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 狙われたチュウタ、貴族の姉妹とエルフ

 ◆


 豪奢な調度品に囲まれた部屋の中は、まるで春の花園のようだった。

 美味しいお菓子に質のいい紅茶、可憐な乙女たちの笑い声に、漂う甘い香り。


 ここ、ヴィルシュタイン卿の邸宅――長女のイスタリアの部屋では、遠方から来た珍しい客人(まろうど)、ハイエルフの娘たちがくつろいでいた。


「本当に素敵ですわ」

「私たちの暮らしが質素すぎるのですよ、アレーゼル」

「これが王都の生活……。伝統にばかり囚われている私達は、こんな暮らしがあること自体、知ろうともしていないわ」


 気位の高いハイエルフの3人娘達にとっても、王都メタノシュタット屈指の侯爵家、騎士団長も務めるヴィルシュタイン卿の邸宅は、目を見張るものがあるようだ。


 長女イスタリアの部屋はとても広く、友人が訪ねて来ても良いようにと応接セットが置いてある。すべて名のある職人の手による品で、子鹿に似た脚が特徴の丸いローテーブルには、ふんだんに花や果物が盛られている。

 周囲には桃花色のソファーが置かれ、窓にはフリルが可愛いカーテンが吊り下げられている。


 ロウソクを模した水晶ランプが室内を照らす魔法の燭台はすべて銀細工。それは王都でも人気の魔法道具職人に発注した逸品だ。

 開いたドア越しに寝室も垣間見えるが天蓋つきの大きな寝台(ベッド)の脇には、ピカピカの女性物の甲冑が置いてあったりする。


「素敵な銀細工……! テーブルもなんて繊細なのかしら」

「うちなんて木の切り株よ、300年もので分厚いの……」

「エフィルテュスは自然と対話するシャーマン家系ですものね。そういえばベッドも(コケ)のマットでしたわよね?」


「ま、あぁ……オホホ……」


 ハイエルフの娘達は、豊かな王都の暮らしぶりに心躍らせているようだ。


 話はあまり噛み合わないが、ようやく自分のペースになってきた気がする。

 ハイエルフの三人娘が訪れた時、イスタリアは彼女たちの美しさや、神秘的な雰囲気に完全に圧倒され「い、いらっしゃひ」と引きつった笑顔で出迎えるのが精一杯だった。


 侯爵令嬢の娘である自分が、ハイエルフに負けた気がした。


 妹のルミアリアは「おとぎ話の住人」が目の前に現れたと大はしゃぎ。瞳を輝かせて喜んでいるし、弟のチュウタは色香に惑わされたのか、木偶の坊だ。


 魔法に長け人族の何倍もの時間を生きるという、彼女たちが来た理由はわからない。


 父の仕事関係なのだろうが、美しく不思議な魅力を振りまく神話世界(・・・・)の住人が突如、家にやってきたのだから動揺するのも無理はない。


 ――こういう手合いは隣の賢者様のお宅がお似合いなのに……!


