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 祈りの間

【作者よりのお詫び】

 大変長らく休載し、ご心配をおかけしました。

 ちょっと地獄のデスロードな仕事が続き、執筆できませんでした。

 本調子ではありませんが、連載を再開させていただきます!


 ★

 時間が静止したような光景が広がっている。


 閉ざされた絵画の中の世界。こうした謎の空間が、メタノシュタット王城の王立図書館の周辺で幾つも発見されつつあるらしい。

 存在に気がついたのは探索魔法(ダウジング)を使う三人組の魔法使い。立ち入るために必要な「魔法の鍵」は、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿が解析し、見つけ出したという。


「一体、誰が何のために創り出した場所なのでしょう」

 ノルアード公爵がぽつりと口を開いた。物静かな紳士も流石に驚いているらしい。貴族服を着た青白い顔の表情は相変わらず変わらないが、辺りを見回している。


「私にもわかりません、ですが……魔法の結界などではない」


 結界により隔絶された空間ではない。世界と僅かに位相がズレた場所とでも呼ぶべきか。

 レントミアを窺うが、明確な答えを知っている様子でもない。

 ちいさく肩を竦めると、先客である三人の魔法使いに説明を求める素振りを見せる。


 とはいえ、三人の魔法使いたちも自信なさ気にも見える。


 となればこの空間は目的も用途も不明。いつからあるのかさえ皆目見当がつかない。


 だが……見覚えがある。


 ――図書館結界。


 王立図書館の書架の奥。普段は立ち入り禁止の貴重な蔵書を保管するエリアにも、このように閉ざされた「秘密の空間」だった。

 そこは迷路のような書架の奥、妖精メティウスの前身(・・)である少女の霊と出会った場所だ。


 整然と並んだ本のあちこちに散りばめられていた少女――メティウス姫の残留思念。断片的な記憶と、行き場を失った想い、魂が姉姫により繋がれていた。


「……何か意味があるんだ。この空間には」


 誰が創ったか不明な空間は、どうしてもあの図書館結界を思わせる。


「賢者ググレカス、でもなんだか綺麗すぎて、少し怖いですわ」

「あぁ。静かで綺麗で、(けが)れが一切ない。教会の礼拝堂……みたいな綺麗な場所だ」


 そういえば、妖精メティウスの前身、亡くなった姫君の魂は、図書館結界で暮らすうち、生前の記憶を徐々に失い、最後は別の姿、別の人格へと変容した。

 妖精メティウスとして姿を変えたのは、本当に俺の魔法の力だったのか……? と今更だが疑問が湧き起こった。

 あれは、足が不自由だったメティウス姫自身が、「自由にあるきたい」「自由に空を飛んでみたい」と願った、意志の力によるものではなかったか。

 やがて真実も明かされぬまま図書館結界は崩壊。妖精メティウスという結果だけが生まれたのだ。


 まるで……生まれ変わりだ。


 だとしたら……ここは……。


 死者の魂が迷い込む、あるいは、中間地点。煉獄とも呼ばれる、この世でもあの世でもない狭間の場所なのではなかろうか?


 あくまでも思いつきと憶測だが、何故かそんな事を想起する。


「……意味があるのかわかんねぇが、何者かの意思を感じるズラ。太古の魔法使いの仕業か、それよりも古い時代のものだろうズラね」

 土色のマントを着た小太りの魔法使いが言う。名前は聞いていないが語尾が気にかかる。


「でも、一つ確実に言えることは私達の精神は今、肉体から一時的とは言え切り離されていることですね。……肉体から一時的に切り離された精神、意識がハッキリしたままこうして存在できる。夢の中とは違う、現実感のある場所だわ」

 女性魔法使いシーシャが口火を切った。クォーターのエルフの彼女は少し冷たい物言いをするが、コミュニケーションが嫌いというふうでもない。

「心地の良いここで誰にも邪魔されずにボーッと羊を眺めていたらきもちいいズラ」

 

