プラムと図書館の約束
◇
賢者の館から歩いて15分。
俺達は王都民の憩いの場、王城裏に位置する公園にやってきた。すぐ近くには、メタノシュタットの白亜の王城が、天を衝くような高さで太陽を照り返している。
心地よく晴れ渡り、三日月池の水面を渡る風も爽やかだ。
自然な広葉樹の立木と、芝生の入り交じる広い公園は、ちょうど昼時ということもあり結構な人出だった。
近所の家族連れや、若いカップル。それに休憩中の王城勤めの役人などだが、彼らは思い思いの場所でランチを楽しんでいる。
「賢者ググレカス、実に平和的な光景ですわね」
「そうだな、天下泰平というやつだ」
見慣れた風景ではあるが、ここでランチをしたことはなかった。適当に人のあまり居ない場所を見つけて座ることにする。
俺は芝生の上に寝転んだ。
白いシャツにズボンだけのラフな格好だと、誰も賢者だとか魔法使いだとかは気が付くまい。職業不詳で昼間からブラブラしている若者みたいで、ちょっとだけ優越感浸る。
「あーもう、働くのが嫌になるな」
「もう!」
目をつぶると、草の匂いがする。
「その鱗粉、すこしくださいまし」
青い空に吸い込まれるように、妖精メティウスが黄色い蝶と戯れるように舞い上がった。
「……妖精さんはご飯を食べないのですっけ?」
「朝露を飲んで太陽の光を浴びて……魔法の力があればいいのさ」
「そうなのですかー。不思議な生き物ですよね」
「ん? まぁ……な」
「ふぅむ?」
感心したように空を舞う妖精メティウスを見上げるプラム。完璧な人造生命体として、かなり不思議な存在だとは思うが。そこはやがて知る真実か。
白いノースリーブの襟付きシャツに、スカート姿。赤毛のポニーテールを結ぶのは青く細いリボン。太陽の光を受けてほつれ毛が輝いている。
「ググレさまは何でも知っていますけど、どうやって勉強したのですかー?」
「そりゃ、主に読書だな。独学でいろいろ兎に角本を読んで、読んで。図書館で暮らすぐらいの勢いで!」
時々は『検索魔法』で……とはいえなかった。
「なるほど、地道に勉強するのが一番ですかねー」
「どうしたんだよ、急にそんなこと」
プラムがいつの間にかぐっと成長していて驚く。こうして向き合って会話するのも久しぶりな気がする。
「私はー……。ググレさまの役に立てるような、生き物の研究をする学者さんになりたいんですよー。いつか、コロちゃんとか一緒に暮らせるように、みんなに生き物のことを教えられるような、博学な学者さんになりたいんですし」
芝生の隙間を縫うように近づいてきたスライムを指でつつくプラム。
あどけない無垢な「女の子」だったプラムの横顔は、いつの間にか未来を見据える眼差しを持つ、少女のそれに変わっていた。
「プラム、そうか……。最近は勉強もちゃんとやってるもんな」
「はいー。あ、今度、王立図書館にも連れてってくださいなー。学舎の図書館は、ちょっと子供向けですしー」
「あはは、言うようになったな。いいとも、行こう!」
「はいなのですー」
屈託のない笑顔はいつもどおりでほっとする。
と、視線に気がつく。
ヘムペローザが一瞬、じぃと俺を見つめていた。
「昼食。たべましょう」
「お、おぅ」
「お腹が空いたしにょ」
「賛成デース」
芝生の上に簡単な敷物をひいて、手作りサンドイッチ入りのランチボックスを広げるマニュフェルノ。
ラーナと水筒のお茶を配るヘムペローザ。
「いただきますー」
「いっただきます」
「でーす」
早速、配られたサンドイッチをパクつくと、なんとも言えない味のジャムが挟まっていた。色はオレンジ色というか赤っぽい。
「これは……何味だ……?」
「にょほほ、それがワシら特製のフルーツベジタブルミックスジャムにょ」
「美味しいですー? 栄養はある……らしいですし」
「ま、ワシらはたくさん食べたから、賢者にょに食べて欲しいにょ」
と、マニュフェルノが作った美味しそうなサンドイッチを頬張るヘムペローザ。
黒髪の美少女魔法使いの卵は、時折どこか陰謀めいた影を見せる。
「栄養があるのはいいが……味がカオスでよくわからんな」
普通にフルーツだけで作れなかったのか!? と美食家のように叫びたい気持ちだったが、ここは大人として、温かい気持ちで受け入れる。
「でもまぁ美味しよ、あぁ、うん」
素敵な笑顔をプラムとヘムペローザに向ける。
「おー? 流石はググレさまですねー、男気ですねー」
「プラムにょ、その調子で褒めまくって、全部くわせるにょ」
りょうかいですーと、くすくす笑いのプラム。
「聞こえとるぞ! おまえらも責任をもって食えよ!?」
と、少しだけ風が強く吹いた。
公園を歩いていたご婦人の持っていたハンカチが手を離れて空を舞い、近くの木の枝に引っかかった。
「あら、どうしましょう?」
少し困っているようだ。無くして困るのなら、誰かからのプレゼントだろうか。
「手助。ググレくん、取って差し上げたら?」
「そうだな」
だがそこで、ほんのちょっとした閃きが舞い降りる。
例えば、俺が魔法で高いところのハンカチを取るとなると、手からかっこよく粘液魔法を噴射して、叩き落とす。
一見すると正攻法だがハンカチがヌルヌルになる可能性もある。というか、ヌルヌルになるのは間違いない。
俺は立ち上がり、ヘムペローザに向き直った。
「弟子よ、ここで問題だ。お前なら魔法で……どう助ける?」
腕組みをして問題提起する俺に、ヘムペローザは黒水晶のような深い色合いの瞳を一度、瞬かせた。
「簡単じゃにょ。蔓草を伸ばせば取れるにょ」
手のひらを上に向けると、淡い緑色の光が生じ、ぽんっと双葉が芽生えた。
「可憐ですねー」
素直に瞳をキラキラと輝かせるプラム。
「可愛。ヘムペロちゃんの魔法は素敵よね!」
「お花が咲くのが可愛いのデース」
「にょほほ」
「私におまかせあれ、ご婦人」
だが、気がつくと妖精メティウスがひらひらと木の枝近くを飛んでいた。するとハンカチを「えいやっ」と引っ張って、ご婦人まで届けた。
「まぁ! 素敵!? ありがとう妖精さん。これは息子からの大事なプレゼントでね……あぁ良かったわ」
「……ま、まぁ。俺が出るまでも無いということだな!」
<つづく>




