★集結、ディカマランの英雄たち
【これまでのあらすじ】
ググレカスは、魔王と植物系魔物の融合生物である魔王妖緑体デスプラネティアとの死闘の末、ヘムペローザを救出することに成功する。だが、ググレカスはその体内へと取り込まれてしまう。デスプラネティアの精神世界に迷い込んだググレカスは、そこで魔王デンマーンと邂逅する。
駆けつけたディカマランの英雄達とデスプラネティアの戦いを遠視し、元の世界へ戻ることを望むググレカスに、仇敵であるはずの魔王デンマーンはその帰還を手助けする。
それは、魔王が寵愛していたヘムペローザを、賢者が命がけで救った事への礼だった。
元の世界に復帰したググレカスは、マニュフェルノから以前吸い取った腐朽の力を解放し、内側からデスプラネティアを破壊することに成功する――
『ギ……ギュエアアアアア――!』
憤怒と哀しみを混ぜたような、この世のものとは思えない叫びが鼓膜を振るわせた。魔王妖緑体デスプラネティアが苦しげに身をよじると、周囲に腐り始めた食腕や、黒く変色し生命活動を止めた身体の一部が崩れ落ちてゆく。
「ググレ、大丈夫!?」
「ググレ殿ッ! ご無事でござるか!」
「治癒。ググレくんまずは脱いで……!」
巨大怪獣から距離をとり、退避していたレントミアにルゥ、そしてマニュフェルノが駆け寄ってきた。
大丈夫かと言われれば肋骨は痛いし、魔力強化外装の使い過ぎで全身が悲鳴を上げている。正直、立っているのがやっとの状態だ。
「俺は……大丈夫だ。それよりみんな……、来てくれてありがとう。助かったよ」
俺を御姫様抱っこで抱えてくれたファリアから離れ、地面に足を付けた俺は、まずは仲間への感謝の気持ちを口にした。
とは言うものの、上手いことを言えるはずもなく、照れたように笑いながら頭を下げる。
仲間達は、海辺の町へ魔王の残党を倒しに行くといって出て行ったにも関わらず、レントミアが指輪の力で俺の心を察し、イオラとリオラも魔法のペンダントの力で会話を交わし、異変を皆に知らせてたのだ。
そして、半日もかかる道程を全力で走り戻ってきてくれたのだ。死さえ覚悟した俺にとって、仲間が駆けつけてくれるという事がこれほど嬉しいとは思わなかった。
「エルゴノート! イオラは…、リオラやプラム達は?」
「それならば心配ない、あの子達は王国の騎士達と安全な場所に待避した。みんなお前の事を心配していたぞ」
俺はその言葉に安堵する。
「ところでググレカス、一体どんな攻撃をしたんだ?」
「そうだググレ、私とエルゴの攻撃を……あの怪物はものともしなかったのだぞ!?」
勇者エルゴノートが剣を構えたまま駆け寄って俺の傍らに並び立った。ファリアもその疑問を感じたらしくオレの言葉を待っている。
「あぁ、以前マニュフェルノから吸い取って結晶化した、腐朽の魔力を解放したのさ。流石に……腹の内側からの攻撃を防御はできまい?」
「おぉ! 流石は賢者ググレカスといったところだな。オレには到底考えつかない策だ!」
「全てググレの作戦というわけか!」
エルゴノートとファリアが納得したように顔を見合わせる。一部勘違いをしているようだが、解説するのも面倒なのでそういう事にしておこう。
「腐朽。私の……忌まわしい力……」
だがマニュフェルノは困惑の色を浮かべていた。自分の力を呪われた忌まわしいものだとマニュフェルノはずっと思い悩んでいるのだ。
俺はマニュフェルノに近づくとその手を握り、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「俺が完全にヤツに飲み込まれなかったのは、マニュの……あの結晶を持っていたからなんだ。命を救ってくれたのは……マニュだ」
