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 ググレカス、心の隙間

 気の早い広葉樹の葉が色づき始めていた。


 庭先のハーブも花穂は摘み取られ、軒下で風に揺れている。

 夏が終わり季節は着実に移ろいつつあるようだ。窓からは館スライムたちが草の陰をモゾモゾと動いている平和な風景が見える。


 賢者としての仕事は「ぼちぼち」といったところだろうか。時折、妙な事件は転がり込んでくるものの、大事件とは程遠いものばかりだ。


 そういえば、生活に変化はあった。ルゥローニィ一家が意を決し「引っ越し」を決めたことだ。


「やはり、色々考えたでござるが。いつまでもお世話になっているわけにもいかないでござる。子供たちが……大きくなってきたで……こら!」


「う、うむ」


 リビングダイニングで椅子に腰掛けて二人で話していると、猫耳の男の子ニーアノがルゥの背中によじ登った。特に活発で元気なのだが、ガシガシと登り終えるとルゥの肩に座り、今度は耳を引っぱる。

 ちなみに犬耳の女の子ミールゥは俺の膝にちょこんと座っている。何とも言えない柔らかさがたまらない。だが、メガネが気になるらしく、「じー」と下から見上げては、時折メガネを奪おうと手を伸ばしてくる。


「おとしゃん、あそぼ」

 ルゥの両耳を掴み無邪気に笑うニーアノに、流石のルゥも「ぬぬぬ」と眉を曲げる。


「今は大事な話をしているでござる。こういう時は少し待つ! いいでござる?」

「……はーい」


 返事もハッキリ、素直で良い子だが、ルゥの肩からは降りるつもりはないらしい。


「寂しくなるが、引き止めることはできないな。ルゥ一家で決めたことだ。」

「そうでござるね。スピアルノと二人で転がり込んだ頃は、こんな事になるとは……」


「こんな事も何も、夫婦になったのだから子ができて嬉しい限りじゃないか。しかも4人も」

「にゃはは、面目ない」


 ガレージに駐めた馬車からの異音(・・)を、プラムとヘムペローザが不審に思った頃が懐かしい。


「ちなみにルゥ、そろそろ次の子供が出来ちゃうんじゃないか?」


 小声で囁くとルゥが顔をを赤くする。


「だ、大丈夫でござる! それは流石に……」

「ないのか?」

「無いとは……言えないでござるね」

「そうか、楽しみだな」

「うぅ」


 笑うとしどろもどろと口を濁すルゥ。四つ子が2歳になり、次の子供が出来ても不思議ではないタイミングだろう。

 半獣人は成人してからの寿命が短い場合が多いが、その性質上子沢山だったりする。もちろん種族による違いは多少あるが、多産傾向の犬耳族が母なのだから。


 確か、王都近郊の村々でも、農業人口を支える何割かが半獣人世帯だったはずだ。家族が多いと人手には事欠かないので農家には向いているのだとか。


「また4つ子だったら凄いことになるな」

「子供8人でござるか……。移動に馬車が2台いるでござるね。というか、ググレ殿はどうなのでござる!?」

 ルゥがすかさず反撃する。


「お、俺は……ウチは、まだ出来ないなぁ」

「拙者たちがいなくなれば、少しはゆっくり出来ると思うでござる」


 ぐっ、と親指を立てるルゥ。


「なるほど、前向きな考え方だなぁ」

「雰囲気とタイミングでござる」

「あはは」


 マニュフェルノと俺の子供が出来たら、絶対メガネをかけて生まれてきそうだ。

 ま、そのうち出来るだろう。先日のリオラとマニュフェルノの「お腹が膨れた」ネタには少々焦ったが……。


 ともあれ、ルゥローニィ一家は剣術道場の横に新築の家を建てるのだとか。


「スープの冷めない距離というか、徒歩圏内なので寂しくはないな。遊びに来てくれ」

「で、ござるね!」


 ◇


 ルゥローニィ一家が引っ越しを決め、表面的には「大丈夫」と思っていた。けれど、一抹の寂しさと喪失感があった。

 

 賢者の館に皆で集まって、わいわいと食卓を囲む。そんな賑やかさと温かさに満ち溢れた暮らしに慣れてしまったのだ。


 つい数年前までは一人孤独に、誰とも会話すら交わさない日々を過ごしていた俺が。


 とはいえ、館には愛するマニュフェルノにリオラ。実の子と変わらないプラムにラーナにヘムペローザ。十分すぎるほどに家族はいる。


 心に穴が空いたような感覚を抱えたが、少しだけその空隙を埋める出来事もあった。

 マニュフェルノもリオラも出かけていた午後の退屈な昼下がり。

 索敵結界(サーティクル)を通じ、誰かが近づいてくる気配を俺は感じていた。


「や! ググレ」


 玄関のドアをたたき、やってきたのはレントミアだった。

 卵型の小さな輪郭にアーモンドのような切れ長の目と青い瞳。さらさらの髪は若草色で、顎のラインあたりで切りそろえられている。

 出迎えた俺を見て唇に、小さな笑みを浮かべる。


「レントミア! 館に来るのは久しぶりじゃないか?」

「うん、そうかもね」

「まぁまぁ、あがれ」

「ありがと」

 っていうか、魔法協会のサロンではしょっちゅう会っているのだが。それにレントミアの高級アパートとやらにも遊びに行ったことがある。

 すらりとした細身のハーフエルフの魔法使いは、白い魔法使いのローブを羽織り、手にはねじれた木の杖を持っていた。

 誰が見ても「魔法使い」とわかる格好だ。


「街角で売っている初心者用の杖か、どうして持っているんだよ」


「一人で街を歩く時はこの格好でないと、いろんな人に声をかけられるからさ」

「ははぁ、ナンパか」

「そうなんだよ。男女問わずそういうのとか、占い師とか、物売りとか。王都新聞の勧誘もしつこいしさ」

 うんざりするように言う。可愛いハーフエルフの一人暮らしも大変なようだ。


 玄関からリビングに招き入れながら、脱いだローブをうけとる。

 レントミアが振り返り、何かいいたげな顔をする。積もる話でもあるのだろう。


「今日はメシでも食っていけよ。ちょうど俺も心の隙間というか、穴というか」

「穴? え?」

「いや、なんでもない」

 ワケのわからないことを言ってしまったと思ったが、レントミアは気にしていないようだ。穏やかな表情で静かなリビングダイニングを見回すと、まっすぐに俺を見つめてきた。


「マニュとかリオラとかのご飯をたべたいなぁ。それと、ついでにお願いなんだけど。この家にまた住まわせてほしんだけど」


「あぁいいとも……って、え?」


<つづく>




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