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 マニュフェルノの変なスイッチ

 ◇

 

 夜はふけて、子供たちは寝てしまったらしい。

 賑やかだった館に静けさが戻ってきた。


 夫婦の寝室で俺とマニュフェルノは寝台(ベッド)の上。仲良く一緒に寝そべって、色々話をしている。

 小さな香油ランプの灯りが仄かに照らす。安眠を誘う香油のおかげでリラックスした気持ちになり、話しているうちに「寝落ち」してしまうときもある。


 妖精メティウスも気を使い、早々に本の隙間で寝てしまった。今夜の寝床(・・)は『秘められたエルフの生態 ~謎の白薔薇の(ちぎり)~』という本だ。王立図書館から借りっぱなしの本だったが、ちょうどハイエルフの事が書かれているようなので読んでみようと思ったのだ。

 妖精メティウスは検索妖精(サーチエンジェル)としての性質も持つので、あとで検索魔法(グゴール)代わりに要約してもらうのでもいい。いずれにしても本の世界を旅できる特技は実に羨ましい。

 そういえば時々、本の中を旅するメティウスが夢の中にも出てくる気がするのだが……不思議と朝になると細かい部分は忘れている。


「同棲。レントミアくんとはじまりましたね」


「同棲とかいうな。同居だろ」

「遠慮。しなくていいのに。今夜ぐらいはレントミアくんと、しっぽり語り明かしてもいいのよ……?」


 マニュフェルノが横から俺の胸を指先でつつく。思わず腕枕をするような体勢で抱き寄せる。


「語るのは昼間でもいい。城でも顔をあわせるし。あと、しっぽりって言葉は使い方間違ってるだろ?」


 確か「男女が愛情をもって仲良くすること」だ。今の状態がまさにそれ。


語彙(ごい)。わたしも物書きの端くれですから知ってます」

「知ってて使うなよ……」


構想(プロット)。ググレくんとレントミアくんを見ていると、いろいろ妄想が浮かんできて、とっても創作意欲が刺激されます」


 ぐへへ……とダメなほうのマニュの顔になる。


「あのな、レントミアと俺は仲いいけどそんなこと……」

「弁解。いらないわ。大丈夫、全部わかってるから」


 すごく理解している。という慈愛に満ちた眼差しを向ける。頬に温かい指先が触れる。そっと握り返す。


「何がどう大丈夫なんだよ」

「微笑。うふふ」


 おでこをぐりぐりと擦り付け、くすくすと笑い合う。


 お互いにメガネは外しているので、近くに顔を寄せないと表情が見えない。近眼夫婦なので近いほうがよく見える。うむ、なんとなく上手いことを思いついた気がする。


 マニュフェルノは髪をほどいているので、ふわふわの長い髪が頬にかかっている。優しい茜色の瞳が見つめている。あまりにも可愛いので少し反撃しておく。


「俺がレントミアに何をするか、この唇で言ってみろよ」

赤面(きゃぁ)。言わせないで……!」

「言えよ、何を……どうするんだ?」

「羞恥。そんなの……言え……な」


 瞳を潤ませ視線を逸らすマニュフェルノ。だが、次の瞬間。何かのスイッチが入ったらしい。カッ! と瞳を開く。


「欲望。それは、天に向けてそそり立つ欲望ッ! ググレくんは(たぎ)った灼熱の(くい)を、レントミアくんが誰にも見せたことのない、ググレくんにしか許したことのない場所に(以下略)」


「うあぁあッ!? ちょやめ!?」


 しまったこいつは「プロ」だった……!

 上気した顔で、何が何だかわからない文章をとめどもなく漏らし始めた。上気した表情は、ほどんど発作だ。


「てえぃ!」

 ゴッとおでこをぶつけて止める。


鈍痛(いたっ)。……ったい」

「正気に戻ったか」

「普通。ここは……唇を塞ぐのでは……?」

「……そうなのか」


 寝台の上でじゃれあっていると、突然。サイドテーブルの上の本が振動した。ブブブ、と妖精メティウスの呼び出し音だ。


「……? どうしたメティ」


『お愉しみのところ、お邪魔してもよろしくて……?』


 なにかちょっと慌てた様子だった。構わないよと言うと、妖精が勢いよく本から飛び出してきた。


「賢者ググレカス、とんでもない事がわかりましたわ!」


 ぱたぱたっと飛んできて毛布の上に着地。本を指差す。本とは『秘められたエルフの生態 ~謎の白薔薇の(ちぎり)~』だ。


「そんなに慌てる程に重大なことかい? どこに何が書いてあるんだ?」

「278頁ですわ!」


 俺とマニュフェルノは顔を見合わせながら本を手に取り、開いてみた。

 

 そこにはこんなことが書かれていた。


 ――かくかくしかじか。

 白薔薇の(ちぎり)とはつまり、ハイエルフの国で伝統的に行われている、集団教育の一環である。

 純粋なエルフは、在る年齢に達した男子のみを集め、理想的なハイエルフに育つよう伝統教育を施す期間がある。

 女子は女子で集められ、互いに接触する機会は殆ど無い。

 だが、ハーフエルフや病弱なものなど、規格外(・・・)とされたものは免除される。

 純粋なエルフは、ある種の宗教的共同体を形成したコミュニティ、白薔薇の契に強制的に参加させられる。

 そこで先輩であるハイエルフの青年(15歳から20歳程度である)が、新入生の擬似的な兄となり師匠となり、様々なことを教えてゆく。

 男子が集められ共同生活を送る館で行われる様々な教育は多岐にわたる。伝統的な儀式や歴史、文化、礼儀作法。それに魔法技術や戦闘術。生活に関する習慣など実に多い。

 当然、その中には子孫繁栄に関する事も含まれているとみて間違いないであろう。おそらく。きっと――


「この、最後の文章なんてあのハイエルフの娘さんたちの言っていた事ですわよね」

「あぁ……間違いない。ハイエルフの国では男女別々に集められて教育を受けるってのは本当らしいな」


 確かにあのハイエルフ三人娘が言っていた事とも辻褄が合う。


「師弟。初めての……経験。美しいエルフ男子たちの花園。白薔薇……禁断の園。プロットがいくらでも書けます……ぐふふ」


 メガネが無いので本を間近に、食い入るように見つめると肩を揺らすマニュフェルノ。


「また変なスイッチが入ったか」


 とはいえ、マニュフェルノの(よこしま)な想像通りの事があるのなら……確かにエルフ衰退の理由のひとつにはなりそうだ。


<つづく>


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