チュウタとヘムペローザとプラム
ヴィルシュタイン家の黒塗りの馬車に乗っていたのは、ハイエルフの三人娘だけではなかった。
「ぐぅ兄様……!」
客室の開いたドアから顔を出したのは、チュウタだった。
今にも泣きそうな顔で飛び出してきて、俺にしがみついてきた。
「おぉ!? チュウタ」
「ふぅえぇ……っ!」
小さな肩に手を添えて顔を覗き込む。褐色の肌に赤毛の少年は、下唇をかみしめて何かに耐えているような表情をしている。
「大丈夫か?」
「うぅ……ぐぅ兄さま。僕、馬車の中ですっごく観察されて……ぐす」
「お前も苦労しているんだな、察するよ」
チュウタの服装はまるで少年貴族のようだ。シンプルで品のいいジャケットに、下は膝小僧の見える半ズボン。靴はピカピカの革靴に白いソックス。
ウチにいたときは、俺のお下がりのTシャツとハーフパンツ、そしてサンダル履きという格好だった。それに比べれば随分いい暮らしをしているようだ。
その分、苦労も多そうだが。
「ご令嬢姉妹はどうしたんだ?」
「それが……その」
まさか、チュウタ一人に面倒そうな案内を押し付けたのか?
「チュウタくん、今日は一緒ですかー!」
「プラム、よろしくね」
プラムが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「湖上のボートでは、よく会ってるがにょ」
腰に手を当てて黒髪を振り払うヘムペローザは、ちょっと挑戦的な顔つきだ。
それでもチュウタは、プラムとヘムペローザの声に明るい表情になった。
たまに三日月池で、ボート遊びをしながら、ヴィルシュタイン家のボートと何やら競っていたりするようだが、こうして一緒に行動するのは久しぶりだろう。
「チュウタ様は、イスタリアお嬢様に大役を仰せつかったのでございます」
初老の紳士が静かに口を添える。
「申し遅れました。私、執事長のセバスチアと申します」と更に一礼。
「セバスチアさん、なるほど……わかりました」
「賢者ググレカス、何がどうわかりましたの?」
と、妖精メティウスが賢者のマントの襟首の内側で囁く。
『本来はゲストの案内は、イスタリアご令嬢の仕事なのさ。だが面倒でチュウタに押し付けたんだろうな。エルフのお嬢様たちも、チュウタに興味がありそうだし』
『難儀ですこと』
『でもお陰で、気が更に楽になったよ』
『プラムさまにヘムペローザさま、チュウタさまもご一緒なら心強いですわね』
『心強いというか、気が紛れるというか……』
他人には不可視な『戦術情報表示』の小窓を介し、妖精と文字で会話する。
ちなみに、最近は秘匿会話機能もバージョンアップ。魔法の小窓の上で「吹き出し風」に会話できる。顔を模したアイコンも表示する仕様なのだ。
客車の方をチラリと見ると、ハイエルフ三人娘の視線はチュウタと俺に注がれている。
「あんなに親しげに」
「なんて仲の良い」
「賢者様がまた」
また、ってなんだ。
視線は明らかに嫉妬めいている。もしかしてレントミアに続き、チュウタまで俺が仲良しなことが気に入らないのか。単に羨ましいのか。
「……では、参りましょうか」
俺たちは執事長セバスチアさんに案内されて、客室へと乗り込んだ。
内装は豪華だった。銀の細工が施された窓枠に、赤い革張りのベンチシート。座席は向かい合っていて、大人三人がそれぞれ横並びで座れるワイド仕様ときた。
馬車の進行方向に向かって、ハイエルフ三人娘がちょこんと腰掛けている。
もう一度確認するが、右側からウェーブしたロングヘアーのアレーゼル。
可憐なストレートのセミロングが、エフィルテュス。
男前な感じのベリーショート娘が、カレナドミア。
服装は意外と質素なロングのドレス姿。柔らかい印象で神秘的なエルフにはよく似合っている。それぞれデザインや色合いが違っているが、みな同じリネン素材だろうか。マニュフェルノに似合いそうな風合いだ。
俺達は御者席の裏側、つまり進行方向を背にした席に四人並んで座ることにする。俺以外は少年少女なので身体も小さく特に狭くもない。
「おー! フカフカの椅子ですねー」
「だな、うちの陸亀号とは大違いだ」
一番入口側にプラム、次に俺。
入り口から一番奥の窓側にチュウタと続けてヘムペローザが座る。
「おぬし随分といい暮らしをしておるようじゃにょ、んー?」
「別にそんなんじゃないし。いてて……っ!」
「こやつ、反抗的じゃにょ」
「押さないでよ……っ」
ぐいっぐいっと身体をチュウタに押し付けるが、チュウタも負けじと押し返している。
睨み合うヘムペロとチュウタ。なんだ仲良しか。
「男の子と女の子が!」
「かっ、肩を……!」
「ふ、触れて……」
向かい側で驚愕するエルフ三人娘。というか卒倒しそうな表情をしている。
――こりゃ確かに面倒くさいわな……。
「こら、おまえらやめい。狭いんだから」
「にょぅ」
「うー」
と、左側に座っているプラムが、俺の腕を掴んでいた。まるで身を隠すように隠れ、右側を気にしている。
プラムは、ヘムペローザとチュウタのやりとりを、じーっと見ていたようだ。
「プラム、席をかわろうか?」
「あ、いいのですー。窓から外が見えますしー」
ふいっと左の窓の方を向くプラム。ポニーテールの髪がさらさらと肩で揺れる。
「……そうか?」
馬車が王都の中心部へ向かって動き出すが、対面に座った三人娘とそれぞれ挨拶を交わし、親交を深める。
だが、やはりダークエルフの血を感じさせるヘムペローザを紹介すると、対面のエルフたちの表情はやや曇った。
「ワシが賢者の一番弟子のヘムペローザじゃ。以後、お見知りおきを」
心配を他所にヘムペローザはハイエルフ三人を前に、まったく臆する様子もなかった。
ふてぶてしいまでの態度で、自信に満ちた顔で腕を伸ばす。すると、手のひらから淡い光とともに緑色の短いつるを伸ばし、数秒で小さな一輪の花を咲かせて見せた。
これには魔法に長けたハイエルフたちも驚き、目を見張った。
「まぁ!?」
「速いわ……!」
「植物錬成系魔法!?」
互いに顔を見合わせる。
「それに……花を咲かせるなんて」
「ただの植物錬成系ではありませんわ」
「魔力形態の波動偏移を無意識下で………」
ひそひそと話し、結構驚いている様子だ。
「……にょほほ! なんだか知らぬがこれで賢者にょの株もあがったであろうにょ」
「お、おぅ……ありがとよ」
なんだか弟子に頭が上がらなくなってきた。
<つづく>