 最初は圧倒されていたイスタリアだったが、堅苦しい雰囲気のディナーを共にとり、ぎこちない会話を交わすうち、ある事に気がついた。


 それは、ハイエルフの3人娘は、実はかなり田舎者(・・・)なんじゃないかしら? ということだった。


 まず、出て来る料理に驚く。食器の細工に驚く。魔法の通信道具や映像に驚く。


 家長のヴィルシュタイン卿との社交辞令的な会話を終えた頃、イスタリアの疑念は確信に変わっていた。


 この娘達は、田舎から出てきた世間知らずだ……ということに。


 とはいえ、炎熱石(ヒトス)で加温するシャワータイムが過ぎるころ、ようやく打ち解けてきた。

「夜はまだ長い。寝室の準備が整うまで、しばらくイスタリアの部屋でくつろいではどうか?」

 家長であるヴィルシュタインが提案し、姉のイスタリアは妹と共に三人のゲストを引きつれて自室でくつろぐことにした。


 ふりかえると、(ヴィルシュタイン)と母はやれやれとため息を吐いて。慣れない珍客に流石に疲れたのだろう。


 ――あとは私達におまかせを、お父上。


 騎士の娘として、立派に「おもてなし」をしてみせる。


 イスタリアは想いを胸に秘めた。


 ◆


「すごいね! お姉ちゃん! 本物のエルフだよ」


 妹のルミナリアが姉のイスタリアに耳打ちする。エルフ達との会話にとても心弾んでいる様子で、瞳をキラキラさせている。


 普段は読書好きで大人しい妹だが、好奇心だけは人一倍。純真な少女らしい一面を持つルミナリアは、エルフ達ともすんなりと打ち解けているようだ。


「誤解されがちですが、わたしたちは少し照れ屋なだけですよ」

「本当は人間界、こういう綺羅びやかな世界にも憧れる気持ちもあるの」

「でも、騒がしくて人間が大勢いて……暮らすのは大変そう」


「へぇ……!」


「もっといろいろ教えてくれる? ルミナリアさんは『学舎』とかいう所に通っていらっしゃるの?」


 ウェーブしたロングヘアーのアレーゼルが尋ねる。


「はい! 馬車で毎朝通っています」


「まぁ! お友達も沢山いらっしゃるの?」

「何人ぐらいいるの?」


「たくさんいます。男の子も女の子も、えぇと合わせて」


 ルミナリアが二本の指を立てる。


「20人ぐらい……かしら?」


「二百人ぐらいいます!」


「にっ……にひゃく!? わ、私達の村と同じぐらい?」

「うそ!? でも、王都(ここ)は確かに人が多かった」

「子供だけでそんなに……。人間が増えるわけね」


 可憐なセミロングの髪のエフィルテュスと、男前なベリーショートのカレナドミアが身を乗り出す。


「それと今、男女あわせて……と申されました?」


 アレーゼルが目を細めた。聞き間違えたかと思ったようだ。


「え? クラスは男女一緒ですよ」


「男女同席!?」

「まっ……まぁ!?」

「なんてこと……! そんな……! きゃっ」


 何故か赤面するアレーゼル。他のエルフ娘達も同じような反応をする。


「エルフさんたちの国の学舎は、男女で分かれているのですか?」


 イスタリアもようやく落ち着いて話ができるようになってきた。


「生まれてすぐに乳母に引き取られて、女の子だけで暮らします。男性は……男性だけで集められて暮らしているのです」


「まぁ、そうなんですの!? 男女別で……!?」


 貴族のご令嬢で見識も学もあるが、イスタリアは初めて聞く話に驚いた。いったいいつ恋愛したりするのかしら……と素朴な疑問が湧く。


「エルフの国には学舎は無いわ。教えは親から受け継ぐものなの」

「あとは、長老様かしら」

「それに魔法に長けた術長様もね」


「へぇ……すごい!」


「当然です。だから私たちは最も優れた種族と言われるんです」


 ハイエルフのアレーゼルが迷いなく語ることに、イスタリアとルミナリアは一瞬、きょとんとしてしまった。


 と、そこへドアがノックされ、台車にのった紅茶が運ばれてきたのだとわかる。


「どうぞ、セバスチア」


 ドアが開くと、白髪をオールバックに撫で付けた執事長のセバスチアが折り目正しく一礼をして入ってきた。

 黒の王国の伝統的な礼服を着こなし、実に品のいい表情で「お茶でございます」と語る。


 その後ろには弟分のチュウタもいた。姉妹と一緒にお相手をするようにとヴィルシュタイン卿に言われたのだが、「ぼ、僕もお茶を淹れるの手伝います!」と、執事長と一緒に紅茶を淹れに行ったのだ。その時ヴィルシュタイン卿はハイエルフ達の相手をする苦労を察したのか、チュウタを咎めることもなく軽く苦笑を浮かべていたのだが。


