砕ける、賢者の結界
【作者よりのおわび】
昨日は突然の休載、スミマセンでした。
仕事で帰宅が1時過ぎでしたのでorz
パァン! と結界が砕けた。
幾重にも重ねた『賢者の結界』、第5層目が崩壊したのだ。
――警告! 結界損耗率上昇!
眼前に浮かぶ半透明の魔法の小窓、『戦術情報表示』が警告を発する。衝撃と閃光で小窓が揺れ、ノイズが生じる。
「結界を……殴り砕くとは!」
「ほうれ、どうじゃ? 割れた、割れたぞぇ……! 何が無敵の『賢者の結界』じゃ? パリンパリン、面白いように割れてゆくぞぇ! ほうれ、ほうれ」
「くっ……!?」
衝撃が俺の体を揺らし始める。
戦闘狂の老魔道士、ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンは、喜悦の表情を浮かべる。十数本の『触手』による連打攻撃を緩める気配はない。
「賢者ググレカス……!」
「しっ、大丈夫。もう少し」
「はい」
焦りの表情を浮かべるメティだが、策は既に打ってある。
不可視モードで眼前に浮かべた『戦術情報表示』では、猛烈な勢いで魔法術式の文字列が表示され流れてゆく。これは結界に接触したオレンジ色の拳から収集した、老魔道士の魔法術式の『断片』だ。
魔法言語の種類、使われている構成と文脈、魔法単語、それらを要素分解し、解析。敵の魔法で「何が行われているか」を分析しているのだ。
そして、老魔道士の魔法術式の解析は終了しつつある。
「なるほど、理解したぞ」
質量と魔力を同時に衝突させてくるヤツの魔法。その正体は、地面に描いた魔法円を魔力糸を経由させ複雑に編み上げた強固な半物質状の腕だ。それを魔法制御により自在に動かして殴りつけている。
不気味なオレンジ色をした「伸縮自在の腕」は一種の擬似的なゴーレム。老魔道士の魔力糸の塊だ。魔法結界の侵食効果に加え、物理的な衝撃を伴うので、魔法の結界にとっては防御が難しい種類の攻撃だ。
俺が使う『粘液魔法』の上位版、『粘液質の鞭』によく似ている。
――魔法の発想自体はお仲間、というわけだ。
「リードバーン長老。油断召されるな。ここは一気にケリをつけるべきかと。賢者の結界は異常に硬い。長引かせると何を仕掛けてくるかわかりません」
冷静な判断をするのは、ロング貴族服を纏った若いハーフエルフの魔法使いだ。
レントミアほどではないがきれいな顔立ちのハーフエルフは、腕を天に向けると頭上に魔法円を励起する。それは青白い光の渦を巻きながら、ギラギラとした氷の円輪へと姿を変えてゆく。
徐々に回転するとキィイイ……と鋭い音を放ち始める。
「あれは、氷結による切断系の魔法か」
「まぁ! 恐ろしいですわ!」
「髪とか服を切られたら嫌だぞ」
「そこだけで済めばよいですけど……」
ヒソヒソと小声で話す俺と妖精メティウス。
「ふん、メタノシュタットの賢者さまよ、なかなか余裕をブッこいてやがるけどさ。じゃぁどれ……あたしも交ぜておくれ……よ!」
肉弾戦が得意そうな金髪の女は、ズム! と右足を踏み出すと、前傾姿勢になり腰を下ろした。
足で踏み固めた地面に赤い魔法円が生じ、炎が燃え上がるように脚に絡みつく。それは膝下全体を覆うように輝き、真っ赤な光がスパークする。
「女の方は『魔法のキック』で攻撃してくる気か」
「よくお分かりになりますわね?」
「経験値、修羅場の数が違うからな」
「お家でも修羅場ですものね」
「おいおい、ギリギリ回避して円満だろう?」
「ふふ? そうですわね」
口に手を当て微笑む妖精メティウス。
冗談はさておき。あの肉弾戦タイプの魔法使いはキックで攻撃してくるつもりらしい。衝撃波などを伴う魔法を使うと見える。
まともに食らったら正義のヒーローに倒される「悪の怪人」のように身体が爆発四散しかねない。
ちなみに正義のヒーローショーは王都の演劇で人気の演目だ。ファリアをモデルにした(?)という、未開のジャングルからきた仮面のアマゾネスが、王都の平和を乱す悪の怪人を肉弾戦で倒していく。ちなみに露出の多いビキニアーマー装備で、子供から大人まで大人気のショーだとか。
「わかったぞぇ。こやつ、姑息にも結界の魔法特性を変えておるのじゃ……! ワシの魔法の拳、『溶鉄の拳』が十分に通じておらぬわけじゃ」
老魔道士の見事なご推察のとおり。
ここまでの連続攻撃に耐えているのは、『賢者の結界』――『高速暗号化魔法防壁』が、相手の使う魔法特性に応じて超高速で魔法防御の特性を自在に変えているからだ。
「結界の秘密がバレるとは……!」
少し大げさに気弱な表情をみせる。
「伊達に長生きはしておらぬからのぅ。ほれ、また一枚、パリンと割れるぞな!」
またもや結界が砕け散る。
