3つの素敵な餞別(せんべつ)
◇
一夜明け新しい朝が来た。
昨夜は家呑みで楽しい時間を過ごした。朝日が妙に眩しく感じるのは二日酔いのせいか……。あるいは朝から元気なイオラが眩しいからだろうか。
「朝早くから元気だなぁ」
「なかなか上達してるでござるね、イオラ」
「ありがとうございますルゥ師匠」
ルゥローニィと剣術の稽古を終えたイオラが汗をタオルで拭う。
服装はルーデンスやティバラギー村で見かける、蔓草の模様を刺繍したシャツ。それに動きやすさを重視した裾が絞りこまれたズボン。農業と剣術で鍛えた身体は立派に成長しつつあるようだ。
「農家の朝は早いから早起きは習慣だし。って……うわ!? ちょっと」
話している間に、ルゥ家の幼児たちが駆け寄ってきて、イオラにまとわりついた。
「イオにー!」
「だっこー!」
「にぁー!」
「んー……」
犬耳の幼女ミールゥと、猫耳幼女ニャッピがイオラの左右の腰に抱き付いた。猫耳が立った男の子ニーアノは活発でガシガシと背中から肩へとよじ登っていく。
おっとりとした感じの犬耳の男の子、ナータは遅れてイオラの右足を掴んでいる。
「お、重い……おわ!?」
たまらずガクリと片膝をつく。
傍目には半獣人の幼児たちに襲われているようだが、イオラは楽しそうだ。
「立ち止まると餌食になる。だから立ち止まらずに進め」
「なんだか名言っぽい!?」
朝の光が眩しい空を眺め、つい遠い目をする。
「もう行ってしまうのか?」
「うん。朝の支度が済んだら行くよ、ぐっさん」
イオラは立ち上がった。幼児を二人抱きしめて、すっと地面に降ろすと背筋を伸ばす。
「……そうか」
イオラはミールゥとニャッピの頭を優しく撫でる。別れは一抹の寂しさを覚える。会おうと思えばすぐにでも飛んでいけるのだが。
「あのさ、リオのことだけど……」
イオラが鳶色の瞳を俺に向け、真剣な眼差しで見つめてきた。
「その……あいつさ、ぐっさんのこと大好きなんだ。ここの家族のことも大好きだし。昨夜もあんなふうに楽しそうに笑っているのを見て、ほんとに安心した」
兄らしい一面を見せるイオラ。だが、俺もリオラを実の妹以上に愛している。
「リオラのことは心配しなくていい。任せてくれ」
「うん。世界で一番信頼しているよ、ぐっさん。これからもリオを頼みます」
「リオラは大切にする。すっと――」
力強く答えながら俺は姿勢を正し、一礼。実の兄に対する敬意のつもりだったが、イオラはそれを受け入れてくれたらしく、静かに俺にハグをしてくれた。
「ぐっさん」
「イオラ……」
「てか、危ない目に遭ってもリオは強いけどさ」
「はは、確かにな」
思わず二人で苦笑しつつ、懐かしいものを見るように賢者の館を振り返る。今まで一緒にいろいろな冒険をしてきたのだと思うと胸が熱くなる。
「ここが世界で一番安全だし、安心できる場所だもんね」
「あ、あぁ、もちろんだとも!」
安全かつ安心。自分で口にして若干疑問形ではあるが、まぁいい。
普通の家は空を飛ばないし滅多に敵にも襲われない。安全と断言していいかは自信がない。だが、俺が笑顔とこの暮らしを守り続けてやる。必ずだ。
トタトタと軽やかな足音と共に、元気な声が近づいてきた。振り返ると緋色の髪をポニーテールに結ったプラムと、柔らかいストレートの黒髪が朝日に輝くヘムペローザ。
それにチュニックが可愛らしいラーナもいる。三人は普段着でまだ夏を惜しむ薄手の装いだ。
「朝から二人でハグですかー」
「危ない館に思われるにょぅ」
小鳥が囀るように玄関先にいつも華やかさを運んでくる。
ルゥ家の四つ子たちが、今度はプラムとヘムペローザ、そしてラーナにじゃれついてゆく。
「ばっ、違う。そういうのじゃない!」
「別れの挨拶だよ!?」
それはそうとプラムとヘムペローザはそれぞれ手に小さな小袋を持っていた。
「イオ兄ぃ、これあげるのです」
「ワシのも、うけとるにょ」
プラムとヘムペローザは小さな巾着袋をイオラに手渡した。手のひらで包み込める大きさの、可愛い巾着袋だった。
瞳を一度瞬かせながら2つの巾着袋を受取り、嬉しそうにするイオラ。
「オレにこれをくれるの?」
