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 駆け引きと、偽の賢者の石

「賢者ググレカス、貴殿も私と同じように最愛の子を失えば、蘇生や人造生命体(ホムンクルス)への魂の移植(・・)を、本気で考えて下さるのですか?」


「自分が何を申されているかお分かりか、ノルアード公爵殿!」


 オートマテリア・ノルアード公爵は、明らかに冷静さを失っている。


 教会の礼拝堂が緊迫した空気に変わる。


 外で待機している警備隊や王国軍所属の魔法使いは、建物内の音声を魔法で盗聴していると考えて間違いない。

 あらゆる魔法防御をこなす『賢者の結界』が展開している関係で、魔法による外部からの集音は阻害され、音質は大幅に劣化しているだろう。

 だが、これ以上公爵が取り乱すようなら、話し合いは中断。下手をすると制圧部隊が突入してくる事にも成りかねない。


 一旦、この話題から離れてクールダウン。時間を置いたほうが良さそうだ。


 王国の魔法使いとして、姫の『懐刀』として、今こそ知恵を絞り切り抜けてみせる。


 もう、失態は繰り返したくない。


「落ち着いてください、ノルアード公爵」


 俺は真剣な眼差しで相手の意見を聴き、頷きながら相手の落ち着きを取り戻そうと試みる。


「あ、あぁ……。すみません、賢者ググレカス殿。私としたことが、また……取り乱してしまった……失礼いたしました」


「お気になさらず。ご子息様に不幸があったばかりでは、誰しも冷静ではいられますまい……。我が子を蘇らせたい、というお気持ちも十分にわかります。ですが、今ここで私が何かしらの助言や、ましてや蘇生の魔法の知恵など、提供できるわけもありません」


「それは……そうかもしれません」


 正攻法の理論が功を奏したのか、ノルアード公爵は息を整え、やがて冷静さを少し取り戻したように見えた。

 

 どうやら情報を訊き出すための演技ではなく、本心から蘇生の魔法を見つけ出したいという信念が彼を駆り立てているように思えた。


 オートマテリア・ノルアード公爵は胸の内の考えを明かし始めた。


「魔法の……可能性に賭けたのです。止まった心臓を動かす『蘇生』が出来たとしても、魂を……心を取り戻せるとは限らない。ならば、彷徨える魂を招霊し、いくらでも創れる『人造生命体(ホムンクルス)』という肉体の器に、魂を移し替える手法を考えました。だが……それは憑依であって、再生とは違う」


「そんな事を研究されていたのですか」


「えぇ。最後は……魂と記憶を完全な形で『転生』出来ないかと考え、探し求めました」


「では、ゾルダクスザイアンの活動が活発になったのは、公爵殿の指示なのですか?」


「それは違います。逆です」

「逆?」


「私は西国ストラリアの『千年墓所』で、息子の遺体を特殊な『冷止(コールド)形態維持魔法(ソノマーマ)』により保存しました。そして四方手をつくし、自らの手で魔法の知恵を集め始めました。しかし……、調査結果をゾルダクスザイアンの一部『急進派』が嗅ぎつけ……私より先に成果(・・)を得ようと動き始めたのです」


「なるほど……納得がいきました」


 すると妖精メティウスが耳元で囁く。

「賢者ググレカス、公爵様の仰ったことは、つまり」

「あぁ。急進派による、先回りなのだろう」

「まぁ?」


 ロベリー女史の体内に埋め込まれていた『記憶石(メモリア)』を奪おうとした者、ルーデンスでの襲撃も。急進派とやらの仕業だと結論が出ている。


 つまり――()は、オートマテリア・ノルアード公爵とは別の一派、ゾルダクスザイアンの『急進派』勢力ではないか?


 いや……だが、待てよ。


 今まで「軽挙妄動」で痛い目を見てきたのだ。

 結論を急がず、ここは慎重に振る舞おう。


 ノルアード公爵自身が、ゾルダクスザイアンの『急進派』に情報を流し、事件を起こさせた上でメタノシュタット側の懐に入り込もうと、大掛かりな「罠」を仕掛けている可能性もゼロではないのだから。


 俺がノルアード公爵にとっては「同じ穴のムジナ」に見えるのだろう。あるいは取り入りやすい「愚か者」と思っての事ならば、尚更好都合だ。


 徐々にこちらのペースに巻き込んで、意図を見極めるのが上策だ。


「魔法の可能性として、非常に興味深いお話です。蘇生、再生、転生。この話題は、公爵殿が所属するゾルダクスザイアンのみならず、我々の魔法協会でも大いに議論されるべき話題です。ですが……この場ではお控えください。今日はまず、新しい両国の関係を模索するための事前接触のはずです」


