麗しの訪問者
索敵結界の探知に反応したということは、少なくとも記録済みの人物ではない。
無論、行商人や王政府の役人など、今まで『賢者の館』を訪れたことのない者には、対人結界である「索敵結界」は敏感に反応する。
武装の有無、魔法力の有無。複数人数であればその動きから、ある程度の人物像も割り出せる。
訓練された軍人、戦士や騎士の動きには規律があり、必ず指揮するリーダー的なものが存在する、といった具合にだ。
「賢者ググレカス、何やら緊急事態ですの?」
妖精メティウスが俺の警戒感を感じたのか、テーブルの上に置いてあった本の隙間から飛び出してきた。まだ眠い目をこすりながら、ふぁ、とあくびをして四肢を伸ばす。
「や、メティおはよ」
レントミアが妖精に軽く挨拶する。
「あら、レントミアさまお久しゅう。賢者ググレカスとの久しぶりの逢瀬を、お邪魔してしまいましたかしら?」
「そうなんだよ、邪魔が入ったみたい」
「まぁ、無粋ですわねぇ」
「いやまてお前ら! 逢瀬とか無粋とかいうことじゃない。レントミア、何か心あたりがあるんだろう?」
とりあえず今は謎の人物3人が急接近中だ。明らかにここを目指している。距離は100メルテ。
「その……実は。勧誘されてて。それで困ってたんだよ」
「何に勧誘されているんだ? さっきは王都新聞がどうとか言っていたが」
「新聞ってのは間違いないよ。ただ内容に問題が」
「……?」
レントミアが困惑した表情を浮かべるが、それは俺とて同じこと。
「賢者ググレカス! 距離を一気に縮めてまいりましたわ。ただのお客人ではございませんわ」
「むむ?」
単なる魔法の小窓を、戦術情報表示に切り替える。
館の俯瞰地図に重ねた状況では、黄色い光点が3つ、結界を飛び越えて更に近づいて来ている。
その動きは直線的。通常の道を無視し、森の中をかなりの速度で移動している。
巡回している衛兵や魔法兵の目をくらますレベルの撹乱魔法も展開していると見て間違いない。
「この動き、魔力強化外装か……!」
レントミアが得意とする肉体強化の魔法。効果は一時的だが、通常の数倍のジャンプをしたり、走っての高速移動を実現したりすることが可能となる。俺も師匠のレントミアから直伝された魔法として習得している。
「防衛レベルを引き上げますか?」
「いや、ここは俺が出て様子を見る」
ワイン樽ゴーレムを戦闘態勢に移行し、館の防御を固めるのは大げさすぎる。
先に感づいた事を示しておくだけでいい。
俺は玄関の扉を開けて庭先へと出た。
◇
鳥が舞い降りるようにふわりと、三人が次々と着地する。
館の門柱へと向かって歩いていくと、訪問者たちがまるで空から舞い降りたかのように現れたのだ。
「賢者ググレカス、参りましたわ」
「あぁ」
流石に門から敷地内へ勝手に入ってくる様子はない。だが、出迎えた格好になった俺を見て、少し驚いたようだ。
「ようこそ、お客人。我が館に何用かな?」
「……! あなたが、賢者ググレカスと称される魔法使い」
「我らの気配にいち早く気づくとは」
「噂通りの……使い手か」
声は透き通るようで、歌うような独特の響きがあった。
全身を覆う僧侶服のような白いフード付きの衣装を身にまとい、顔を隠している。しかし、体つきや声は明らかに3人とも女性だった。
高速移動の魔法といい、明らかに高度な魔法の使い手たちだ。フードや袖、服の裾には、ルーン文字のような金色の紋様が刺繍されている。
「ふむ? どこからいらしたのか。まずは名乗られよ」
するとフードを三人は取り払った。
「まぁ……! 皆様、ハイエルフですわ」
妖精メティウスが肩ごしに小さく歓声をあげる。
それは何とも麗しい見た目の美女たちだった。全員がハイエルフ。白く透き通るような肌に、つん……と尖った耳。髪はややグリーンがかった金髪、あるいは銀髪。
一人はセミロングのストレート。もう一人は緩いウェーブのかかったロングヘア。3人目はベリーショートの男前な感じの女性だ。
全員とも卵型の小顔に、切れ長の目。瞳の色は魅惑的なエメラルドグリーン。
何はともあれ、息を呑むような美しさだ。
「これはこれは……」
いや、美形過ぎてまるで「作り物」のようでさえある。あまり、親しくお付き合いをしたい感じではない気もする。
「突然の訪問、失礼いたします、賢者ググレカス様」
リーダーらしいウェーブしたロングヘアーがまずは切り出した。
「わたしたちは怪しいものではございません。真正エルフの会、『碧き導きの光』の者です」
「『碧き導きの光』……?」
怪しい。なんだそれは。検索魔法ではヒットしない。文献に残らないような秘密組織、あるいは「新しい」組織だろうか。
後ろからはレントミアが慌ててやってきた。
「ググレ、ごめんね! その人達、僕が目的なんだ」
レントミアの姿を見た三人が色めき立つ。俺を邪魔だと言わんばかりに押しのけて、門の入口まで殺到する。
「あっ!? やはりこちらに……!」
「レントミア様、お探ししておりましたわ」
「レントミアさま!」
「あ、ごめんね。今日から僕、ここの家だから。館の主の許可がないと、新聞も何もとらないからね」
と、背後に隠れて俺の背中を押すレントミア。
「面倒事すぎる……なんだこれは」
「いーから、適当に断ってよ、おねがい!」
「レントミア様。ぜひ、私達の会誌……新聞『碧き導きの光』の定期購読を!」
「レントミア様、是非! 是非ィ!」
懐から新聞……いや会誌かはわからないが「見本」と書かれた紙の束を取り出して、俺に押し付ける。
「強引すぎるだろ。新聞なら間に合って……」
「貴方には聞いておりませんの!」
「んなっ!?」
「レントミアさま! 素敵なお婿さん募集の情報が一杯ですわよ!?」
「いらない! いらないってば」
「そうおっしゃらずに!」
「ひと目だけでも!」
俺を押しのけて必死でレントミアに会誌の見本を手渡そうとする。ハイエルフ。なんだか凄まじい執念さえ感じる。
だが、今何といった?
「お婿さん募集……だと?」
「はい。私達ハイエルフの里では、婚期が迫った者も居りますの。優秀なハイエルフの男性は限りなく希少! すでに狩り尽く……コホン」
「ですが! レントミアさまのような、世界に名を馳せた優秀なハーフエルフでも良い、という女性も多いのです」
「はあぁ!?」
「んまぁ!?」
俺と妖精メティウスは思わず声をあげた。
今「狩り尽くした」とか「でもいい」とか聞き捨てならない言葉も交じっていた気が。
彼女たちは長寿命を誇る希少種、めったに人前には姿を見せないというハイエルフだ。人間と交わること無く、純血種と呼ぶ人達もいる。
王宮にはスヌーヴェル姫殿下の側近、レイストリアというハイエルフの魔法使いが居るが、王宮を見回してもハイエルフは彼女一人。それほどまでに数の少ない種族ともなれば、子種の確保に必死になるのも分からないではないが……。
「いやだよ! 僕は……ググレのお嫁さんになるから」
レントミアが俺に横から首に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
「ぅおい!? やめろレントミアッ! シャレにならん冗談は!」
その場の空気が凍りついた。
<つづく>




