ググレカスと偽物の『賢者の石』
空はいつのまにか曇り、風も出てきたようだ。
ワイン樽ゴーレム『フルフル』と『ブルブル』が牽く魔法の馬車『陸亀号』で緊急出勤だ。
賢者のマントをひるがえし、館を後にする。
折角の休み気分もここまでとは実に腹立たしい。だが因縁の相手からご指名とあらば受けて立つしか無い。
「賢者ググレカス、無事に帰って来ませんと」
「わかっているさ。頼んだよメティ」
「おまかせあれ」
金髪をポニーテールに結え、すこし凛々しい感じのドレスに着替えている。妖精メティウスなりの「戦闘モード」らしいが魔法の補助として助けてくれる相棒は心強い。
確かオートマテリア・ノルアード公爵も「使い魔」を連れていたはずだ。何を仕掛けてくるか分からない手合いだが、妖精の目と感覚も大事な戦力だ。
「賢者ググレカス、向こうからリオラ様たちがいらっしゃいますわ」
「おぉ? みんな……おかえり!」
王城脇公園の道に差し掛かったところで、娘達4人と鉢合わせになった。
馬車を停め御者席から降り、会話を交わす。
少し暗く憂鬱だった気持ちも吹き飛んで、思わず笑顔がこぼれる。
「ぐぅ兄ぃさん!」
「ググレさまー」
「ぐーぐなのデース」
「こんな時間から何処に行くにょ?」
リオラにプラム、ラーナにヘムペローザ。学舎での授業を終えて館に帰ってきた娘達は、俺を見るなり嬉しそうにしている。
「づまないが、ちょっと急用なんだ」
「ワシらより大事な用事があるとは驚きじゃにょー」
「仕方ないだろ……俺だって家でゆっくりしていたいよ」
本来なら館で出迎えてあげたいが、入れ替わりで出かけることになってしまい残念だ。
後ろからは少し距離を置いて騎馬衛兵さんがいた。こちらを見て姿勢を正し敬礼する。護衛しながら送り届けてきてくれたようだ。
「衛兵殿、送ってきて下さったのですか!」
「街で少しトラブルが有りましたので、ご一緒しました」
ちょっとしたトラブルがあった、とは言うものの皆に大事はないようだ。
「そうですか、でもおかげで無事だったようです。よかった」
「いえ、そんな……賢者様」
「感謝します、ありがとうございます」
「やっぱりぐぅ兄ぃさんは紳士ですね」
リオラがなんだか妙に感心したようにうなづく。
「そうじゃにょー、ワイン樽ゴーレムたちも礼儀正しく、可愛いしにょー」
「ですねー」
「ぐーぐの黒い髪はさらさらで、取れたりしないのデース」
「おいおい、なんなんだ?」
リオラやラーナ、プラムとヘムペローザが顔を見合わせて、くすくすと笑い微妙な顔をする。一体何があったのだろう?
