後味の悪い勝利
立ち込める白煙の正体は『魔力妨害撹乱幕』の微粒子だった。
空間を伝播する魔力が阻害され、ある一定の魔力波動が減衰。眼前の『戦術情報表示』にノイズが生じている。
不安定ながら索敵結界が捉えたのは、戦闘用ゴーレム『タランティア・タイプセブン』が4機、完全武装の『魔装特殊急襲部隊(MSAT)』が6名の戦闘部隊だった。
味方を示す青い光点は、赤い光点――ドラゴン三体を挟み撃ちにするような陣形で迫ってゆく。
――アーマナイト2、強化ワイヤーネット弓砲、発射!
軍用の新鋭ゴーレム『タランティア・タイプセブン』が、肩に担ぐ位置にマウントしていた石弓のような装備を水平に構えた。そしてバシュッ! と、太い矢のようなものを放つ。
それは一瞬で投網のように広がると、黒いドラゴンの首や腕に絡みついた。
『グガッツ、下らぬ手を……! 木偶人形ごときが、焼き尽くしてくれるわ!』
黒いドラゴンは網を食い破り、引き千切ろうとする。だが、形態維持魔法で強化された糸で編まれているのか破れない。
『ぬ、グガァ!?』
『老師殿、危ない!』
――アーマナイト3、右腕、抜刀。近接戦闘開始!
ブゥゥウンという低い駆動音を響かせて、別のクモ型ゴーレムが猛然と突っ込んだ。騎士のような上半身には、長さ2.5メルテもあろうかという、およそ人間では振り回せないであろう大剣を装備している。
大きく振りかぶると、身動きの取れない黒いドラゴン目掛けて、殴りつけるように斬りかかった。
『グガァアアッ!?』
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが変身した『黒竜体』が、剣で上半身を叩き斬られ体勢を崩した。
剣先が刺さった部分からは黒い霧が噴き出す。
しかし黒いドラゴンも負けじと、黒とオレンジ色のブレスで反撃を試みる。だが、吐き出したブレスは細く途切れがちで威力が落ちている。ゴーレムが左手に装備した円形の盾で容易に防ぐ。
――アーマナイト3、防御! 左腕、複合魔法装甲防盾、健在!
『コァアァ……な、んじゃ、これは!? 魔力が……魔法が、思うように使えぬ、ゲホッ!』
『老師、連中は魔法自体を使えなくしている! 粉だ……この煙幕が魔力を減衰させている……!』
『まずい、ここは退くよ――ぐがッ!?』
3機目のクモ型ゴーレムが素早くドラゴンの背後に回り網を放った。ノーレシアンとカイデルハイン、二人の魔道士が変身した赤と青のドラゴンも身動きを封じられる。
『ふざけるな……! 貴様らぁあ!』
激しく暴れブレスを放つも勢いがない。
そこへ更に『量産型・雷神剣』を装備した魔装特殊急襲部隊(MSAT)の騎士が肉薄する。青白く光る魔法の剣で、次々と尻尾や脚を切り払った。
「あのドラゴンたちが、一方的に押されている」
「賢者ググレカス……どうしましょう!」
俺はその場に立ち尽くしていた。それはもう一方的な戦いだった。
周囲に残っていた10数匹の人造生命体も、瞬く間に一掃されてゆく。
教会の壁沿いに駆け寄ってきた兵士の一人が、俺に防護マスクを押し付けるように素早く手渡した。それは鼻と口を覆う形状で、特殊加工された布を重ねたようなものだった。
「賢者様、これをお付けください!」
「これは?」
「煙を吸い込むと魔法詠唱に支障が出ます。煙に毒性はありませんが、南国産の刺激性の高いスパイスの粉も混じっていますので」
確かに僅かに吸い込んだだけで刺激臭がして、咳が出そうになる。
「げほ。わかった。メティは本の中に隠れるんだ」
「は、はい!」
どうやら、作戦参謀長フィラガリアが言う『ゲーム・チェンジャー』とは、盤面をひっくり返す新しい戦力とこうした戦術を言うらしい。
魔法を無力化し、自分たちだけは『魔装』が使える状況を作ったのだ。
