公爵の深き闇
――鉄杭砲『神威鉄槌砲』発射まで100秒!
――弾体加速垂直坑、地表偽装シールド開放!
――発射最終シークエンスへ。弾体加速リング・流体魔法加速装置。1番から128番まで正常! 熱移送魔法連続循環点火、開始!
眼前に浮かぶ魔法の小窓、戦術情報表示には「秘匿通信音声解析中」と表示されている。聞こえてくるのは雑音交じりの音声だが、緊迫した様子が窺える。
「フィラガリア作戦参謀長殿、攻撃の目標地点に民間人などが居る可能性はないのですか?」
『――(ザッ)現地に潜入している諜報員の報告では、目標地点は山岳地帯です。しかも、ストラリア諸公国の領内でありながら、隣接する国々が互いに国境線を主張する複雑な事情を抱えた地域です。一般人が立ち入る場所ではありませんよ』
「グレーゾーンの土地、というわけですか」
秘密結社、ゾルダクスザイアンの本拠地らしいと言えば、らしい。
検索魔法で調べてみると、ストラリア諸侯国同盟のガリアハン王国、リッヒタリア王国、イッツブルア皇国。三つの国の国境線が交わる山岳地帯に、確かに小さなエリアが存在するらしい。
そのどこかに『千年墓所』なる秘密拠点が存在するのだろう。
『――(ザッ)連中も一枚岩ではない。だからこそのピンポイント空爆です。我々も諸公国と全面戦争を望んでいるわけではない。これはあくまでも憎むべきテロ集団の殲滅。そして我がメタノシュタット王国の力を、彼らに見せつけることです』
「いろいろと納得しました」
『ふむ、それは何よりで。スヌーヴェル姫殿下にも宜しくお伝え頂ければ。しかしながら……些か貴殿からご連絡が入ったタイミングが良すぎ……』
「あ、ありがとうございます。参謀長殿」
俺は魔法通信を切ると、ワイン樽ゴーレム『フルフル』に跨った。そして、ノルアード公爵が乗る馬車を追った。
「いくぞ、フルフル!」
『フルフルッ!』
『ブルブル』は金属の四肢を元気よく動かしながら、後ろをついてくる。
「私はここで隠れておりますわ」
妖精メティウスは賢者のマントの首筋のところに潜り込んだ。少しくすぐったいが、吹き飛ばされるよりはいい。
「せめて、公爵に知らせねば……!」
先行する馬車三台は200メルテほど進んでいた。すっかり暗くなった郊外の道を、水晶ランプをいくつも灯し、王都の中心部に向けてゆっくりと進んでいる。
疾駆するワイン樽ゴーレムの脚力のお陰で、あっという間に追いついた。
先頭にいる護衛の馬車に並び、「公爵に話がある!」と合図を送り手を振る。
「賢者様!?」
モノレダー特別補佐官が、少し驚いた顔をする。
「頼む、急用だ!」
やがて馬車は減速し、停車。
俺は車列の真ん中にいる、公爵の乗る馬車の客室へと駆け寄った。
「ノルアード公爵! 急ぎ、申し伝えたい事が」
すると頑丈そうな黒塗りの客室のドアが開いた。
「賢者ググレカス殿、どうなさいました?」
赤い水晶ランプが灯る客室から、浮かび上がるように白い顔が現れた。
無表情だが不機嫌そうではない。むしろ、どこか嬉しそうな色を赤い瞳に浮かべている。
俺は一礼して近づいて、早口で告げる。
「ゾルダクスザイアンの本拠地、『千年墓所』を空爆する通告が行われました」
端的に告げて、反応を窺う。
ノルアード公爵のご子息の遺体が安置されているのなら、何らかの反応を示すはずだ。
だが、公爵は大きく頷くと、見たこともないような、初めての、笑みを浮かべた。
「……そうですか。それはよかった。正義の鉄槌が下されることは、我が国にとっても良いことです」
「このことを公爵殿は、ご存知で?」
「えぇ、正確な位置を教えたのは私ですからね」
「な!?」
驚きを隠せなかった。急進派、穏健派。多少の違いはあれど、同じゾルダクスザイアンという魔法の秘密結社の仲間ではなかったのか?
――鉄杭砲『神威鉄槌砲』発射まで30秒!
「驚かないでください。私の大切な研究成果を、無断で軍事転用する連中など、裁きを受けるべきですからね」
平然と言い、公爵は胸の前で指を組む。
「研究成果、人造生命体や使者の蘇生。そのために、仲間を?」
「えぇ。その研究は私だけの……いえ、私の息子のものですから」
口調は穏やかだが、公爵の笑みは底知れぬ闇と狂気を孕んでいた。
そして、客室の奥が目に入った。
赤い奇妙な明かりに照らされた後部座席。そこには赤いリボン、いや――チューブのような無数の管に接続された、青白い顔の少年が、座っていた。
「賢者ググレカス!」
襟首の内側で妖精メティウスが小さな悲鳴をあげた。
「こ、公爵殿……!」
そこには10歳ぐらいの少年が固定されるようにして腰掛けていた。まるで蝋人形のように硬く青白い皮膚、目も口も閉じて動かない。甘い、何かお香のような薬品の臭いがする。明らかに何らかの処置が施された「亡き骸」だ。
索敵結界にも生体反応は無い。客室内で生きている人間は、公爵だけだ。
「……あぁ、紹介が遅れて申し訳ございません。これが私の息子、パドルシフ・ノルアードです。さぁ、賢者様にご挨拶を」
「な……!」
俺は言葉を失った。
公爵は優雅な仕草で優しく語りかけるが、ご子息の亡き骸はピクリとも動かない。
――『神威鉄槌砲』、発射まで10秒! 9、8、7、流体魔法加速装置全機能正常、チャンバー内圧力、臨界!
「失礼、賢者ググレカス。息子は……パドルシフは疲れて眠っているようです」
「あ、あぁ」
「ここまで、長い旅でしたからね………」
公爵は、優しい眼差しで息子の頬を撫でると、哀しく虚ろな目をこちらに向けた。
――『神威鉄槌砲』発射! 飛翔体加速、……上昇中!
ズゴォオオオン………!
魔法の通信が、遠雷のような破壊的兵器の咆哮を伝えてきた。
◇
<つづく>