「そうですよー。こっちは私とラーナからですしー」
「デース」
「そっちはワシの気持ちじゃ」
それはイオラへの餞別だった。
「マジ? ありがと!」
イオラは嬉しそうに三人に礼を言う。
実は俺も餞別のことは昨夜すこし聞いていた。
「イオラの今後の冒険生活を、より良く安全に、楽しいものにするためのアイテムというわけさ」
「なるほど」
「私とラーナからはラナ子ちゃんのご飯、栄養補助食品ですー」
「食べさせると凄いことが起こるのデース」
「ラナ子の……ごはん?」
イオラが眉をヒクッと動かした。袋の中には何やら10粒ほどの赤い粒が見えた。
昨夜はマニュフェルノも協力していたようなので、それなりに栄養価のある丸薬だろう。
「困ったとき、ラナ子に食べさせてあげてくださいねー」
「きっとイオ兄ぃを助けるデース!」
プラムとラーナが自信満々に力説する。
「そ、そうなんだ? ……大丈夫かな?」
少し不安げな栗毛の少年の肩には、いつの間にか小さなスライム「ラナ子」がちょこんと乗っかっている。
「大丈夫ですよ、食べさせてもそんなに大きくならないですしー」
「増えても大丈夫な子デース!」
「大きく!? 増える!?」
二人が可愛らしく微笑むと、イオラも笑みを返すしか無いようだ。
「ははは。可愛いスライムのラナ子も使いようだ。例えば敵に捕らえられてピンチに陥った時を想像するといい。……使えそうじゃないか?」
「状況が限定的だけどね。でも。嬉しいよ、ありがとな、プラム、ラーナ!」
「どういたしましてー」
「はいなのデース」
「まぁ他にも色々と知恵を絞るといい。ところでヘムペローザのは……?」
待ってましたとばかりに長い黒髪をふわりと払いのける。
「ワシのも便利なものじゃ。なんたって賢者にょの一番弟子としての魔法力を、たっぷり注ぎ込んだ『蔓草の種』じゃからにょ!」
「お、なんだか期待が膨らむな」
「袋の中を見るにょ」
こちらも自信満々。腰に手を当ててにししと白い歯を見せて笑う。
イオラがヘムペローザから貰った袋を開けて見る。やはりというか『蔓草の種』が30粒ほど入っているようだ。小豆ほどの大きさの黒い粒をつまみ上げる。
「でもこれ、魔法の力がないと芽が出ないとかじゃ?」
なかなか鋭い事を言うイオラ。確かにヘムペローザの種は魔法力がないと発芽しない。だが、ある条件下では別だ。
「それは心配ないにょ。発芽寸前のギリギリまでワシが魔法力を注いでおるからにょ。あとは強い刺激をうけると、ポン! と弾けて……」
「あっ?」
ヘムペローザの「ポン!」の声で、思わずつまんでいた種を足元に落とす。
すると、文字通り「ポン!」と音がしてポップコーンのように弾け、発芽。緑の蔓がしゅるる……と50センチほど伸びて、イオラの足に絡みついた。
「うわっ!? 芽が出た!」
「おぉ、絡みついた」
「上手くいったにょ!」
「伸びたけど枯れたね。でもこれ……抜けないじゃん!?」
魔法力が尽きたのか、蔓草の成長はすぐに止まり急速に枯れて茶色くなった。だが地面に根を張っているので、硬化した蔓が足にまとわりついたままだ。
引っこ抜くのにイオラが苦労している。
「種に仕込んだ魔法は少ないからにょ。イオ兄ぃが魔法使いなら、もうちょっと伸びたかもしれんが」
流石は『蔓草魔法』から採れた種子。第二世代の種はヘムペローザの調整次第で様々な特性を宿すが、これはむしろ「ごく普通の種子」のようだ。
問題は育てるための魔法力がイオラに無いことだ。
「でも、これ足止めとか罠に使えるよ! ありがとうヘムペロ」
「にょほ? どういたしまして」
照れくさそうにふいっと横を向くヘムペロ。
「うむ、スライム成長薬に蔓草の種か……悪くない。よし。ならば俺も賢者として素敵な餞別をくれてやろう」
「え、え?」
すっとイオラの胸に手を伸ばし、失礼と言って胸のペンダントに触れる。
それは『勇気の印』という魔法のアイテムの一種だ。 水晶の一種、貴石で出来ているので魔法を少し仕込める特性がある。
以前はイオラとリオラの安全のため、『映像中継』の魔法を仕込んでいた。