「困惑。ググレくん……、そんな」
ほわっとした笑みをようやく浮かべるマニュ。
「ググレ、食われたのは災難だったが、だがな! 一人で戦うのは関心せんな。まずは私達をどうにかして呼ぶのが筋であろう!?」
ファリアは抑制していた感情が爆発したように、強い口調で俺に迫った。
彼女の憤慨はもっともだった。俺は何を遠慮していたのだろう。
一人、身勝手な理由で屋敷に残りたいと言ったことが心のどこかで足かせになり、レントミアを通じて助けを乞うという、至極簡単で最初にやるべき行動をとらなかったのだ。
「お前がここに残っていたからこそプラム嬢もヘムペロ嬢も無事でいられた。それは天啓だと思うが、もうすこし私達を頼っても……いいだろう!」
「す、すまないファリア」
「ふん。まぁ……ググレが生きていてくれて……よかった……ぅ、ずっ」
「お、おぃ……ファリア?」
ファリアはやがて涙声で鼻水をすすりはじめた。大柄な体格に似合わず涙もろいのだ。泣き顔を見られるのが恥ずかしいのか、ハンカチならぬ、戦斧で顔を隠すのはどうかと思うが。
「レントミア殿はググレ殿が考えていることを逐一掌握する術を持っていたようでござるな! おかげで館で起こった異変に、いち早く気がついたでござるよ」
ルゥローニィが感心したようにレントミアの肩に手を置いて、賞賛の眼差しを注ぐ。そうだ、思い出した。レントミアに仕置きをするんだった。
――と、跳ねるような軽やかな動きで、レントミアが俺に抱きついてきた。
「ググレ! よかった!」
「痛たた、レントミア……」
ぎゅぅと背中に手を回し、再会を喜ぶ愛らしいハーフエルフ。だが俺は、おもむろにレントミアの右手を掴み、細い指に光る銀の指輪を抜き取りにかかった。
「このっ! 外せこんなもの! ずっと……盗み聞きしてただろ!?」
「だめー!? やだやだ! これは外さないの!」
「ストーキングアイテムを作った覚えは無いぞ、改造するからよこせ!」
「やーっ!」
「いいから大人しくしろっ」
「安定。強引にか細い体を組み伏せるググレくん、元気そうで何より、ハァハァ」
頑なに嫌がるハーフエルフの美少年を力ずくで押さこむと、マニュが素早く反応を示していた。俺を治癒したいらしく真っ赤なロウソクをスタンバイしているのが見える。
『ギシシャァアア! キルキル……キルキル……!』
だが、のんびり治癒しているわけにもいかないようだ。
ズゥウウン! という地響きと共に、デスプラネティアが動き出した。生き残った食腕をうねらせて、ダメージを与えた俺たちを探して手いるかのようだ。
俺は、全身をうねらせて叫び続ける化け物を凝視した。再生能力は失われたが、まだ奴は動き続けている。
「ググレカス、俺たちに指示をくれ。ヤツを……仕留めねば王都が危ない」
エルゴノートが鋭い目線で山のような化け物を睨みつけ、再び宝剣を握る手に力をこめる。
「あぁ、わかっているエルゴノート。……倒そう、ディカマランの英雄の力で」
俺は静かにそういうと眼鏡を指先で持ち上げた。
戦術情報表示には、巨大な赤い光点と、俺たちを示す六つの青い輝点が対峙するかのように映し出されている。
「やはり知略に長けた、賢者が居ないと、私達は力を出せないのか……」
ファリアが吹っ切れたように微笑んで、巨大な戦斧を肩に担ぐ。
「ググレ、作戦があるんでしょ? 導いてよ、ボクたちを」
「拙者、後衛組みをしかとお守りするででござるよ!」
「決意。わたしも……何かできることがあれば」