「……そうでした、私の使命。このメタノシュタットの地に再び赴いたのは本来、我が西国ストラリア諸公国の大使として、貴国と水面下で接触を図り、国交の回復への道筋を見つけることです」


 かつては国交があり交易も行われていた西国ストラリア諸公国とメタノシュタット王国は、現在では交易が中断している。

 特に西国ストラリア産の高級なバックや装身具などは貴族に人気が高く、早急な交易の再開が望まれていた事も今回の「非公式」接触がセッティングされた要因の一つに挙げられる。


「ならば、私がこの後すぐに外務省や王政府に掛け合いましょう。こう見えましても、姫殿下直属の魔法使いになったのです、口利きぐらいはできますよ」


「感謝の意を示します。賢者ググレカス殿。出世なされたのですね」


「ははは、それほどでも」


 外交官の顔となったオートマテリア・ノルアード公爵と、ようやく普通の握手を交わす。


 俺と妖精メティウスはホッと胸をなでおろした。


「最後に一つだけ……。蘇生の魔法を、メタノシュタットの魔法使いは、誰も、本当にご存じないのですか?」


 やはり、まだ諦めきれないようだ。


「蘇生の魔法に関しては、私は聞き及んでおりません。ですが、例えば……今後『共同研究』という形で、ノルアード公爵とメタノシュタットの王立魔法協会で検討し、探求する手もあるやもしれません」


「共同研究……」


 公爵はやや思案気味だ。時間がかかりそうだ、と思っているのだろうか。


「急いでも成果は得られますまい」


 ――今日は、ここまでか?


 と、その時だった。


『ヴェーッハッハッ! 余の力が必要ではないかな……!? 偉大なる知恵の源! この、ウルトラスーパーな存在たる、賢者の石! 儂に何なりと尋ねるが良い迷える哀れなる魔法使いよ』


 甲高い昆虫のような声が響いた。尊大な言い回しだが威厳など微塵もない。それはお手製の『賢者の石(偽物)』だ。

 妖精メティウスが慌ててポーチのほうへ飛んで行き、「静かになさい」と、蹴飛ばす。


「い、今の声は!?」

 オートマテリア・ノルアード公爵がハッとして辺りを見回した。俺は「しまった」という顔をして、やれやれと肩をすくめる。


「あ、あぁ……これは失礼。私の魔法のアドヴァイザーが、我慢しきれずつい余計なことを」


「アドヴァイザー? いや、違う、今……なんと申された? 賢者ググレカス殿。確か、『賢者の石』と……?」


「あー……えぇ、まぁ。その、一応『賢者の石』ではありますが……」


 驚き、瞳に危険な光を再び灯すオートマテリア・ノルアード公爵。だが、これは最初から想定内(・・・)だ。


 偽物の『賢者の石』。


 俺の魔法の力を低次元なものに思わせるための、欺瞞。


 狙う者がいればおびき寄せるための、餌。


 相手の真意を見抜くための、鍵。


 勿体ぶりながら、ポーチから黒い石を取り出して見せる。すると更に声が響き渡った。


『あぁ刮目せよ、儂こそが千年帝国(サウザンペディア)の栄光と知識の正統なる後継者……!』


「お、ぉおおお!?」

 公爵が、ワナワナと震えながら黒い石を見つめている。


「よく出来ているでしょう? 『記憶石(メモリア)』の一種で、自動応答(オートマタ)の魔法術式を仕込んでメモ代わりに造ってみたんですが……自分を『賢者の石』だと言い始めて……ハハハ」


「『賢者の石』!? 偽物……? いや……しかし、この気配(・・)はまるで……」


 封じ込められた悪霊が内側で渦巻く様子を見て、単なる『記憶石(メモリア)』ではないと、公爵は見抜いたのだろうか。


 『古の魔法』を使いこなす魔法使いでもあるノルアード公爵の目にはどう映っているのだろうか?

 次の行動は? 発する言葉は――

 

 見極めようとした、その時だった。

 

 外で閃光が瞬いたか思うと、爆音が響いた。衝撃で教会がビリビリと揺れる。


「なんだ!?」


 緊急の魔法通信よりも早く、ドアの外でモノレダー特別補佐官の叫び声がした。


「賢者ググレカス、敵襲です!」


<つづく>


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