新型戦闘用ゴーレム、『タランティア・タイプセブン』は密閉型。中に乗り込んだ2名の操術師達を、炎の熱や毒、各種の魔法攻撃から防護するために、操縦席は気密室になっている。ゴーレムの機体の関節部分などは特殊なカバーで覆われて、影響を受けないようになっていたはずだ。
そして『量産型・雷神剣』は、エルゴノートが持っていた宝剣を解析して造られたもので、雷撃を生み出す機構を内蔵して密封している。
「つまり……敵の魔法だけを無力化して、一方的に倒す作戦か」
『――(ザッ)ご推察のとおりですググレカス殿。しかしながら、敵の強力な魔法戦力を弱体化させるには、一定の条件を満たすことが必要でした。天候や風にも影響を受けますし、何よりも一箇所に集まってもらわねばなりませんからね。図らずもその役を担って頂き、感謝いたします』
秘匿された魔法の音声通信から、作戦参謀長フィラガリアの声が聞こえてきた。淡々としているが、わずかに話すテンポが早い。
「……フィラガリア作戦参謀長殿、俺を囮にして連中をここに集めたと? では、ノルアード公爵との会合を設定したのは……」
『――(ザッ)和解の会合が開かれたのは御存知の通り。各方面の外交努力と調整の結果です。我々は、テロリスト集団が襲撃してくるという情報を基に行動したまで。無論、ググレカス殿には今回、大切な餌という大役を担っていただきましたが……』
「少々、援軍の来るタイミングが遅かった気がしますが」
俺は憮然とする。敵の攻撃が集中していれば、死にかねない状況寸前だった。とはいえ俺が警告を無視し、前線に飛び出してしまったのだが……。
『――(ザッ)あぁ、それは申し訳ありません。本来は教会内に押し入ってくるシナリオでしたが、まさか教会の建物の外での戦闘になるとは。シナリオはもちろん準備していましたが、少々フォーメーションの展開に時間がかかりました』
どこか釈然としないものを感じつつも、これ以上の会話は無駄のようだ。
俺は囮になることを半ば受け入れた上で魔道士たちと対峙。援軍が来るという思惑の上で、少々挑発的に振る舞ったのだから。
「私があの場から、悲鳴を上げて逃げ出した場合のシナリオもあるのですか?」
『――(ザッ)それは……秘密事項です』
一瞬だがフィラガリアの声が楽しげに弾んだように思えた。
徐々に『魔力妨害撹乱幕』の霧が晴れ、辺りには静寂がもどっていた。
太陽は完全に沈み、青白い闇の中で魔法の水晶ランプの明かりが灯り始める。
索敵結界には敵対行動をしている者の反応は無い。戦いの場となった教会正面の広場には、動きを止めたゴレームと、何人もの兵士たちが集まっていた。
マスクを外しながら近づいてみると、特殊な魔法が施された網でぐるぐる巻きに縛り上げられた、三人の魔道士たちがいた。
生きている。
近くに居た兵士の話では、ドラゴンの身体が溶け、黒い霧状に変化。その場に魔道士たちが倒れたまま姿を現したようだ。
「老魔道士殿……」
俺が声をかけると他の二人は動かないが、老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが、ゆっくりと此方に顔を向けた。
「……ゲホッ、見たかのぅググレカス? これが……、儂らの惨めな姿が、明日の……お前さんじゃ」
口角を力なく持ち上げる。
「……」
冷たい夜風が木立を揺らす。老魔道士の言葉が、深々と胸の奥深くにトゲのように突き刺さった。
◇
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけで、本章も大詰めです。
ですが明日は一日お休みを頂きます。
休載:11月16日(木)
再開:11月17日(金)
また読みに来ていただけたらうれしいです。
ではっ!




