想定外のカウントダウン
【作者よりのお知らせ】
11月18日は休載となります。
11月19日に再開します!
老魔道士と二人の部下は、魔法で強化された網とロープで縛り上げられた。
やがて駆けつけた軍用馬車に乗せられるが、『古の魔法』で消耗したのか抵抗する様子もない。
だが、彼らが尋問の後で収監されるのは、大陸の東端の収容所アズリュックだ。そこは絶海の孤島で、過酷な場所だ。魔王軍側に組みした人間や、王政打破を叫んだ政治犯など、囚人たちの教化施設だという。
――儂らの今の惨めな姿が、明日のお前さんじゃ。
最後に老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが放った言葉が、胸の奥で痛みを残していた。
「俺の姿……か」
俺の持つ『賢者の石』を狙い戦った三人の魔道士は、秘密結社ゾルダクスザイアンに属していた。魔法の叡智を求める事は、別に咎めるべき対象ではない。
しかし、他人の命や財産を何とも思わず、他国の主権と法を犯す。その点は罰せられて当然だ。
見方を変えれば、俺が普段行っている振る舞いも、彼らに通じる部分は無かっただろうか?
反省すべき点もある。ここから先、家族を守り、暮らしていかねばならない身としては、いい教訓を得たと思うしか無い。
「……賢者ググレカス、戦っている最中は楽しそうでしたわね」
妖精メティウスが、胸ポケットに忍ばせた文庫本の隙間から這い出してきた。
「そうか? そうかも……しれないな」
魔法使い同士の魔法戦闘は、互いの死力を尽くす「決闘」とも言える。
知恵と魔法の力で雌雄を決する。
己が信念のために戦うのは、命がけでもあり、尊いものだ。
確かに俺は老魔道士たちと対峙していたとき、心の何処かで高揚感を感じていた。
相手の力に驚き、知恵を巡らせて、倒す糸口を見つけ出す。その過程に喜びと充実感を感じていたのも事実だ。
だが、これから先は一対一の決闘めいた闘いなど、少なくなるのかもしれない。
魔法使いに及ばない魔力の持ち主でさえ、「魔装」という戦闘用の魔法道具で戦える。重装甲に守られた戦闘用ゴーレムを操り、魔獣とも対峙出来る。
「時代の波、というやつか……」
俺は、内心複雑な思いで悠然と引き上げてゆくゴーレム達を見送っていた。
「ググレカス殿、ご無事ですか!?」
特別補佐官のスカーリだ。モノレダーと他の補佐官たちが教会から出てきた。
「見ての通り無傷さ。優秀なメタノシュタット王国軍のお陰でね」
俺は去ってゆく戦闘部隊に視線を向けて微笑んだ。教会の周囲では、警備兵や一般の兵士たちが、残敵への警戒を行っている。
人造生命体たちは倒され、後に残ったのは黒い粉だけだ。軍所属の魔導博士とその助手たちが、残骸を調べている。
「いやはや、魔法使い三人相手にしているだけでもヤバイと思いましたが、まさかドラゴンに化けるとは。夢に出てきそうだ……」
モノレダー特別補佐官は真面目な顔で首を振った。
「ドラゴン三体に変化した時には、俺も肝を冷やしましたが」
「でも、あの連中相手に怯むこと無く堂々と対峙できるのは流石です。なんたって魔王大戦の『六英雄』だ。イザという時の肝の据わり方が違います」
「えぇ、見直しましたわ」
スカーリ特別補佐官が微笑む。
「そんな大層なもんじゃない。ブレスから逃げ回っていただけさ」
俺に尊敬の眼差しを向けるモノレダーとスカーリ。今となっては懐かしい称号で呼ばれて、恥ずかしさに思わず苦笑する。
と、ノルアード公爵が憔悴したような様子で、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「賢者ググレカス。彼らの暴虐無人な振る舞い……私からもお詫び申し上げます」
「いや、気になさらず。それより公爵殿も、颯爽とドラゴンに変身して加勢してくださっても良かったのですが……?」
「それは……気が付きませんでした。私は彼らほど、ドラゴンになっても戦えるわけではありませんし」
俺が冗談めかして言うと、公爵は少しぎこちない笑みを浮かべた。
「急進派、強硬派は……また来るでしょうか?」
「いや、彼らが中心人物です。他にも数名いますが、力は彼ら3人の足元にも及びません。当面、ゾルダクスザイアンが行動を起こすとは思えません」
「なるほど」
どうやら、老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンを含めた3人が最高幹部だったということらしい。
ならば当面は、安泰な日々が来るだろう。
「さて、俺達も帰るとするか。丁度夕飯の時刻だ」
「そうですわね、賢者ググレカス」
すっかり辺りは暗い。今頃、家ではマニュフェルノやリオラ、子どもたちが食事の準備で大忙しの時間だろう。
「ノルアード公爵は、これから王都の宿泊施設へ移動されます」
「私達がお送りしますわ」
モノレダーとスカーリ、そして集まってきた他の特別補佐官に衛兵たちも加わる。公爵の馬車を護衛しながら王都中心部へと移動するという。
「例の魔法の研究については、可能な限り私も力添えします」
「感謝します、賢者ググレカス殿」
亡くなったご子息を蘇らせたいという願いには、同情せざるを得ない。結果はどうあれ、少しの間なら、研究に付き合うのも悪くないだろう。
ノルアード公爵の馬車と、護衛の馬車が動き出そうとした、その時。
魔法の通信が飛び込んできた。正確には、索敵結界が傍受した軍用の魔法通信だ。受動的検知なので、聞こえてしまっただけ、という感じなので違法性はない。
――(ザッ)定刻、施設内全機能正常。作戦開始。カウントダウン、300……295
「賢者ググレカス、秘匿魔法通信を傍受しましたわ」
妖精メティウスが小声で告げる。暗号化通信は長距離用のものだ。
「なんだ、何のカウントダウン……だ?」
――(ザッ)イスラヴィア・インクラムド鉄杭砲、『神威鉄槌砲』4号機、起動を確認。280……270
――(ザッ)『地中貫通型三式弾・改』装填確認、よし。弾頭内、爆裂火炎術式集束媒体正常。
――(ザッ)魔力供給魔道士部隊、魔力供給開始。弾体加速チャンバー内圧力上昇を確認。臨界まで260
「イスラヴィア領内の鉄杭砲が起動した! 一体……何を? どこを狙っている!?」
――(ザッ)現地設置済、終端誘導水晶体に座標固定。西国ストラリア国境付近、E1290-N1009。着弾位置補正、距離、高度、最終着弾位置、補正計算開始……。
――(ザッ)目標、ゾルダクスザイアン本拠地、人造生命体密造拠点、『千年墓所』!
「なっ、なにぃ!」
『千年墓所』には確か、ノルアード公爵の御子息の遺体が、安置されていたはずだ……!
<つづく>