 確かに俺達の身体は今、絵画の前でボーッと立っているのかもしれない。


 緑色のローブを着た細身の若い魔法使い、ロングガットが椅子から立ち上がる。


「たしかに肉体的苦痛とは無縁だよ! だって僕は今朝からお腹が痛かったけれど……ここに居ると全然痛くない!」


「……ロングガット、アンタの身体、今頃『お漏らし』してるかもね」

 クォーターエルフの魔女が、ロングガットから少し距離を置く。

「うっ!? 嫌なことは言わないでくれよシーシャ」


 そこで、レントミアがあることに気がついた。


「あれ? 君たちの体は絵の前に無かったけれど。入り口が他にあるの?」


「はい、そうです。この『羊飼いと草原の部屋』……と私達は呼んでいますが。ここの入り口は図書館へ通じる通路の『絵画』と、城の2階の突き当りにある『古いドア』の二か所で通じているんです」


 ロングガットが紙に記された地図を示してみせた。そこには城の見取り図や、部屋の間取り図と言った物がある。そこに赤い印がつけられていて、『青の泉』とか『夕暮れの浜辺』など空間の名前らしいものが書き込まれている。


「他の空間に通じる入り口だと、地下一階の衛兵控室脇の、幽霊が出るという噂の『トイレの個室』のいりぐちなんかもあるズラ」


「なるほど、入り口も空間も複数あって複雑になっているんだね」

「知らずに迷い込むやつも出そうだな」

「あ、そういうのあるね、きっと」

 レントミアがくすりと笑う。


 多分、人が消えたとか、幽霊が出入りするとか、そういう類の話に通じる事象なのだろう。


 気がつくとノルアード公爵が、小屋の窓から外の一点をじっと見つめていた。


「ノルアード公爵殿?」


「……今、羊の向こうで、誰かが……歩いていたような」

「まさか?」

 俺も外に視線を向けるが、何も見えない。


「……いや、何も見えませんが」


「確かに今さっき。ググレカス殿、ほら、あそこですよ……子供だ……?」

「公爵殿、冗談は……」


 ちょっとだけ背筋が寒くなる。


 俺が視ても、青い空と動かない羊の群れがそこにいるだけだ。

 索敵結界(サーティクル)の反応も……僅かな空間の「ゆらぎ」を検知はしているが、異常と言うほどではない。


「怖いですわ、幽霊かしら?」

 妖精メティウスが怖がるが、面白い冗談だ。

「ハハハ……いや、でも確かにここは、俺達みたいに入り込んだ精神体……。あるいは魂みたいなものが、たまに通るのかもしれないぞ?」


「うーん。なんだか、落ち着かないや。よく君たちは平気だね」

「元々、洞窟とか井戸掘りとかで穴を調べる魔法使いなので……意外と平気ですよ」

 ロングガットが苦笑いを浮かべるが。


 魔法協会長ご推薦のサロンだとはいっても、どうも調子が狂う。レントミアもそわそわとしている。

 と、その時だった。


『――おぅ? ……おおぅ? ここは……?』


 腰のポーチから声がした。

 忍ばせていた『賢者のニセ』だ。封じ込めていた千年前の亡霊――プロキシアン・コーラルだ。

 かつてヒカリカミナにあった異空間へ通じるゲートの門番「ゲートキーパー」だ。


 ノルアード公爵が目の色を変えてこちらを見た。

 仕方なく腰のポーチから黒い石を取り出して、手のひらに乗せる。

 

 妖精メティウスはこの亡霊が嫌いなので、距離をとりレントミアの肩に座る。


「おまえか、静かにしていろと言っだろう?」


 だが、まてよ。

 実はこういう類の「謎空間」に関する知識をもっているのではないか?


『そう言うなググレカァス。ワシは本物(・・)じゃからな! ここはあぁ、懐かしい。知っておるぞな……「祈りの間」の一つじゃな』


 事も無げに、プロキシアン・コーラルは聞き慣れない言葉を口にした。


「祈りの……間?」


『そうじゃとも。永い時間を旅するため、魂を水晶に圧縮。それを解凍。そういった魂や精神、記憶……などなど。人間のかたちを成す情報。そうした連中の願いを……祈りをきき、()肉体(・・)への形を成す為の部屋のようなものじゃ』


「し、知っているのか!?」


 俺としたことが、思わず賢者らしからぬセリフを吐く。


 いつもはポンコツで役に立たないが、この太古の亡霊が発した言葉には説得力があった。


『グフゥム? グフフ、聞きたいか? あぁ? 聞きたいようじゃの? ならば拝聴せよ、余の……太古の知恵を……とうとうと流れ知識の大河、偉大なる魔法の末裔たるワシの言葉に……!』


 いつになく尊大な太古の亡霊が、黒い『賢者の石』の内側で動き回った。


<つづく>


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