再戦、老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーン
「思い知らせてくれるぞ、若造」
余裕の笑みを浮かべると、老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンは、右手に持った杖で足下の地面を突いた。
オレンジ色の魔法円が波紋のように地面に広がり、無詠唱で魔法を励起する。魔法の杖にはあらかじめ高速詠唱の呪文が仕込まれているのだろう。
同時に左手を此方に差し向けると、暴風のような勢いで魔力波動を放った。
青黒い竜巻のような力の渦が、賢者の結界に衝突する。
「いきなりのご挨拶だな」
「相変わらず、結界だけは上等じゃの」
ギィン……バギィン! と、金属を弾くような音が立て続けに響き、閃光が目前で炸裂する。後ろに居たモノレダーとスカーリが驚き身を伏せる。
まずは挨拶代わりのジャブ程度の攻撃だ。戦闘出力で展開中の『賢者の結界』の表層で防御する。
此処から先、油断はしない。
相手は変幻自在の『古の魔法』を使う術者だ。物理攻撃は通じず、おまけに強固な結界を持ち対魔法防御力も高い。
しかし俺も十分な準備を重ねてきた。
オートマテリア・ノルアード公爵との初遭遇以来、実に1年ちかい時間をかけて研究し開発した『対・古の魔法』がある。
チュウタに掛けられた『古の魔法』の呪詛も解呪し、効果も実証済みだ。更に自律駆動術式化して高速詠唱にも対応済。
つまり――『古の魔法』は無力化できるのだ。
「では、まずはじっくり痛めつけ、思い知らせてから頂くとするかの?」
「出来るものならな」
老道道士が片眉をゆっくりと持ち上げる。
「おぬしは、後手が好きなようだが……余裕のつもりかの? 魔法戦闘において先手は必勝、反撃すらままならず死ぬのがオチじゃ」
「生憎、結界術が自慢でね。破れないと悟らせれば相手は諦めてくれるかと思ってね」
「そうかの? ワシは寧ろ、そのスカしたメガネを結界ごと叩き割りたい衝動に駆られておぞ……!」
ニィとオールバックの白髪の紳士の顔がゆがむ。
「血の気の多いジィさんだ」
「……頃合いじゃ、死ね!」
オレンジ色の魔法円の円周部から、ドウッ! と不気味にゆらめく「腕」のような影が出現。
鎌首をヘビのようにもたげると、こちらに狙いを定め、凄まじい勢いで連打を浴びせてきた。
ガガガ! と連続的な衝撃が襲いかかった。
「ぐっ、これはまた……強烈な衝撃だ」
「賢者ググレカス! 敵の魔法特性を解析開始しますわ……!」
「どうやら、半実体を持つ魔力糸の塊らしいな」
「構成術式は解析中! ですが、結界を物理的に破壊してくるタイプの魔術ですわ」
「ほれほれ、どうした? 何も出来ぬのか?」
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンが言うとおり、俺は「後手」の魔法使いだ。
敵の魔力の波動を検知し、展開された魔法円を読み解き、魔法術式の断片を解析する。それらを逆手にとり対抗術を見つけ出す。だが、どうしても序盤では防戦一方の展開となる。
オレンジ色の腕が10本、連続で殴りつけてくる。
「く……『賢者の石』を強奪するおつもりか?」
「左様。しかし……丈夫な結界じゃ。どこまでもつかの?」
ギュドガガガ! と連続のパンチのような攻撃が繰り返される。
横から眺めれば、不気味なオレンジ色の腕が無数に殴りつけているように見えるだろう。
俺から2メルテ前方で、見えない壁がそれを受け止めてはいるが、衝撃を受けて悲鳴のような軋み音を発する。
――警告、結界第一層、耐久限界! 消失!
「賢者ググレカス! つづいて、第二層も砕けますわ!」
「……まだまだ」
と、その時だった。
――警告、識別不明接近:数15
――警告、うち数名から高密度の魔力反応を検知!
「教会が包囲されているのか、それに、新手の魔法使いもいる!」
「あちこちで、衛兵さんや警備兵さんたちが戦っておられますわ!」
妖精メティウスが賢者のマントの襟首の内側から、あたりを見回して叫ぶ。
教会の周囲では戦闘が始まっていた。
眼前に浮かんだ『戦術情報表示』には、敵を示す赤い光点がいくつも点灯していた。
『接敵』『戦闘中』『戦闘不能』と、様々な警告表示が重なり、敵と味方を示す30人ほどの光の点が激しく入り乱れ、戦いが行われていることを示している。
――接近警報! 敵3体接近!
突然『戦術情報表示』が敵の接近を告げ、方向を矢印で示す。
教会脇の小屋の影から飛び出してきたのは、前傾姿勢で二足歩行をする魔物だった。数は索敵結界で検知した通り、3体。
距離は10メルテほど離れているので観察する余裕もある。何よりも、老魔導師の強烈な魔法攻撃の正面に飛び込んでくれば自滅するだけだ。
「む……!?」
現れた魔物は、四肢があり前傾姿勢で走り回り、手には短い剣を持っていた。
魔王城周辺に生息していた小鬼に似ているが、全くの別物だ。髪はなく灰色の肌に、爛々と光る赤く丸い獣のような瞳。かろうじて人間の姿に似ているが見たこともない新種の魔物だった。
「賢者ググレカス、あの怪物たち……識別不能ですわ?」
「おそらく人造生命体だ」
『キキキ……!』
『ギァア……!』
短い声で威嚇するように鳴くと、剣を振り上げこちらに向かって近づいてきた。
「まて!」
だが、警備兵たちが魔物を追いかけてきた。
人数は4名。軽装の部分鎧を身につけて、取り扱いやすい中型の盾と片手持ちの短剣を装備している。追いすがり短剣で斬りかかった。だが、魔物たちは素早く跳ねて攻撃を避けた。逆に剣を振り回して反撃する。
『ギッアァア!』
「素早い猿のようだ、二人一組で対処せよ!」
「教会に近づけるな!」
「魔法援護を要請! 魔法兵はどうした!?」
警備兵だけでは手に負えない。
モノレダーがつぶやいていた王国軍の「特戦群」とやらはどこだ?
「メティ、教会内のノルアード公爵の様子はどうだ?」
「窓から外を窺っているようですわ」
「そうか」
襟首の後ろ側から、妖精メティウスはちょこんと顔を出して背後を目視で確認する。こういう場面で、背後などの死角をカバーしてくれるので有り難い。
「公爵様は私達が!」
モノレダーとスカーリ、二人の特別補佐官が背後から素早く動いた。
教会内の礼拝堂に駆け込んで、ノルアード公爵を「護衛いたします!」と言いながら左右を固め目を光らせる。加えて、別の補佐官2名も別の入口から合流したようだ。
4名で囲み警戒を怠らない。
「さて、魔法解析も終わったな、反撃と」
「賢者ググレカス! 新手ですわ!」
「やれやれ、いいところなのに」
老魔道士ガードルフハイデルン・ザッハ・リードバーンの真横に、黒い霧が集まると、2つの影が凝固し、人の形を成した。
「――長老、手こずっておいでか?」
「――フフフ。あれが噂のメタノシュタットの賢者? 随分細いのねぇ」
姿を見せたのは、貴族服のロングバージョンを着たハーフエルフの若い青年魔法使いと、腕組みをしたままの姿勢で不敵に笑う、いかにも肉弾戦が得意そうな金髪の女だった。
「ワシの愉しみを取るでない、こやつの結界を分析中なのじゃから……のぅ!」
ビギィ! と一気に2枚の結界が砕け散った。
「ぬ……!?」
<つづく>




