表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1221/1480

 秘密の談話室(サロン)にて(中編)

 レントミアは廊下の壁に飾られた「絵」に向かって手を差し向けると、小声で呪文を唱え始めた。


 壁に掛けられた一枚の絵画は、草原と一軒の小屋、それに羊飼いと羊の群れが描かれている。どこか懐かしい風景だが、何の変哲もない普通の絵だ。


「賢者ググレカス、レントミア様が呪文を」

「知らない呪文だ。秘密の暗号、何かの鍵かな?」


 俺たちがいるのは城の一階で、王立図書館へとつづく長い廊下の一角だ。魔法協会とは少し離れているこの場所に、目的の「秘密の談話室(サロン)」があるという。


 ノルアード公爵とレントミア、そして俺と妖精メティウスが絵を前にして立っているが、背後では普通に人々が行き交っている。

 5メルテほどの幅の廊下は、整然と美しい柱が左右に立ち並び、途中には小部屋へと通じる扉や、花の飾られた花瓶。歴史的な価値のある鎧などの品々が所々に置かれている。


協会長殿(・・・・)のご紹介だからな。何が出てくるか……」


 ――今から一時間ほど前。


 魔法協会の本部を訪れた俺は、魔法協会会長のアプラース・ア・ジィル卿と面会した。

 事情を説明すると王政府から直々の「根回し」が行われていたらしく、ノルアード公爵が「望む魔法」についての事情を知っておいでだったので、話はスムーズに進んだ。


 アプラース・ア・ジィル卿は「ここからは、ワシの独り言じゃがの……」と前置きをした上で、死者を蘇らせる研究をしているというサロンの「噂」を教えてくれた。


「ただし、公爵殿の期待に沿えるかは分からぬがのぅ」

 白い顎髭を撫でながら、()()を終えたアプラース老は、「レントミア君が、合言葉と場所を知っておるぞな」と付け加えた。


 その後、ノルアード公爵と城の一階で合流。

「魔法の研究を一緒にしませんか?」

 と誘い出して今に至る。


 俺の後ろに立っているノルアード公爵は相変わらず青白い顔色で、無表情のままじっと成り行きを見守っている。

 だが、見慣れてきたせいか、表情の微妙な違いがわかるようになってきた。


 若干、眉が上に持ち上がり、瞳には「期待」のような光が見え隠れしているのだ。どうやら、ちょっと期待しているようだ。


「……ノルアード公爵殿、ご期待に添えるかわかりませんが。魔法使いのサロンへご案内いたします」

「お心遣い、感謝します。かように大きなメタノシュタットの王城、こうしてご案内いただき、それも秘密の部屋まで探訪できるとあっては、興味が尽きません。この国のサロンは、はて……どのようなものでしょうか」


「サロンは、貴国の『サロン』と本質的には同じです。魔法の問題について、議論を通じて見識を深め合う場ですから」


「魔法への想いが強すぎると、サロンを飛び出し、世界を飛び回りたくなる衝動に駆られるのも……同じでしょうか」


「え、あ……どうでしょうね。魔法使いは大抵、思索と議論を好みますから。外出はあまり好みませんね」


 それは魔法の秘密結社、『ゾルダクスザイアン』の事を皮肉っているのか、公爵なりのジョークなのか。

 連中は、今思えばとてもアクティブでアグレッシヴ。世界中を飛び回り、秘宝や秘術、太古の魔法の遺物を集めては研究に余念がなかった。

 

 人造生命体(ホムンクルス)の研究や、不老不死、永遠の命など、魔法使いなら……いや、権力者なら誰しもが夢見る魔法を研究し、実現しようとしていた。


 すべての行動が目的へと帰結するのだろうが、いかんせん連中は「やりすぎ」た。


 『世界樹』への「ちょっかい」まではよかった。だが、魔王城を復活させて災厄を招き、スヌーヴェル姫の失踪や、エルゴノートの失脚と王国には表沙汰に出来ない混乱が生じた。

 

 この時点で、メタノシュタットの逆鱗(・・)に触れたのは間違いない。


 王国はあの事件をきっかけに、ゾルダクスザイアン殲滅へとかじを切った。報復が検討され、多数の諜報員が西国へと侵入したという。

 決定的だったのは、ルーデンスに出現した「太古の魔女」が使った魔法の収奪を企て、挙句、王都メタノシュタットでテロを起こしたことだ。


 ……と、局長が極秘資料を見せてくれたのだが。


 返答に困っていると、タイミングよくレントミアが振り向いた。


「よし、開いたよ!」


「おぅ?」


 思わず左右を見回すが、「新しい扉」が出現した様子はない。途中にドアが幾つかあったが、それとは別の隠し扉でも開いたのだろうか?


 するとレントミアが絵を指差し、よく見るように促す。


「違うよ、ほらここ。よーく見て。あ、公爵様も」


「ほう?」

「うむ……?」


 絵の中には「小屋」と羊飼いが描かれていたが、小屋(・・)()が開いている。


「そこかよ!?」


 だが一瞬、空気が変わった。


「賢者ググレカス。不思議な魔法ですわ」


 気がつくと、忽然と人の気配が消えていた。


 というか、小屋の前に立っていた。


 周囲を見回しても、行き交っていた人々が居ない。草原が広がり、動かない羊たちが無数に立っている。空は青く、木々もある。

 本当に絵画の中、時間が止まってしまったかのような、不思議な白昼夢に似た光景が広がっていた。


 高位の魔法使いのごく一部が使う、『貴石煉獄(ジュエル・プリズナ)』のような個別(オリジナル)の結界か? 

 あるいは俺の切り札である『隔絶結界』のように、位相のズレた世界に迷い込んだのか?


 色々考えたが、そこまで大規模な魔法では無さそうだ。

 索敵結界(サーティクル)戦術情報表示(タクティクス)も異変を検知していない。

 立っているのは先程からずっと「同じ場所」。だが、軽い魔法の励起の記録を感知していた。


「そうか……!」


「気がついた? ググレ」

「俺達は……精神(・・)だけが絵のなかに引き込まれた。小屋の扉が入口になっていたのか」


「そのようですね。珍しい、初めてみる魔法の仕掛けです。隠し部屋を複数の人間が『認識共有』できる、一種の認識撹乱(イマジンジャマー)……でしょうか」


 ノルアード公爵が流石の博識ぶりを披露する。今にも面白い、とでも言わんばかりの顔であたりを見回した。


「つまり、私達の身体は今、廊下でボーッと絵を眺めている最中……なのですか?」


 妖精メティウスがちょっと困ったような顔をした。


「かもしれないが。どうかな……。精神だけの世界となれば、時間の流れが違うからな。ここはある種の結界の中だろうし」

 夢の世界といえば、妖精メティウスの庭だが、それとも違う。不思議な絵画のような世界だ。


「とりあえず、中に入ってみよう」


 俺が先頭になり小屋の中に入ってみる。

 そこはちゃんとした部屋になっていた。外側よりも数倍も広い。中は大きなテーブルと黒板。木のテーブルの上にはお茶とお菓子、そして無数の紙が散乱している。

 

 途端に歓声と悲鳴のような声が響き渡った。


「うっわ!? ほ、ほんとに来たぁ!?」

「けけ、賢者ググレカス……に、レントミア君!」

「それと、ストラリアの親善大使……様も!?」


 三人組の魔法使いが、ガタガタっと机の向こう側に逃げるように集まった。

 

 案内役のレントミアが、振り返る。


「えぇと、ここが秘密の……『狭間(ハザマ)の談話室』だよ」


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