秘密の談話室(サロン)にて(後編)
「絵の中にこんな空間があったとは……!」
風景は動いていない。
絵画そのままに羊も草原も、空に浮かぶ雲も静止している。
以前、プラムが昏睡した際に潜り込んだ夢の世界――精神世界に雰囲気が似ている。
絵に吸い込まれた精神だけが、この「閉ざされた空間」に来てしまったようだ。
「賢者ググレカス、この空間は……不思議ですわね」
「そうだな、メティも昔……」
「なんですの?」
言いかけてやめた。今や、無くてはならない存在として、一心同体も同然の妖精メティウス。だが、妖精としてこの世界に存在する以前、まだ「メティウス姫の魂」として『図書館結界』に囚われていた頃。
あの場所を思い出したからだ。
そもそもここは、王立図書館へと通じる廊下。そこに飾られていた絵の中……なのだろうか?
索敵結界で周囲を探ってみたが、不思議な事に「メタノシュタット王城の廊下」と形状が同じだった。
つまり、見た目と実際にいる空間の位相がズレているのだ。
「ここが魔法協会会長の教えてくれた場所だよ。で、そっちの三人がサロンの会員で……えぇと」
レントミアが案内役なので、先客の3人を紹介してくれるのかと思いきや、相手の名前は知らないらしい。
部屋の中に居た三人組の魔法使いは、机の向こう側に集まっている。
瞳や髪の色は違うが、皆一様に驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべていた。
緑色のローブを着た、細身の若い魔法使い。
土色のマントで身を包む、小太りの魔法使い。
灰色のコートを羽織り、帽子を深くかぶった、魔女。
三人はメタノシュタット王国魔法協会に所属していることを示す、色付きのマントやローブを身につけている。
それぞれ、どこかで見たことがあるような、無いような。魔法協会の廊下ですれ違ったことや、他の談話室で見かけているかもしれない。
「歓迎します、ようこそ『狭間の談話室』へ」
「突然押しかけてしまったみたいで、すみません。私はググレカス。で、こちらがストラリア大使、オートマテリア・ノルアード公爵」
「ど、どうも……。探空魔法使いのロングガット。いやぁ、緊張するなぁ。高名な方が……こんなに」
探空魔法とは聞き慣れない。瞬時に検索魔法を励起し調べると、地面の中に出来た空洞や、壁の中の空間を見つける一種の「ダウジング」のようなものらしい。
ローブの裾を気にしながら右手を差し出して握手。互いに苦笑いをする。金髪を無造作に伸ばした青年魔法使いは、細身で長身。貴族の御子息のような、落ち着いた雰囲気の青年だ。
対してノルアード公爵も、「よろしくお願い申し上げます」と実に丁寧な挨拶を返す。互いに挨拶を交わし終えると、机を挟んで座るようにと促されたので俺達は適当に腰掛けた。
「賢者ググレカスに、レントミア君……それに、公爵様。協会長殿の使いの方より、お話は聞いていました。ですが、こんなに早くいらっしゃるとは思わなかったもので」
「そうですか、申し訳ない」
「ググレ、僕も昨日、アプラースのおじいちゃんに呼ばれてさ。ここの秘密の鍵を教えてもらったんだよ」
ハーフエルフの魔法使いも、興味深げに辺りを見回している。本当に初めて来たようだ。
「ロングガットさん。で、ここは一体どんな研究を?」
単刀直入に尋ねる。
たしかに空間は謎めいているが、ぱっと見た感じでは、死者の蘇生や、永遠の命とは無縁にも思える。
すると横に居た小太りの魔法使いが、腹を突き出しながら土色のコートをバサッと振り払った。手にはメモとペンを持っていた。
どうやら机の上に散乱する紙や、何かの図形は彼が描いたものらしい。
「灯台下暗し。魔法協会の目と鼻の先、王立図書館の周辺に。似たような空間……場所がいくつか見つかっているんだよ」
「僕らはそれを調べて、記録して歩いている」
ロングガットが頷く。
「見つかって……? つまり、この絵の中は、君たちの誰かが作り上げた結界ではない、と?」
てっきり、秘密のサロンの主催者が作った結界。隠れ家かと思ったが。
そこで黙っていた女性の魔法使いが口を開いた。
タレ目で髪は明るい水色。クォーターのエルフだろうか。よく見ると耳が少し尖っている。
「あたしはシーシャ。……賢者ググレカスさま。御存知の通り、自前で『閉じた空間』を生成するのは結界術の中でも最高難易度の術でしょう? それが出来るのは、賢者ググレカス様を含め、ほんの一握り。私たちはこの空間を……たまたま、見つけただけ」
ロングガットが立ち上がり、小屋の外を指差す。
「そうなんです! こんな空間があるのに入り口がない。僕らの魔法で調べていると、絵画の裏とか、壁と壁の間に何故か不思議な……広い空間があったんです。更に詳しく調べると、魔法の鍵のような物が仕掛けられていた」
「でも、それは難しいものじゃなかった。調べると大昔の魔導書に記されていました。『隠された魂の保管庫』、『水晶の中の記憶を添えて』という単語と共にね」
「……!」
俺は妖精メティウスや、レントミアと顔を見合わせた。
「鍵の秘密を解き明かしたのは、魔法協会長のアプラース老だよ」
とレントミアが付け加える。
ここは一体、何のための場所なんだ?
まるで……小さな『図書館結界』が無数にあるかのようだ。
そういえば、妖精メティウスの前身。メティウス姫の魂も、ずっと図書館の結界の中で過ごしていた。
「一体、この空間は何なんだ……?」
<つづく>




