姫の片腕、レイストリアからの依頼
テーブルの端に置いてあった水晶球が輝き、魔法の通信が始まりを告げた。
『――ググレカス殿、お食事中のところ申し訳ございません』
「あぁ、構わないよスカーリ特別補佐官」
俺は「ちょっと失礼」と言ってディナーの席を立ち、水晶球を持って廊下へと出た。皆はおしゃべりに夢中だが、妖精メティウスだけはヒラヒラと飛んでついてきた。
妖精の食事は朝露なので、退屈だったのだろう。
「お食事中なのによろしくて?」
「話は予想がつくし、すぐ済むよ」
水晶球に仕事中らしい二人の男女が映っていた。
金髪の知的美人エージェント、スカーリ特別補佐官だ。その背後では相棒のモノレダー特別補佐官が手を振っている。
二人とも黒いパリッとした王政府の制服を身に着けている。
立っている場所は街の路地裏だろうか。暗がりに溶け込む特務事案担当のエージェントは実に様になっている。
画像が暗く粗い様子から、簡易的な魔法道具による近距離通信だとわかる。
「こんな遅くまでお仕事とは、ご苦労様です」
仕事熱心な二人をねぎらうが、残業手当がつく時間だ。二人は顔を見合わせると、いつもの事ですし慣れっこですと微笑む。
『――賢者様こそ宜しいのですか? ディナーの最中だったのでは?』
「かまわないよ。で、エルフの娘達のことかい?」
タイミング的に大方予想はついていた。夕方にこの館を訪れたハイエルフの三人娘のことだろう。
スカーリ特別補佐官は、真剣な眼差しで頷いた。
『――お察しのとおりです。彼女たちは我々の監視下にあります。訪問前に連絡をと思っておりましたが、後手に回ってしまいました。申し訳ありません』
「なるほど、問題ないよ。だが、危険人物だから監視、というわけではあるまい?」
危なく追い返すところだったが……。
『――ご冗談を賢者様! 彼女たちをご覧になったでしょう? あの美しさ。それだけで我々が全力で保護すべ、ぐふっ!』
水晶球に横から割り込もうとしたモノレダー特別補佐官はスカーリに肘鉄を喰らったらしい。画面の外に消える。
「モノレダーも苦労してるな……」
「えぇ仲のおよろしいことで」
妖精メティウスがくすくすと笑いを堪えている。
『――こほん。賢者さま、彼女たちは王政府の特別保護下にあります。大切なゲストとして王都で行動し、故郷に戻るまでは監視と護衛もつきますわ。希少な方々ですから。でも……あまりにも世間を知らなすぎて。危なっかしくて、見ていてハラハラする事が多いんですけれど』
スカーリ特別補佐官の口調は、仕事を抜きに本気で心配している風だった。頬に手を当てて、近くの建物の窓辺を眺めている。
どうやら今夜の宿に到着するところまで見守っていたらしい。
「ははは。あの調子では……お察しします。エルフの隠れ里で暮らしていたわけですし、王都には珍しい物も多い」
『――ゲホ……。街を3人で歩けば、ハイエルフの麗しい見た目に男たちは色めき立つ。追い払うとまたナンパ。かと思えば、突然魔法を使って消えて、高速移動はするわ……もうヘトヘトですよ』
疲れ切った表情のモノレダー。
よく見ると少し離れた木陰には、疲れ切った表情の魔法使いらしい人物も見える。王政府に雇われた魔法協会の中級魔法使いだ。この館に来たときのように、魔法を使って移動するハイエルフの追跡となれば魔法使いの協力は必須だろう。
「なんだか楽しそうですね。俺にも声をかけてほしかったが……」
お祭りに参加できなかっことが少し悔しい。
『――もっと早くに連絡する予定だったのですが、見失って大変で。それに賢者様は今回、彼女たちが会いたがっていた目的の人物のお一人ですから。レントミアさまと特別に親しいご友人として』
どうも含みの有る物言いだが、要は「目的地」なのだから、動いてはいけなかったらしい。なるほどと納得する。
「エルフの娘さんたちの婿探しに、王政府が協力していたとは驚きです」
『――協力は当然です。魔王大戦で勇猛に戦い、多くの犠牲を出したハイエルフの魔法使いたちに対する王国のの心尽くしです。出来る限りの協力を惜しまないと局長もおっしゃられておりました』
「ならば王政府の人員を総動員して、ハイエルフの男性を見つけ出して、お見合いパーティでもしたほうが良いんじゃないか?」
『――さすが賢者様、もうそこまでご存知でしたか。王政府は内々に事を進めようとしています』
「暇なのか王政府や内務省は……」
少数民族になりつつあるエルフに対する人口政策に加担する日が来ようとは思わなかった。まぁ仕事は無いよりあったほうがいいのだろうが。
『――というわけで、賢者様。局長とレイストリア様からのご伝言です』
「なぬ?」
局長はわかるが、スヌーヴェル姫殿下の片腕。ハイエルフの最上位魔法使い殿からの伝言とは珍しい。
というか、嫌な予感しかしない。
『――明日から全力で婿探し、ハイエルフの男性の捜索に協力するように、と』
スカーリとモノレダーは肩の荷が下りた、というような顔をする。
「やっぱり!? 追い返す寸前までいったんだがな……うーむ」
最後に、今夜の宿は「とある貴族様のお屋敷です」と付け加えた。
水晶球通信がズームアウトすると、森に囲まれた立派なお屋敷の全景が映し出された。月を映した湖があり、遠くにメタノシュタット王城のシルエットが浮かぶ。
お屋敷の窓全てに明かりが灯り、歓迎の宴でも開かれているのだろうか。
「賢者ググレカス、どこかで見たことのあるお屋敷ですわ」
「……って、ヴィルシュタイン卿の館じゃないか!」
『――警備も容易ですし我々も助かります。この辺り一帯は賢者様がいらっしゃるおかげで妙な輩は最近めっきり近づきませんし、王都の中でも特に安全です』
「恐怖の館みたいに言うな」
『――それに、ヴィルシュタイン卿――ハルバート・ヴィルシュタイン侯爵家は格式高く、私が口にするのもおこがましい程の名家。ハイエルフの王国からの使者を丁重に饗すよう、スヌーヴェル姫殿下のお言葉もございまして、結果このように』
「あぁ、察するよ」
スカーリ特別補佐官の後ろでは、モノレダーが肉巻きクレープの夜食を食べている。
「そこまで大きな話だったとはな……」
どうりで自由気ままに魔導書レベルの結婚情報誌を配っていたわけだ。
だが、まてよ。
「ということは、チュウタは今、あの美しいエルフっ娘たちと一緒にディナーして、おしゃべりを楽しんでいるってことか!?」
「まぁ!? 気になりますわね」
綺麗だが気位が高くて面倒くさいエルフ娘というのが正直な印象だが。あそこの姉妹、特に姉のイスタリアも気位が高いし、大丈夫だろうか……。
<つづく>