「――ファリア、レントミア、ルゥ、マニュ。今からあの化け物を、この世界から完全に消滅させる。その為には……みんなの力が必要なんだ」
戦術情報表示に急速接近の警告が唸る。俺たちを嗅ぎつけた化け物が這いずるように、こちらへと向かってきているのだ。距離は既に百メルテほどだ。
そして、背後から回り込むようにヴィルシュタイン率いる王都防衛軍の残存兵力が加勢しようとこちらへ向かっていた。騎士3人に戦士数名、そして馬に乗った魔法使い5名ほどだ。
囮として周囲を駆け回り、足止めと時間稼ぎをしながら王都メタノシュタットに駐屯する総勢三千ほどの「本隊」を待っているのだ。
石塊兵や、強力な遠距離支援魔法を駆使するメタノシュタット防衛軍の本隊ならば、更に奮戦は出来るだろうが、この夜半に大軍を集め、そして出発させるには相当の時間が必要だ。
そんな事をしている間にデスプラネティアは王都に到達し、取り返しのつかない被害を出すだろう。
食い止めるなら今、ここでやるしかないのだ。
ここにいる全員の力を合わせて。
「マニュ、一つ頼みがある」
俺はマニュフェルノの赤褐色の瞳を覗き込んだ。月光の下でみる僧侶の肌は白く、瞳の光彩だけが異彩を放っている。
「マニュ、君の魔力を俺に分けてくれ」
「初耳。そんなこと……できるの?」
「できる。実はマニュと俺の魔力の波動は似ているんだ。変換効率は悪いが、半分ほど分けて欲しい」
俺の魔力はほぼゼロだ。これから作戦を遂行するには少し補給しなければならない。時間がたてば回復するが、今は時間が無いのだ。
マニュの治癒魔法は傷を癒せるが魔力までは回復できない。そしてこの世界にはポーションのような魔力回復アイテムという都合のいいものも存在しないのだ。
そこで、魔力糸の魔力伝導性を応用した魔力の直接移植を行うのだ。
「首肯。わかった……」
突然、意を決したように服の胸元の結び目を外し、マニュフェルノはするすると上着を脱ぎ始めた。
「ちょっ!? マニュ、何してんだ!」
「赤面。だって……普通こういう場合、全裸で魔方陣だよね?」
「違う! 手を繋ぐだけでいいんだよ!? 服とか脱がなくていいし」
まったく、何でそうなるんだ。って! エルゴやファリア、レントミアさえもが引き気味だ。
「握手。それだけなのね……」
がっかりしたように俺と手を握るマニュフェルノ。暖かくて柔らかい女の子の手だが、今はそんなことに感動している場合じゃない。
戦術情報表示に『魔力充填中……6%』と充魔マークが表示される。
せめて30%まで回復させねば俺の賢者の結界を展開できない。
「質問。ググレくん……こういう場合、もしかして唇を重ねると早く魔力が充填できる?」
「ねぇよ!」
んっ……とキス顔で目をつぶるお下げ髪の残念僧侶。驚くほどにマイペースだ。
俺は手を握ったまま逆方向を振り向いて、仲間達に指示を出すことにする。
「ルゥローニィ、ファリア! あの化け物の脚と残った食腕を排除してくれ! 無理はしなくていい、一撃離脱を基本に! エルゴノートは雷撃魔法で『花弁』の中枢を焼き切ってくれ、ブレスを吐かせてはダメだ! レントミアは円環魔法を励起! 呪文詠唱にはいってくれ。その間は俺が守る」
俺は矢継ぎ早に指示を出す。
「あぁ!」「了解でござる!」「まかせておけ!」「うんっ!」
ファリアにルゥ、そしてエルゴノートら前衛組の打撃力と機動性を最大限に生かして、化け物の動きを止め体力値を削る。
そして俺が「賢者の結界」でデスプラネティアを封じ込め、そこにレントミアの円環魔法を叩き込む。それも超特大のやつを。そして完全に焼き尽くしてやるのだ。
――さぁ、決着をつけてやる!