だが、まずは先を急がねばならない。詳しい話は後で聞くとして、衛兵さんがきちんと対応してくれたことに改めて礼を述べる。
「すまんが、家で待っていておくれ」
4人が巻き込まれたトラブルとやらが、ノルアード公爵の手下や『急進派』によるものだったらと思うとゾッとする。
館の方を振り返ると、マニュフェルノが庭先で洗濯物を取り込みながら、こちらを見て手を振っていた。もうじきルゥローニィ一家も帰ってくる頃合いだし、『賢者の館』の方は任せて心配無さそうだ。
「……さっさと面倒事を片付けて、帰ってくるとしよう」
「そういたしましょう」
俺は妖精メティウスを伴って『陸亀号』を再び走らせた。
◇
待ち合わせに指定された場所は、王都メタノシュタット中心部から3キロメルテほど東に進んだ郊外にある一軒の教会だった。
家々もまばらな広葉樹の街路樹と野菜の畑に囲まれた、小さな教会。
目的地の場所はその礼拝堂だ。
既に周囲には物々しい警備が敷かれていた。
索敵結界で周囲100メルテをざっと感知しただけで30人ばかり配置されていた。
戦術情報表示に映っているのは、のどかな風景には似つかわしくない物々しい警備体制だった。
まず、寂れた教会の周囲をぐるりと取り囲んでいるのは、黒服の公務員達だ。
隣家の庭先、薪小屋の影、街路樹の後ろなどに身を隠しつつ、一般人を装った内務省の特務事案補佐官や、軍の諜報部、魔法協会からの助っ人などが取り囲むようにして警戒に当たっている。
教会の脇には、形の違う黒塗りの軍用馬車が2台、堂々と停車していた。
1台は4頭立てでメタノシュタット王国軍のもの。客室の中には、武装した魔装特殊急襲部隊(MSAT)の精鋭隊員が6人ばかり潜んでいる。
万が一の事態に備えての警備、ということだろうが違う意味もありそうだ。
一つ目は、礼拝堂に既に到着しているノルアード公爵の護衛。
二つ目は、外部勢力からの攻撃に対する警戒。
三つ目は、ノルアード公爵自身への警戒。
警備に当たる隊員たちは、双方向に注意を向けねばならないので、かなり大変だろう。
2台目の馬車は、やはり黒塗りの大きな馬車。西国ストラリアからの使者であることを示す天馬が描かれた紋章が飾らている。馬車はノルアード公爵の持ち物で、装飾もついた立派なものだ。
馬車を牽引するのもただの馬ではない。真鍮製のケンタウロス型のゴーレムが二体。
『キリリ……!』『クリリ……!』
金属質な音で嘶くと、まるで生きた馬のように滑らかに動く。節の数を数えただけでも数十もある、かなりの高度な魔法制御による芸術品のようだ。
俺はその馬車の真横に横付けした。
「着いたぞ」
『フルフル』
『ブルブルッ』
「よーし。いい子で待っているんだぞ。ケンカしちゃだめだぞ」
ワイン樽ゴーレム達は、隣の真鍮製のピカピカのゴーレムを気にしているようだ。
「賢者様……!」
「お待ちしておりました!」
教会の入口では、黒服の特務事案補佐官が二人待っていた。金髪の青年モノレダーと、キャリアウーマンな感じのスカーリ女史だ。
「オートマテリア・ノルアード公爵が中でお待ちです」
「わかった。では、ご対面といこう」
「何かあれば、魔法の通信、あるいは声でも構いません。すぐに援護に向かいます」
スカーリ特務事案補佐官が眉間に皺を寄せたまま早口で言う。
「スカーリ。賢者様なんだから僕達よりも身を守る術をお持ちだろう」
「でもモノレダー、相手はドラゴンに変身する怪人よ? 用心に越したことはないわ」
「大丈夫。任せてくれ」
俺は今回、念のためにあるアイテムを腰のポーチに忍ばせてある。
偽物の『賢者の石』だ。
指で取り出して確かめると、直径三センチメルテほどの黒い水晶球だ。
「賢者殿、それは……?」
と、モノレダーがまっすぐに見つめたまま小首を傾げる。
「ノルアード公爵が欲しがるかもしれないからね」
俺は二人の特別補佐官に手を振って、教会のドアに向かって歩き出した。
『賢者さま! いやぁ、実にいいお天気で!』
甲高い、虫の羽音のような声が響いた。途端に黒い球体の表面に赤と白のマーブル模様が蠢き、髑髏のような不気味な文様が浮かびあがった。
「久しぶりだなプロシキアン・コーラル。いや『賢者の石』」
『はい、お呼びでしょうか! わたくし『賢者の石』です!』
「うーん、胡散臭い」
『そう言われましても……』
直径3センチメルテの隔絶結界に封じ込めた千年前の亡霊、プロシキアン・コーラルの成れの果ては元気そうだ。
世界樹の生まれた土地、ヒカリカミナの『門番』として太古より命脈を繋いでいた存在は、曖昧ながら本物の千年王国の知識を有している。
とはいえ既に大半の知識は失われ、ぼんやりと覚えている程度。実用的な「魔法」「技術」などは何ひとつ覚えていない「ポンコツ亡霊」だ。
「今日は仕事があるかもしれないぞ」
『なんなりとお申し付けくださいね!』
<つづく>