だが今はそれは消している。旅立ちの時その魔法を解いた代わりに、緊急連絡用の音声通話のみを残して。
調べてみると『記憶石』と同じ特性を持つ、魔法を記憶させる部分には「余力」があるようだ。
「魔法を一つ仕込んでおこう。どうもお前のパーティは魔法戦闘が心配だからな」
イオラから昨夜話を聞いた『ジャガイモ騎士団』は、どうも魔法使いがまだ成長途中のようで危なっかしい。
万が一の切り札として『解呪』の簡易版を仕込んでおく。
「……これでよし。お守りだ。一度だけ魔法を中和出来るぞ」
「すげぇ。ぐっさん、ありがとう!」
「例えば攻撃性の魔法に、一度なら耐えられる。効果は……そうだな、およそ周囲2メルテ。その範囲ならある程度の魔法を中和出来るから覚えておくといい」
勿論、防御は完璧ではない。『賢者の結界』一枚の防御力に換算して、半分程度の耐久性。だが、魔法の不意打ちを凌げるだけでも、その後の対応が違うはずだ。
「村に邪悪な魔法使いが流れてこないとも限らないからな。一見すると剣士のお前が、魔法を切り裂いて反撃してみろ、カッコいいだろ?」
「うん……!」
片目をつぶり、親指を立てる。イオラは「3つの餞別」を受け取ってパワーアップしたことになる。
と、玄関先ににゆったりした服を着たリオラが来た。マニュフェルノも一緒だ。
「イオ!」
「リオ」
――今度こそ村に……。
言いかけたイオラだが、ぐっと言葉を飲み込んで、まっすぐにリオラを見つめた。
「ここで幸せに暮らすんだぞリオ」
「もう、何よそれ。私は、もう……とても幸せよ?」
優しい微笑みを湛え、慈しむようにお腹をそっと押さえるリオラ。
俺は頭の中が真っ白になった。
「え? は? えっ!? 何? どゆこと!?」
ハッとした表情に変わったのはマニュフェルノだった。
イオラにはその意味が通じなかったのか、ぽかんとしている。
「妹君。私と同じ……」
マニュフェルノも自分のお腹に手を添えて、リオラと見つめあう。そして続いて俺をじっ……と見つめる。
そこで初めてイオラが愕然とした表情に変わる。
「え、え!? えぇええ!? まさか、まさかぁあ!?」
指を指しながら口をぱくぱくさせて、目を白黒させる。
二人のお腹の中には、まさか……俺の……?
「ちょ!? 何考えてんのよバカイオ!」
「痛ぇ!?」
リオラがものすごい勢いでイオラをぶっ叩いた。どすんと尻餅をつくイオラ。
「食べ過ぎで太ったのよ! 言わすな、バカぁ!」
「えぇ!?」
リオラが顔を真っ赤にして、肩を怒らせて叫んだ。
「美食。おかげで肉付きが良くなって、ググレくん好みに……」
マニュフェルノが頬を赤らめお腹を撫でる。
俺は思わず脱力し、イオラの横に崩れ落ちた。
「マニュ、紛らわしいのはやめてくれマジで」
「心当。あるはずですけどね」
マニュフェルノは俺を見下ろしながら、丸メガネをくいくいっと動かした。
「あっ……あ、あるけど、あるけどさ!?」
確かにないわけではないのだが。
そして――。
皆と別れの挨拶を済ませたイオラは、あっさりと旅立っていった。
別れ際、マニュフェルノからの餞別も受け取って。
「祝福。いい子を授けますように」
「何それ!?」
力強く地面を踏みしめながら、しっかりとした足取りで進んでゆく背中を見送る。
イオラは一度だけ後ろを振り返り大きく手を振った。
「じゃぁな! みんな! また!」
空は紺碧で、澄み渡っている。
それはまるでイオラの志を映す鏡のように思えた。
「頑張れよ、イオラ」
<◆33章 満喫の王都スローライフ 編 了>
【作者よりのお知らせ】
というわけで本章はおしまいです♪
イオラの冒険はこれからも続く!?
(実生活がデスマーチで執筆が乱れ、ご心配をおかけしております。
今後も少しペースを落としながら続けます!
1月中は1日~2日の間が空きます)
また命を削り書き上げ新連載の方も読んで頂けたら幸いです。
↓
『異世界ナマハゲ
~泣く子はいねぇが? 悪い子はいねぇがぁ!? 斬首スキルで悪党成敗~』
なんと秋田のナマハゲが異世界で大暴れ!
…とみせかけて読者様が考える「展開」とは違うかもしれませんがw
ではまた!




