュタット王国の威厳と活気を感じさせる場所だ。
「信じられないほどに大きな街ですわ」
「これが王都。メタノシュタットの中心部」
「なんて沢山の人たち、肌や髪の色は様々ですし、種族も人間やハーフエルフだけではありませんのね」
ハーフエルフの学徒が颯爽と、半獣人が普通に人間と談笑しながら道を行く。そんな車窓からの景色に三人娘は目を見張っている。
「はい、国王陛下の統治のもと、厳然たる法の支配があります。そして、あらゆる民族や文化を許容する懐の深さと、優れたものを認め受け入れる寛容さも兼ね備えている。進歩や変化を恐れない。これこそが、この国の魅力にございます」
俺はすらすらと王国の賢者として語る。うむ、上出来だ。
「人間たちが発展する理由もわかりますわ」
「法の支配と……」
「……寛容さ」
馬車の中で話を聞いてみると、旅をして王都に来てからは、王城のゲストルームに宿泊しながら、王城で働くハイエルフの男性数人に面会したのだという。そこでレントミアの噂を聞き、突撃。レントミアは逃げてウチに来たという流れだったらしい。
彼女たち三人娘は王城を訪ねた後、勝手の分からない王都という事もあり、本格的な街の散策はしていないのだという。
そういえば今朝、出発前に内務省のリーゼハット局長に直接、水晶球通信でも顛末を聞いていた。
◇
「でね、内部で協議した結果、これはもう賢者様案件だねってことになっちゃってね。頼むよホント。ボクの顔を立てると思って」
内務省のリーゼハット局長がワイン樽のような身体を揺らしながら、水晶球の向こうで顔を寄せてきた。
「なんですか賢者様案件って」
「魔法が絡む事件、超自然現象、説明のつかない怪事件! それに謎の敵の襲来や、従来の枠に収まらない面倒事。こういうのはまずググレカスくんに頼みたいのよ。まぁキミにまず突撃して、調べて欲しいって案件のことなの」
「面倒なことって……ぶっちゃけましたね」
「でも好きでしょ、そういう事件とか」
「好きとか嫌いとか関係なく、妙に事件に巻き込まれてる気はしますけどね!」
「ハッハッハ……! でもググレカス君! 君しか出来ない! 君にしかやれないことをやれ、だ」
ニッと黄ばんだ歯を光らせるリーゼハット局長。
「上司らしい素敵なお言葉、痛み入ります」
「先日のルーデンス騒乱の時だって、君じゃなきゃ対応できなかったじゃない? だから皆、頼りにしてるんだよホント」
と、局長が真顔で頭を下げた。
「そこまで言われては。……わかりました」
「よかった! じゃエルフの国から来たお嬢さんたちの事は頼んだよ! 陰ながら安全確保とかの支援はするから」
◇
まぁ顛末はこんな感じだった。
何かとお世話になっているヴィルシュタイン家も巻き込まれた格好らしい。だが、ここはきちんと働きを見せておいて損はあるまい。
やがて俺達の乗る馬車は広場の片隅、駐馬場で停車した。
「さぁ、まずはこの近くからだ」
何台もの馬車が行き交う巨大なロータリー形式の中央道を中心に、東西南北、王都の四方から連なる街道の交差点として機能している。王城に登城する役人の馬車や、市民の乗合馬車、他国から来た特使の馬車が目まぐるしく行き交っている。
交通量が増えた道には、最近魔法で光る行き先が書かれた看板や、矢印信号が設置され、交通がよりスムーズになるように改善された。
「混雑してきました。馬車の往来も激しく、以前と比べると随分と賑やかになりました」
執事長のセバスチアさんが御者席越しに言う。
俺は混雑する王城前広場を眺めた。
この近くを毎朝プラムやラーナ、ヘムペローザ、そしてリオラが通学しているのだ。何か事故に巻き込まれたりしないかと心配になる。
「何か安全で便利な交通手段が欲しい……か」
以前から王国で話題に上がっていた新交通手段の研究は、各部署で分散し今も進行中だ。基本構造や魔法材料の研究には俺も少し携わったが、その後はさっぱりだ。
そろそろ世界樹への交通機関選定も決定するという。
過密化する交通事情を眺めながらそんなことを思い出した。
国の大動脈とも言える王国道から道行く人々を守るように、常緑の街路樹が植えられている。それがドーナツ状の広場――王城前広場を形成している。全体の直径は500メルテ程だろうか。
周囲には数多くの公共施設や手続きを行う役所関連の建物が多いが、ショッピングが楽しめる店や屋台も軒を連ねている。
特に食べ物を売る店や屋台は、朝から様々な人々が行列をなしている。
「あの店のクレープが美味しんですよねー」
「買い食いの定番じゃにょ」
プラムが窓の外の屋台を指差すとハイエルフの三人娘も窓の外を眺める。
「まぁ……!」
「屋台の焼き菓子なんて……!」
「食べてみたいわ……でも、あんなに人が大勢」
焼き菓子の甘い香りがここまで漂ってくる。
「……行ってみますかー?」
きゅぴん! と瞳を輝かせてプラムが振り返った。というか自分が食べたそうだ。ハイエルフ三人娘も同時に頷いた。美味しいものへの気持ちは同じようでホッとする。
「人が多いからチュウタはエスコート役じゃにょ」
「え、えぇ……」
「えぇじゃないにょ! しっかりするにょ」
チュタの袖を引っ張り、エルフのお嬢さんたちをエスコートさせる。
「ありがとう、ヘムペローザさん」
「さすが賢者様のお弟子さんね」
「しっかりしていらっしゃる」
「ニョホホ、まぁにょ!」
俺とチュウタだけだったらどうしようかと思っていた車内の空気も、プラムとヘムペローザのお陰で大分うちとけたものになっていた。
「少々お待ちを」
クレープ、いやガレットを売る屋台へと向かう。チュウタを先頭にしたハイエルフ3人娘と、楽しそうにおしゃべりをしながら歩くプラムとヘムペローザ達を俺は呼び止めた。
「美しいハイエルフが3人も、庶民の屋台に並んでは、妖精の国からきたのかと大変な騒ぎになるでしょう」
「まぁ……?」
「なるほどですわ」
「賢者様のご心配もわかります」
こう言っている間にも、道行く人が、美しいハイエルフの三人娘を見て目を丸くしている。なかには思わず二度見していく者さえ居る始末だ。
「認識撹乱魔法をかけさせていただきます。あまり目立たぬように」
とりあえず普通の町娘ぐらいになるように。
俺は三人のエルフたちに向かって、認識撹乱魔法を展開した。
淡い光のヴェールが包み、見るものの認識を惑わす魔法だ。
これで美しいハイエルフ達も「ちょっときれいな町娘」レベルに落ち着いた事になる。
「ふぅ、これでよし」
「おー? チュウタくんも可愛くなったですねー」
「ホントじゃにょー」
プラムとヘムペローザが半眼でじーっとチュウタを見つめている。
「ぐぅ兄ぃさん!? 僕にまで魔法かけてません!?」
顔を赤くして抗議するチュウタ。
「あぁ、すまん。お嬢様たちと一緒にいたから、ついな」
通行人にはチュウタも赤毛の可愛い町娘に見えていることだろうが、これはわざとだ。
<つづく>




