ゲーム・チェンジャー
『黒炎のブレスで焼き尽くしてくれようぞ……!』
禍々しい黒いドラゴンが鱗に覆われた脚を一歩、踏み出した。
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが変身した『黒竜体』は高さ5メルテもあろうかという大きさだ。
ズシィンと重々しい地響きが地面を揺らす。驚くべきことに、枯れ木のような老魔道士がドラゴンに変化したことで、質量も変化しているらしい。
長い尾で体を支え、後ろ足二本で立ち上がる。太ったトカゲのような体には、小さな前足と背中に申し訳程度にコウモリのような羽が生えている。
「賢者ググレカス、魔道士全員が竜に化けましたわ!? 索敵結界の反応も、実体のあるドラゴンと判定が」
妖精メティウスが、賢者のマントの襟首に掴まったまま告げる。
「空を飛ぶ翼竜ではなく、陸生のドラゴン種か……。『古の魔法』は奥深いな!」
連中は逃げるつもりはなく、攻撃的な変身と言える。
『いい間抜け面じゃググレカス! では死ね。カーッ……!』
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが変身した『黒竜体』が大顎を開けた。無数の牙が生えた口の奥からオレンジ色の光が溢れ出す。
「賢者ググレカス!」
「やばい!」
妖精メティウスが悲鳴を上げるよりも早く、俺は『魔力強化外装』を全身に励起。肉体の反応を瞬時に倍加し、脚で地面を蹴りダッシュして真横へと逃げた。
ドラゴンが口から、黒い噴流にオレンジ色の炎を纏ったブレスを吐き出した。
立っていた位置で爆発が起こり、教会の入口へとつづく石畳みが吹き飛ぶ。
「うぉおぅ!?」
連鎖的な破壊は逃げる俺を追うように迫ってくる。
ドグォオオッ! と背後で地面の爆発と炎が噴き上がる。黒い魔力の衝撃波に灼熱の炎をカクテルした見たこともないブレスだ。
10メルテほど逃げたところでズザアアッ! と両足で踏ん張って停止し、振り返る。
ブレスの噴射時間は1秒といったところか。俺が逃げたコースに沿って無残にも地面がえぐれている。
『いい逃げっぷりじゃググレカス……! まるで腰抜けの道化のようじゃ! 自慢の結界で防がぬのか? んんー?』
「臭い息を浴びる趣味はないんでね」
いくら『賢者の結界』を重ねていても、あれほどの威力を真正面から受け止めれば一気に20枚は持って行かれそうだ。
黒いドラゴンがゆっくりと回頭する。竜自身の動きは鈍重に見えた。
――次のブレスを吐くまで何秒のストロークがある?
『逃げ道はないぞググレカス!』
そこへ、もう一人の魔道士、ハーフエルフのノーレシアンが変身した『氷結竜』が襲い掛かってきた。逃げる方向に素早く回り込んでいた。
「こっちは身軽か!」
青いドラゴンはやや小型だが、それでも馬よりも大きな体に、鋭い剣のような尻尾まで合わせれば5メルテを超える。おまけに此方は動きが素早い。
氷の刃を纏ったような鋭い尻尾で薙ぎ払うように俺を狙う。
その攻撃は既に予想していた。
――魔力強化外装!
