あやしいレントミアの願い事
「よかった! またお世話になるね、ググレ」
魔法協会では凛々しい美青年魔法使いとして人気のレントミア。だがこうして時おり見せてくれる笑顔はなんともまぁ愛らしい。
「構わないが……。家族に相談してからでいいか? 夕方には戻ってくるからさ」
マニュフェルノは王立治療院で治療薬開発のお仕事中。リオラとプラム、ヘムペローザとラーナは学舎にいっている。
俺は新設されたばかりの「在宅勤務」制度で勤務中だ。
最近は水晶球通信が発達し、映像や情報をやりとりできる。それを利用して自宅勤務ができるすぐれものだ。
これぞ俺が目指した働く姿。
毎日とは言わないが、時々はこれで館で寝そべりながら仕事をしている感じなのだ。
そもそも――。ここ最近は危機らしい危機がまるでない。
威勢のいい魔王も出てこないし、野心に燃えた侵略者もいない。王国に敵対していた国々も随分と大人しく、聞こえてくるニュースは融和と協調路線だ。
とはいえ、王国の戦士団や騎士たちは日々鍛錬し、国境への行軍などで忙しそうだ。しかし俺たち宮廷魔法使いはかなり暇を持て余している。
図書館で魔法の探求をするぐらいしか仕事がない。
そこで、期待されているのが「世界樹」への交通手段の開発と建設だ。
建築ギルドや運送協会、魔法協会に、魔法工房ギルド。さまざまな利権や思惑が入り乱れ、動きが慌ただしい。
そのうち王国の魔法協会から俺にも声がかかるらしい。
レントミアが同居したいという突然の申し出も、何か関係があるのだろうか……。
「いきなりでごめんね。無理にとは言わないから安心して。今日は頼みに来ただけだし」
「ダメじゃないさ。でも一応マニュに聞かないと」
「うん」
レントミアが安堵した様子でリビングダイニングの椅子に腰を下ろした。
「お茶を出すよ」
「気は使わないでよ。二人きりなんだし」
「そうもいかない。お茶はマニュ特製のリラックスできるお茶だぞ」
「あ、飲みたい!」
俺の魔法の師匠であり、熱い友情で結ばれた仲だ。また一緒に暮らしたいというのなら大歓迎で、ダメだという理由もない。
頼りになる相棒が傍らにいてくれるなら、むしろ嬉しい限りだ。
ルゥローニィ一家が引っ越してしまうと決めた以上、館は少しだけ静けさを取り戻すが、寂しくもある。レントミアならば待望の男手だ。魔法の実力は言うに及ばず、何かと頼りになる。
少しぬるめのお茶を淹れて、二人で一服する。
「あ、部屋はググレと一緒でもいいよ」
「ははは、それだとマニュフェルノが喜ぶ……いや嫉妬するからダメだ」
「冗談だよ。夫婦のお邪魔はしないよ」
「部屋は今でもひとつ空いているから心配ない。見ておくか?」
「そうだね」
若草色の髪を耳にかきあげて微笑む。
だが、突然どうしたのだろう。
王城近くの高級アパートメントでの暮らしに飽きたとでもいうのだろうか。
タイミングを見計らったような申し出に、何か裏がありそうな気がしないでもないが、まぁいい。
二人で立ち上がったその時だった。
索敵結界に反応が現れた。
眼前に魔法の小窓がポップアップし、黄色い光点3つを示す。
距離は200メルテ。森の中を館の方に近づいてくる。微弱ながら、探知に対する防衛魔法を展開している。
「未特定人物が3人?」
「誰か来たの?」
レントミアがすっと目を細めた。
「あぁ、お客さんかな」
「まさか……あいつらかも」
「おいおい何か心当たりでもあるのか? 面倒事か?」
レントミアが曖昧に笑う。
なるほど、やはり何かあるな。
「いやーその、たぶん王都新聞の勧誘員だよ」
「あはは? 追いかけてきたのか」
今度も冗談だと思った。
けれどレントミアの表情はそうでもないことを物語っていた。
<つづく>




