リニューアルオープンの『メティウス酒場』
◇
「晩ごはんの時とメンツは変わらないな」
「で、ござるね」
「席順だけ変わった感じだね!」
夕飯の後片付けを終えてひとっ風呂浴びると、楽しい晩酌の時間がやってきた。
風呂上がりの猫耳を整えるルゥローニィや、髪をタオルで拭くイオラと並んで座っている。
リオラが運んできたグラスを受け取ると、ルゥローニィやイオラと乾杯する。
「イオラ殿はブドウジュースでござるか?」
「うん、気分だけ酒場」
「気にするな、乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
俺とルゥローニィはイオラのお土産の『アクアビット』をストレートで頂く。喉を通る焼けるような感覚に慣れたのは、大人の証だろうか?
「かー!? うまいな! これがティバラギー村特産のお酒かぁ」
「ジャガイモが原料の蒸留酒……でござるね」
珍しい村の特産品に舌鼓をうつ。
「そうなんだっけ? 村の土産物店で売ってたんだけど……美味しくてよかった」
妖精メティウスが、ふわりとテーブルの上に舞い降りた。
「今夜はまた賑やかですこと、賢者ググレカス」
「あぁ、イオラの冒険譚を聞きたくてね」
「拙者もでござる」
「えー? そんな、冒険ってほどの事はしてないんだけどなぁ……」
成長した栗毛の少年が困ったような笑顔を見せる。
「どんなことでもいいんだ。日々懸命に生きる事も冒険だよ」
「うん?」
フッと微笑んで残りのワインを流し込む。
「……賢者らしい名言ですわね」
「で、ござるかね?」
「あはは」
楽しげなイオラは、ぽつぽつと村での出来事を話してくれた。
畑での仕事や、村人たちとの交流のこと。
畑を荒らすイノブーや巨大ウサギ、巨大ミミズとの死闘のこと。
そして『ジャガイモ騎士団』という新しい仲間たちとの冒険の話などだ。
仲間についてはリーダーで兄貴分な戦士に、下手くそな弓術を使う女の子。そしてぽんこつ魔法使い(見習い?)にヘタレ剣士。薬草での治療担当としてハルアも一緒に行動しているようだ。
イオラはパーティでは「頼れるサブリーダー」的な存在として、確固たる地位を確立しているらしかった。
かなり苦労している様子が伺えたが、とても楽しそうだ。
「イオラが加入する前、そのパーティが無事だった事が不思議なんだが……」
「全滅する流れしかみえないでござる……」
遠い目をするルゥローニィ。確かに同意見だ。聞いていると危なっかしくてドキドキする。しかし、俺達にとっても冒険の話は懐かしくもあり、聞いていてとても楽しい。
「危なくなったら即撤退がルールだったんだよ。逃げるときだって、村に被害が出ないように、遠くに誘導してから煙にまくとかいろいろテクニックがあってさ」
ティバラギー村を復興させようと頑張るイオラたちの活躍は、面白おかしく村の広報誌に掲載されているらしい。
気になってそっと検索魔法で調べてみると読むことが出来た。
記事をみると『村に流れてきた邪悪な魔法使いを追い払った!』とか『謎の連続家畜誘拐事件の真犯人は異界の生命体!?』とかいった本格的な活躍もあるようだ。
とても気になる……。
「眠くなるまで話を聞かせてもらうぞ、イオラ」
「いいよぐっさん」
イオラのグラスの横には、ラーナの分身のラナ子が転がっていた。小さなスライムの幼生だが、意思があるのか、時折イオラのほうを見ては体を揺らしている。
「に……してもだ」
俺のグラスにすぐさまワインが注がれた。
ルゥローニィのグラスにも。
「今夜のメティウス酒場は、ママさんが多いでござる……」
「美人。だらけの酒場です。ね、イオくん」
「あ、はい。嬉しいです……」
酔ってもいないのに頬を染めデレデレするイオラを、向かい側からリオラが睨んでいる。
長テーブルの反対側には、マニュフェルノ、スピアルノ、リオラが並んでいる。もちろん、酒場のママとしてだ。
ズラリと真正面に並び俺たち三人の会話に耳を傾けては、ほほ笑みを浮かべて静かに頷いている。……怖い。
「これ、夕飯時と席順やポジションが変わっただけだよね?」
イオラが耳打ちする。
「今日は美人ママを一挙に雇用いたしましたの。リニューアルオープンの『メティウス酒場』ですわ!」
妖精メティウスが誇らしげに、三人の美女を紹介するかのようにキラキラと光の粉を散らしながら舞う。
目の前には俺の奥さんマニュフェルノに、ルゥの奥さんのスピアルノ。そしてイオラの妹のリオラ。なんとも凄まじい身内率だ。
「酔えるのか……この店」
「微笑。何か?」
「い、いや楽しい! うん」
マニュフェルノとの会話に続き、リオラがグラスをキュッと拭きながらイオラに迫る。
「イオ、はやくハルアとか村の女の子とか、そのへんの話を聞かせてくれない? ……手当たり次第とかいったら張り倒すけど」
「リ、リオ何言ってんだよ!?」
リオラの声にイオラが口元をヒクつかせる。
「リオっち、イオくんのジュースにお酒を混ぜるっス」
「そうですね、村での所業を白状させないと。妹として村に戻れないですし」
ブドウジュースにちょびっとアクアビットを注ぐ。
「目の前で酒を混入させんなよ!?」
「いいぞもっとやれ」
「勘弁してよもう!」
どっとメティウス酒場が賑やかな笑いに包まれる。
気がつくと夜も更けて、館の周囲は静かな闇に包まれていた。
窓の外を眺めると王城やその周囲は魔法の明かりが無数に灯されている。眠らない街メタノシュタットの夜景は、都ならではだ。
リニューアルした『メティウス酒場』の夜は、こうして更けていった。
<つづく>