「当家自慢の最高級、とっておきの紅茶を準備しておりましたの」

「まぁ?」

「紅茶……西国ストラリアの留学で飲んで以来ですわ」

「赤いハーブなのですね」


「香りをおたのしみください」


 イスタリアが反撃とばかりに自信満々で紅茶をすすめる。


「ディナーの時はワインと柑橘果汁入りの炭酸水でした。夜は身体を温めますとゆっくりおやすみいただけます」

 身体が大きく厚い胸板の老紳士が実に優雅な所作で、お茶をテーブルに並べてゆく。白く薄い磁器は上品で、ハイエルフたちも物珍しそうに眺めている。

 チュウタは執事長に続いて、焼き菓子が盛られた皿を置くのを手伝っている。


 ハイエルフたちは「まぁ……」「お心遣い感謝しますわ」と言いながら、男性二人の動きを視線で追っている。警戒が半分、興味が半分といったところだろうか。


「感謝いたしますチュウタさま」

「こっちこそ、僕はこういう仕事のほうが好き……」

 そもそも執事という存在は、エルフの国は勿論、王都でも初めて見るタイプだった。紳士的で物腰は優雅。人間の貴族たちとはまた違い、彼女たちにも関心を示さない。


 更に、視線は赤い髪の人間の少年へも注がれている。


 王都に来てまず驚いたのが、子供の数の多さだった。

 人間は言うに及ばず、半獣人やハーフエルフ(!)など。幼い子供を連れた親が沢山、楽しそうに街を歩いていた。

 エルフの里ではここ数十年、まともな純血種(・・・)は生まれていないのに。


「では、ごゆっくり」

「ごゆっくり……」


「おまちなさいチュウタ。あなたはここに残りなさい」


「えぇ!?」

 執事長の背中に隠れ、素速く出ていこうとするチュウタをイスタリアは呼び止めた。自ら席を立つとチュウタの首根っこを掴む


「いい? あのエルフたちチュウタをチラチラ見て、興味津々だったわ。勝利のため……いえ、きっと楽しい時間が過ごせるわ」


 顔を寄せ、ニィッと凄みのある笑顔で囁くイスタリア。セバスチアは空中の一点を見つめたまま、お嬢様の話を聞いていないふりをしている。


 ディナーの時からチュウタはエルフたちに注目されていた。「子供だわ……!」「それも男の子!?」「こんな近くに」と興奮気味に囁く声に、チュウタは喰われるんじゃないかと恐れを感じたほどだ。


「なんか怖いんだけど」

「アンタね! 失礼なこというんじゃないの。こういう時ぐらい役に立ちなさいよ」

「うぅ……」


 仕方なく姉のイスタリアについていく。


「あらためてご紹介しますわ。弟のチュウタです」


「ど、ども」


「まぁ……!」

「まぁまぁ……!」

「あらあらまぁ……!」


 三人のハイエルフたちが色めき立つ。

 執事長は「ではごゆっくり」と一礼。チュウタは「たすけて」と視線で救いを求めたが、「ご武運を」とばかりに小さく首を振り、出ていってしまった。

 チュウタはため息をつく。


 彼女たちにとってはこの年頃の男の子自体が珍しい。エルフの里には居ないのだから。十数人ほど若い子はいるが、みんな修道院のような通称『白薔薇の園』でくらしている。


「チュウタお兄様、お菓子を召し上がれ」

「あ、ありがとルミナリア」


 妹のルミナリアが妙な空気にナイスフォロー。可愛らしくお菓子をすすめる。味方の存在に、チュウタもすこしホッとした様子だった。


 ぱくりとお菓子を食べる。


「食べたわ!」

「まぁ……!」

「妹さんと仲良しなのね」


「はい」

「はい」


 と息もピッタリのチュウタとルミナリア。


「私とも仲が良くてよね、チュウタ」

「も、もちろんだよ!」


 姉ともある意味仲がいい。


 ハイエルフたちは実にいいものを見た……とでもいいたげに、紅茶のカップを口にする。

 極薄の白い磁器のカップに驚き、さらに淡い紅色のお茶に感激する。


「なんていい香り……!」

「ハーブのような、いえ……なのに花のように芳醇な香り」

「茶葉も浮かんでいますわ。きれいな色……」


「ご明察のとおりですわお客人。発酵させた茶葉は珍しいものですわ。……西国(・・)から来たと言う割に南国の紅茶が初めてなんて、フフ……フフ」


 立て巻きロールの金髪を指先でくるくるしながら、イスタリアは精神的勝利を確信し微笑んだ。

 とはいえ、勝利の引き立て役は南国マリノセレーゼの最高級品――香り高い茶葉によるものなのだが。


 ◆


<つづく>


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