敵は最強クラスの魔道士三人。老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンは攻撃の手を緩めず、結界は半分に減っている。更に残り二人も攻撃準備が終わったようだ。
状況は圧倒的に不利。
だが、似たような状況は過去幾度も経験してきた。
――接続用術式生成完了。
その時、戦術情報表示が「反撃の鍵」が完成したことを告げた。これで奴の魔法円に施された暗号化術式を密かに解除し外部から侵入。制御を奪う事が出来る。
「賢者ググレカス!」
妖精メティウスが小さく叫ぶのを合図に、攻めに転じる。
「俺の結界の秘密を理解されたところで、全て……破れますかな?」
メガネの中央を指先でくいっと持ち上げる。
「何ィ……?」
老魔道士が怒り混じりの、やや訝しげな表情を浮かべた。
俺は『賢者の結界』を更に内側から重ねて励起する。
玉葱の皮のように、キャベツの葉のように、内側から何枚も、何枚も、破れた分を上回るほどに、重ねてゆく。
「バカな、貴様……結界を一体、どれ程重ねられるのじゃ!?」
8枚、10枚、14枚……20枚。
そして36枚、50枚……と。
結界は実体化寸前まで重なり合い、まるで分厚いガラスのようだ。向こう側の景色さえ歪み始めている。
「どうした? 破るんじゃなかったか? 俺の結界を」
不敵な笑いを浮かべると俺は、ずいっと前に進み出た。
敵のオレンジ色の腕による連撃を、結界の壁で押し返す。ギィン! バギィン! と小槌で金属を殴りつけるような凄まじい音が響く。だが、怯まずに進む。
「きっ……貴様ぁああああ!?」
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが、額に青筋を浮かべて全力攻撃を開始する。
灼熱の鉄のような腕の連打の速度が上がる。連打により表層の結界が破れ、バリンバリンと音を立てて砕けてゆく。
だが、破れた分を上回る数の結界を内側から展開し、その分を補う。
「砕けても、また生成できますよ、ほら、ほら……」
「ふざけるな、おぉおおお!」
一心不乱に魔法の腕を動かして殴りつけては『賢者の結界』を砕く。衝撃音と光、ガラスが砕けるように結界が砕け、霧散してゆく。
砕かれても、砕かれても、内側から新たなる『賢者の結界』を生み出して重ねてゆく。
「今日は調子がいいんです。十分に休息をとっていたのでね。あと1000枚ぐらいの結界は、余裕で張れますが……?」
「ハァ、ハァ……防御……結界だけで……こんなっ……!」
老魔道士が狼狽する。俺は逆に一歩、また一歩と威圧的に近づいてゆく。
魔法力は潤沢だ。満ち溢れる魔力を「使い慣れた」結界に注ぐのだから疲労感も感じない。防御の手段を攻撃に使うという、極めて珍しい戦法。だが相手は攻撃をする度に確実に魔力を消耗してゆく。
強固な防御という結界の特性を活かせば、攻撃を上回ることさえ可能なのだ。
これで援軍がくる時間も稼げるだろう。
「くっ……!?」
ついに老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが一歩、後ろに下がった。
「どうなされた? そろそろお疲れですかな?」
俺は腕組みをしてニヤリと笑ってやる。
「ぬかせ……! 卑劣な! 恥を知れ! そこから出てこい、魔法を撃ち合え! 結界の内側に引き篭もりつづけるつもりか……隠者な賢者め!」
「フハハ? なんとでも。ここから貴方の間抜け面を眺めるのは、実に面白い」
久しぶりに下衆な笑みを見せつけて、更に挑発する。
「あぁ、もう賢者ググレカスってば」
妖精メティウスが呆れ苦笑する。
「貴ッ……様ぁああああ!」
血管もブチギレんばかりの形相で老魔道士が叫んだ。完全に挑発に引っかかった。既に老魔道士の意識は攻撃にのみ向いている。
そこで地面ギリギリを這うように、素早く隠蔽型魔力糸を差し向ける。そして老魔道士が展開しているオレンジ色の魔法円に接続。魔法円を制御している術式に侵入し紛れ込む。
「こうなれば前言撤回じゃ。不本意ながら同時攻撃が上策じゃ……!」
老魔道士が、左右で身構える仲間に目配せする。
「……やれやれ、老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンともあろうものが、1対3で仕掛けるおつもりか?」
「黙れ。目的は貴様が隠し持つ秘宝! 魔法文明の叡智を宿す『賢者の石』じゃからのう……! やれ、ノーレシアン、カイデルハイン!」
「ご老体、最初からそう申し付けてくだされば良いものを」
「アハハ! 待ってましたぁあああッ!!」
ノーレシアン、カイデルハインと呼ばれた手下の二人が攻撃に移った。青年魔法使いは円形の氷の刃、そして女魔道士はジャンプしてキックの体勢に。
その時だった。
索敵結界に幾つかの小さな光点が、教会の周囲に出現した。
――来たか?
<つづく>