連続で励起し、脚部の動きを倍加。バックジャンプ気味に跳ねて避ける。
この戦闘空間にいる敵の位置はすべて索敵結界で見えている。それに、あと10秒でたどり着く友軍の位置も。
『甘いねヒョロメガネ! 接近戦は得意かい!?』
「くっ!?」
そこへ女魔道士カイデルハインが変身した『火炎竜』が走り込んでくる。
こちらは更に動きが素早い。燃えるような鱗で覆われたドラゴンの体型は、竜人を思わせるものだった。人間に近い動きで両腕を振りかぶると、両手の拳に火炎を励起した。
『もらったぁあああああっ!』
着地した瞬間を狙い、殴りかかってくる。
だが、俺は闇雲に逃げ回っていたわけではない。
真後ろには俺が乗ってきた馬車、『陸亀号』が居る。そして、魔法で連結していた留め金と手綱を、解除。
「行け『フルフル』『ブルブル』ッ!」
『フルフル!』
『ブルブルッ!』
二体のワイン樽ゴーレムは、鉄の四肢で猛然と駆け出すと、ゴシュァアア! と後方から猛烈な勢いで圧搾した空気を噴出。斜め前方に跳ねると飛び上がる。
「接近戦は苦手なのでね」
『――なっ!?』
『にぃ――!?』
驚愕するノーレシアンとカイデルハイン。完全な不意打ちは、ズゴッ! ゴズン! と赤と青二匹のドラゴン、それぞれの胴体を直撃した。
『グァ!』
『ガッ!?』
質量弾の殴打を食らったドラゴンは衝撃でグラリと体勢を崩し斜めに倒れ込んだ。
二体のワイン樽ゴーレムは、そのまま空を舞うと俺の両側に戻ってきて着地する。
『おのれ……! どこまでも小賢しい!』
「この戦闘スタイルは昔からだ」
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが変身した『黒竜体』がグガァアア! と咆哮する。
俺はズレたメガネを指先で持ち上げる。
賢者のマントを優雅な仕草で振り払った、その時。
小さな発射音とともにガラス瓶のような、小型の円筒形の物体が撃ち込まれた。それは四方からドラゴン三匹目掛けて発射されたものだった。
『ぬっ……!?』
ガラス瓶が地面に落ちる瞬間。バァン! と炸裂し灰色の煙幕が辺りを包み込んだ。
『煙幕? ハッ……これはっ!?』
『ゲホッ……!? な、なんだいこれは?!』
赤と青のドラゴンが困惑気味に立ち上がる。老魔道士の変化した黒いドラゴンも煙で姿が見えないほどだ。
――警告! 魔力波動、大幅減衰!
戦術情報表示が警告を発する。魔法の小窓にノイズが走り、索敵結界の探知が乱れた。
「賢者ググレカス、これはあの時の!」
「『魔力妨害撹乱幕』だ、下がるぞメティ」
俺はワイン樽ゴーレムたちとともに後方へと下がり距離を取った。
同時に秘匿された軍用の無線通信が飛び込んできた。
――賢者ググレカス、ご無事ですか? 後方にて待機を。
――特戦群、戦闘行動開始。
――(ザッ)アーマナイト1より各機へ、『魔力蓄積機構』増槽を投棄、タランティア小隊、最大戦速!
――(ザッ)了解、フォーメーション2B、対魔獣戦闘陣形をとれ。
――近接随伴兵、魔装特殊急襲部隊(MSAT)展開。
――これより全魔法兵装使用許可!
ヴゥウウン……! という低い振動音を響かせながら煙幕の向こうから、青白い光がいくつも瞬いた。シルエットが見えた。
それは人形の頭部に取り付けられた幾つかの魔法器官複合体の放つ光だった。
蜘蛛のような脚部を音も立てずに動かしながら、素早く移動する巨体。上半身は人形で、騎士のような装備をつけている。
それは、メタノシュタット王国軍の最新鋭、戦闘用ゴーレムだった。
「タランティア・タイプセブン!」
『こんな玩具ごときで、ワシらを倒せると思うてか……ゲホッ?』
『蹴散らしてやるよ、アタイらを舐め……!』
『老師殿! 魔法が……阻害されている……!』
『……なん!?』
更に、ザカザカザと、複数の足音が響いた。
それは手に青白く光る剣を持った複数の騎士たちだった。手に持っているのは『量産型・雷神剣』だ。
『――(ザッ)賢者ググレカス殿はご無事ですか? まぁ、貴殿なら大丈夫だと私は心から信じていましたが……』
秘匿回線の向こうから魔法通信が聞こえてきた。それは棒読みで、気持ちが全く籠っていない。おまけにどことなく残念そうな口調で言う。
「作戦参謀長フィラガリア……!」
『――(ザッ)今からお見せするのは新時代の戦闘。戦場のゲーム・チェンジャーです』
<つづく>




