逆襲のググレカス
【これまでのあらすじ】
ググレカスは、魔王と植物系魔物の融合生物である魔王妖緑体デスプラネティアとの死闘の末、ヘムペローザを救出だすことに成功する。だが、今度はググレカス自信がその体内へと飲み込まれてしまう。デスプラネティアの精神世界に迷い込んだググレカスは、そこで魔王デンマーンと邂逅する。
駆けつけたディカマランの英雄達とデスプラネティアの戦いを遠視し、元の世界へ戻ることを望むググレカスに、仇敵であるはずの魔王デンマーンはその帰還を手助けする。
それは、魔王が寵愛していたヘムペローザを、賢者が命がけで救った事への礼だった――
デンマーンの手で次元の裂け目に放り込まれた俺は、強烈な落下感に包まれた。それは夢から覚醒する時に時折体験する、落ちる感覚に似ていた。
次の瞬間――。激しく叩き付けられるような激痛に、俺はうめき声を上げた。
「――うぁぐああッ!?」
だが、これは地面に激突した痛みではなかった。傷つけられた自分の体に精神体が戻った事による急速な適合反応なのだ。
眼前に浮かんだ赤い光に焦点が定まると、『緊急生命維持術式――稼動臨界まで3分』と警告であることが見て取れた。戦術情報表示が自動で俺の生命を維持するように動き続けていてくれたらしい。ゼェゼェという音が、自分の呼吸音だと僅かに遅れて気が付く。
どうやら俺が生きていられるのは、あと3分が限界らしい。
「魔王……デンマーン、お前は……」
あの閉鎖された空間での邂逅が脳裏をよぎった。まさか俺を……助けてくれたというのか? あの魔王が。いや、違う……。
――ヘムペローザ、幸せになれよ。
デンマーンが残した、最後の言葉の意味が物語る意味。肉体を失った魔王は最後に俺に託したのだ。
――寵児と呼んだ、最愛の少女、ヘムペローザを。
次第に冴えてくる頭の片隅で、響く声があった。
『ググレ、生きてるんでしょ! 目を覚まして!』『ググレさまー! 帰ってきてくださいなのですーッ!』
レントミアが銀の指輪を通じて囁き続けていた。プラムも水晶のペンダントを握り締め、必死に叫んでいるのだ。
――そうか、俺にはまだ帰りを待つ人がいるんだったな。こんな、嬉しい事は……ないじゃないか。
「あぁ、聞こえている……生きてるよ、目覚めは……最悪だがな」
俺は喉から声を搾り出す。それは魔力糸を通じ、確かに伝わったようだった。
『ググレッ!?』『ググレさまー! ググレさまの声なのですーっ!』
「あぁ、すまないな、プラム、レントミア、心配をかけた」
『ふぇええええー!』
プラムは泣き出してしまった。まぁ俺が目の前で食われたのだ、さぞやショックだっただろう。一番頼りになるはずの大人が丸呑みでは、トラウマものだ。
『心配どころじゃないよっ! 頑張るっていったのに、いきなり飲み込まれたって聞いて、エルゴも……マニュもみんな動揺して、心配しまくって……なんで、なんで一人で戦ったのさ!? 無茶だよ! あぁ、もう!』
レントミアが早口でまくし立て、言いたいことを言い終わらないうちに涙声に変わる。
「ヘムペロを助けたかったからな、つい……無茶をした」
『ヘムペロもプラムもリオラも、みんな無事だよ! 王国の騎士たちが守ってくれていたんだ』
「それを聞いて安心した。……では、そろそろ反撃と、いこうか」
『――うんっ!』
とは言ったものの、俺は未だに魔王妖緑体デスプラネティアの体内に囚われたままだ。
俺の体の半分は木の根のような黒い触手が固まった物質で塗り固められていて、身動きが取れないのだ。
俺は視線誘導だけで、戦術情報表示を操り、魔力残量を確かめ、反撃の手はずを整える。
そして、胸にぶら下げていた、とある「魔法の品」の無事を確認する。
――残存魔力すべてで放つ「最終戦闘術式」。仲間たちが来てくれた今なら……やれる!
