暇なググレカスの雑談
暖炉に薪を一本くべると、ぽちんと爆ぜる音がした。
夏でも火は絶やさないのが基本。煙突の中に真鍮製パイプが入っているので、暖炉にはお湯を沸かす働きも持ち合わせているためだ。
椅子に腰を下ろし火の番をしながら、ランチが出来るのをしばらく待つことにする。
隣のキッチンからは小鳥の歌会のような笑い声が響いてくる。
マニュフェルノにプラムにヘムペローザ。それにラーナ。これから皆で昼食用のサンドイッチをつくり、近所の公園でピクニック気分を味わうことになっている。
天気も気温もちょうどいいし、なかなか良い考えだと思う。
最近、王都メタノシュタットは概ね平和が続いている。
大きな事件もなく、内務省も魔法協会もようやく「ヒマですね」という局長のぼやきが聞こえるほどに。
王城も以前のピリピリした緊迫感が薄れた様に思う。
こういう時こそ気を緩めてはいけないのは分かっている。だが、おかげで俺も週休3日の交代制を謳歌させてもらっているわけだ。
「味付。私のはデミソースだけど、プラムとヘムペロは何味にするの?」
「このジャムで甘くするのですよー」
「ワシらのてづくりじゃい」
どうやらヘムペローザが言っていた「アレ」とは手作りジャムらしい。
ホッとしたのもつかの間。
「学舎の調理実習で作った手作りジャムにょ。スーパーミックスとゆー名前の」
「手作。すごいわね、最近の学舎は」
マニュフェルノが驚いているようだ。
「持ち寄ったベリーにフルーツと野菜。数種類のブレンドにょ」
「カボチャはフルーツですっけ? でも複雑で奥深い味になったのですよー」
「ワシらはもう食べ飽きたからにょ。今日は消費させるチャンスにょ」
「ググレさまには沢山食べてもらわないとだめですしー」
ねー。と顔を見合わせている様子が伝わってくる。
嫌な予感しかしないが、あの子らの気持をムゲにも出来ない。
まぁ、プラムの「サンドイッチの煮込み」という黒歴史料理に比べたら大分マシだろう。
「賢者ググレカス、キッチンから追い出されまして?」
妖精が部屋の向こうからひらひらと飛んできて、目の前の空中で浮かぶ。
「この家は女性優先だからね」
椅子の背もたれに身を預けながら、大きくなる炎をぼんやりと眺める。
「男性がただ威張っているよりは、ずっと素敵で良いご家庭だと思いますわ。それに、皆様はこうして安心して暮らせるのは、貴方がいるからだと感謝もしておりますし」
優しくフォローに回るメティ。俺が「のけもの」にされているともで思ったのだろう。
「はは、そうかもしれないが」
夜にはメティウス酒場でルゥと語り合うのが最近の愉しみでもあったりする。ワインを酌み交わしながら、スピアルノが強すぎて辛い……というルゥの泣き言を聞くのも面白い。
「ルゥさまが居ませんと、肩身が狭いですわね」
ルゥローニィは、スピアルノとリオラそれに四つ子を乗せて、馬車で買い出しに行っている最中だ。
リオラの発案で、隣村のフィノボッチ村まで、質のいい野菜や小麦を求め、朝早く出ていった。
馬車『陸亀号』でのお出かけだが、今日はルゥローニィが御者を努めてくれている。
魔法のワイン樽ゴーレム、『フルフル』と『ブルブル』は内蔵した魔力だけで、隣村への往復を難なくこなすので、手綱で進行方向と速度を制御するだけでいい。
「だけど館にもう一人ぐらい、男手は欲しいなぁ」
思わず窓の外に視線を向ける。ずっと向こう側の三ヶ月池に浮かぶボートには、チュウタと姉妹が乗っている。
「まぁ? ギルドにいけば筋肉ムキムキの殿方がいくらでも」
「ばっ……! そういうんじゃなくて。イオラやチュウタみたいな、気軽に話せる弟分がほしいんだよ」
ちょっと生意気でもいいから元気な少年がいいな。こう……たまに手伝いをしてくれるような。そんな男手がいると留守の時も安心なのだが。
薪割りは嫌ではないが、手伝ってくれる弟分がほしい。
それを聞いて、メティウスがくすくすと笑いながら膝に降り立った。
「ニーアノくんとナータくんに期待ですわね!」
「まだちびっこ過ぎるな」
「近所でお散歩していると、大人気ですけどね」
ルゥのところの四つ子はまだ幼く、特に犬耳と猫耳と尻尾が可愛らしい。
公園を散歩したり街へ買い出しにいったりすると、女子学生や主婦の皆様が目を輝かせて振り返り、「可愛い!」「あらぁ……!」と言う具合なのだ。
「確かに将来が楽しみだ。10年後ぐらいだけど」
そんなには待てないな。
例えばイオラとリオラのように、「困りごと」を相談に来る子はいないだろうか?
「……賢者ググレカス。また少年少女が相談事に来るかもしれませんわ。それを捕まえるしかありませんわ」
思考が若干シンクロしてしまうので妖精メティウスが真顔で言う。
「おいおい、捕まえるって、恐怖の館かここは」
「違うのですか?」
「うぉい!」
「もう、冗談ですわ」
くすくすと飛び跳ねる妖精メティウス。だが、軽いジョークのお陰で気は紛れた。
「サンドイッチ、できたですよー」
プラムが手持ちのカゴに入れた色とりどりのサンドイッチを見せてくれた。
「おぉ! 美味しそうだな。じゃぁ行こうか」
「はいなのですー」
俺は椅子から立ち上がった。
<つづく>




