オートマテリア・ノルアード公爵の蠢動
【作者よりのお詫び】
月末~月初めは帰宅が猛烈に遅くなり
執筆が若干不安定となります。
ご心配をおかけしますが、書いてはいますのでご安心を。
『――リッヒタリア王国のオートマテリア・ノルアード公爵は、身の安全を保証することを条件に、情報提供を申し出たのです』
王国軍の作戦参謀長代理、ローウェン・バージット中佐は水晶球通信の向こうで表情を険しくした。
「信じられない話だな」
お人好しな俺も半信半疑だ。
『――我々も全面的に公爵を信じたわけではありません。ですが、彼が提供してくれた情報により、王都近郊に潜伏していたテロリストのアジトを突き止めました』
「どうだがな。末端の手下二人と、使い捨ての人造生命体が数体……。それを手土産に自らの信用を得る腹積もりでは?」
奴とは浅からぬ因縁がある。真意が分からない以上、懐疑的な見方になる。
『――我々も分析はしています。ですが、アジトを捜索して得られた情報はゾルダクスザイアンの全容解明に役立つ重要な資料でした。真贋はこれから見極めますが、更に貴重な情報を更に得られるチャンスとあらば、活かさない手はないのです』
「それは理解しますが……。この情報を私に公開したということは?」
なんだか嫌な予感がする。
『――はい。オートマテリア・ノルアード公爵が賢者ググレカスと直接、話をすることを所望されておられます。内々に何か相談があると申されておりまして』
「相談!? おいおい、何を企んでいるんだ?」
人生相談じゃあるまいが……。面倒事にも程がある。
下手をすると相手は敵組織の大ボスだ。
裏で糸を引く黒幕と一対一で対話をしなければならない。
これから夕方にかけてのんびりして、夕飯を食べてのんびりして、後はのんびりと寝ようと思っていたのに……。相手は『古の魔法』の使い手だ。下手をすれば命がけの魔法戦闘にもなりかねない。
『――これはスヌーヴェル姫殿下の「懐刀」と称される賢者様にしか出来ない職務。有給の最中ではありましょうが、引き受けてくださいますか?』
「うぬ……う、そう言われては……仕方ない」
『――さすがは賢者様。では、承諾を得たことをノルアード公爵に伝えます。対話の方法は、向こうから指示があります』
「あぁ」
オートマテリア・ノルアード公爵は数々の事件の裏で暗躍し、糸を引いていたと目される黒幕だ。
魔法使いの秘密組織、ゾルダクスザイアンの大幹部と目されるが中でも『穏健派』だという。
だが、ヤツは実に巧妙で用心深い。
数々の事件でも何一つとして直接的に関与した事を証明する物を残していない。
世界樹で起きた数々の事件、プルゥーシアの最強魔法使い『氷結のキュベレリア』が再生し暴れた王都テロル事件。
それらは王政府による調査の結果、魔術秘密結社『ゾルダクスザイアン』、急進派勢力によるものだと結論付けられている。
オートマテリア・ノルアード公爵はかつて、自らを『平和の使者』だの『天秤』とうそぶき『穏健派』と『急進派』の両方に影響力を行使している。
『――オートマテリア公爵は、今でも西国ストラリア諸侯国の事実上の大使です。かつて王城の広場で飛竜に変化し、空を飛んで逃げたのは事実ですが、外交的な非礼を除けば実質的な被害は何もないのです』
「確かに表向きは……な」
だが――。
オートマテリア・ノルアード公爵と、王城の貴賓室で話したことが思い起こされる。
――君は私が持ち合わせていない魔法を使っている。例えば『賢者の石』といった、そんなものを隠しているのでは?
俺の『検索魔法』の存在を疑い、謎の『賢者の石』という架空の存在を、俺が隠し持っているのではないか……と疑っていた。
賢者の石。
それは、神話時代にまで遡る千年帝国、栄光の魔法王国時代にあったと伝えられる伝説的な魔法の存在だ。無限の生命力と魂、永遠の命さえも手に入る……という究極の魔法道具。王立図書館の最深部に眠る、門外不出の秘蔵図書の一部に、僅かばかり記載されているに過ぎない。
無論、そんな究極のレア魔法道具など俺が持っているはずもない。しかし、ノルアード公爵は何故か俺が「持っている」と疑い始めているようなのだ。
だから俺はこういう事もあろうかと『ニセの賢者の石』をこしらえたのだ。
これも一つの切り札になるかもしれない。
更に王城のバルコニーで対峙したとき、ヤツと話した内容も決して忘れない。
――遠縁筋にあたる特殊な魔法の使い手、マニュフェルノを渡せ。
――プラムと名をつけている『実験体』もよこせ。
ヤツは平然とそう言い放った。
「断る! マニュフェルノは私の大切な妻だ! それにプラムは俺の子だ! 寄越せなど……二度とふざけた口をきくな!」
あの時、俺は本気でキレかけた。
魔法力を全身から放出し、戦うことさえ覚悟した。しかし、奴は翼竜に化けて悠然と空に舞い上がると、退いた。
『――連絡がつきました。公爵は東大通を馬車で移動中とのこと。既に内務省の特別補佐官らが展開中。軍からもこちらも諜報員、中央即応集団から工作人員を街角に配置し、万が一に備えます』
「わかった。これは、ヤツの真の目的を暴く最大のチャンスだからな」
俺は立ち上がると、急ぎ身支度を始めた。
<つづく>