俺が生きていると言う情報は、次々と周囲の仲間達へ伝播しているようだった。ファリアやエルゴ、マニュフェルノやルゥローニィの声が遠くから聞こえてきた。
『ググレ! どうすればいい? ボク達に……何かできることは!?』
レントミアが叫ぶ。
「ファリアとエルゴに伝えてくれ、この化け物を左右から挟撃、脚を狙って動きを止めてくれ。そして五秒で全員距離退避、俺が……こいつを内側から破壊する!」
『は、破壊するって!?』
「あぁ! 古今東西、現世異界。英雄を喰らって無事で済んだ化け物は、皆無なのさ」
『……! わかったよググレ!』
レントミアが俺の声に素早く反応する。すぐさま魔力糸を、レントミアとプラムが持つ指輪と水晶を中継器として接続し外部の情報を収集する。
検索魔法地図で位置を照合し、術情報表示へ「戦況」を表示した。
魔王妖緑体デスプラネティアの現在位置は、館から南へ5百メルテ。王都メタノシュタットへ向け侵攻中だ。騎士団が3百メルテ先で迎撃陣地を構築しているが、彼らでは足どめにもならないだろう。
幸い周囲は草原と麦畑だけで民間人らしき人影は無い。ディカマランの英雄の力を集結し、デスプラネティアを倒すなら今しかない。
画面に表示された地図の中央には巨大な紅い光点と三角の青いマークが重なっている。これが俺とデスプラネティアだ。
息苦しさを感じ始め気が付くと、生命維持の限界まで一分を切っていた。魔法残量も5%、魔力による空気の浄化と酸素の供給が途絶えれば、僅かの間に俺は死に至るだろう。
「頼むぞ……! エルゴノート、ファリア」
レントミアから指示をうけたエルゴノートとファリアが、左右から接近する。二人を示す青い輝点が急接近し、接敵と同時に攻撃を加えた。
ズゥウン! という重苦しい衝撃が伝わり体を揺さぶった。
ファリアの巨大な戦斧と、勇者エルゴノートリカルの宝剣『雷神の黎明』による、鋭い斬撃による物理攻撃が炸裂したのだ。
『――ギィシャァアアアア!?』
ムカデのような脚部を破壊されたデスプラネティアが怒りの咆哮をあげる。ブレスで周囲を薙ぎ払うつもりなのか、凄まじい風の流れる音が聞こえてきた。
『ググレ! いいよっ!』
仲間を示す5つの青い輝点は、既に充分な距離をとっていた。
「はぁああああッ!」
俺は、瞬間的に魔力強化外装を全身に展開、僅か20秒だけの、超人的なパワーを発揮する。周囲で俺を押さえつけていた樹脂のような黒い触手を両手で引きちぎった。
――マニュ、力を……借りるぞ!
そして、胸の内に仕舞いこんでいた黒い結晶体、かつてマニュフェルノの呪われた腐朽の魔力と瘴気を吸い取り結晶化した宝石に、俺は解放の命令術式を送る。
「最終戦闘術式――腐朽開放、全崩壊ッ!」
同時に、残存する2枚の結界を「耐腐朽」に固定する。
瞬間――目のくらむような黒い光が迸った。
それは、化け物の体内で炸裂する、すべての有機物を腐らせ崩壊させる力の奔流だった。黒い腐朽の力が、一瞬で化け物の体内を腐らせ破壊が連鎖してゆく。
『ギィッィイィィッキシュァアアアアアアアアアアアアアア!』
魔王妖緑体デスプラネティアがすさまじい咆哮を上げると、内側から沸騰したようにボコボコと膨れ上がった。そして、次々と黒い汁を飛び散らせながら巨体のあちこちが炸裂しはじめた。
鋭い牙を持つ食腕が忌まわしい病のように一息に膨れ上がり、外皮の耐久を超えて内容物を辺りに撒き散らすと、次々と腐り落ちた。あたり一面が、正視に耐えがたい不浄な肉と有機物の海と化してゆく。
「毒には毒ッ! どうだ……腐朽の味はッ!?」
外からの魔力を吸収するという鉄壁の魔法防御装甲に、無限の再生能力を持併せ持ち、更に自らを進化させるという超越した力を手に入れたデスプラネティアだったが、コイツは致命的なミスを犯したのだ。
それは――賢者である俺を体内に入れた事だ!
俺は全力でズブズブと崩れはじめる化け物の体内から飛び出した。
バッタのように跳躍するのとほぼ同時に魔力の尽きた俺は、仲間達の元へと放物線を描いて落下していく。
「お……あぁあぁ!?」
「ググレッ!」「あぁ! ググレカス!」「落下。ググレくんっ!?」
――と、
「ぐはっ!? あ……!」
俺は今度も、そして屈強な女戦士に抱きとめられた。
「まったく……お姫様抱っこは、これで何度目だ? ググレ」
「はは、毎度……すまないな、ファリア」
銀髪にエメラルド色の瞳を持つ女戦士の安堵したような顔に、俺は感謝の笑みを返していた。
<つづく>