再び動き出した魔術秘密結社、ゾルダクスザイアン
通信用の水晶球が光を放った。
リビングダイニングには、西から斜めに光が差し込んでいる。時刻は3時を回り、マニュフェルノはキッチンのほうで鼻歌交じりにお茶の準備中だ。
「ググレカスです。本日は有給休暇15日目の消化中です」
水晶球通信に接続し、まずは自動応対魔法術式が、記憶した音声を返す。
それでも相手が諦めないところを見ると、緊急なのだろう。とりあえず秘匿回線にて音声と映像を双方向で通話する。
眼前に『戦術情報表示』が半透明の絵画のようにポップアップで浮かび上がった。水晶球とは魔力糸で接続しているので、館の敷地内であれば魔法の小窓を通じ通信可能だ。
『――賢者ググレカス殿、お休みのところ申し訳ない。王国軍統合作戦参謀本部、参謀長代理のローウェン・バージット中佐です』
「やぁ、こんにちは」
テキパキとした若い声が聞こえてきた。前回、連絡をくれたのと同じ若い将校からの通話だった。作戦参謀長フィラガリアの代理だという彼の顔は浅黒くイスラヴィア人との混血のようだ。
キリリとした眉の間にシワを寄せ、口を横一文字に結んでいる。
背後には忙しそうに動き回る作戦司令室の様子が見える。大型の『幻灯投影魔法具』がいくつも並び、様々な地図や映像を映し出している。
そこはかつて、超竜ドラシリア戦役で何度も見ていた王国軍の中枢とも言える部屋だが、時間の経過とともに通信や司令部としての機能が強化されているようにみえる。
「確か私の出番は無い、と申されていたのでは……?」
前回の通信では余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でそう言っていた気がする。
『――発言は撤回します。実は、ご相談せねばならない事案が発生しました。もちろん内務省の上層部、及びスヌーヴェル姫殿下のお耳にも入っている重要な事案です』
「なんだかただ事では無さそうですね」
ローウェン・バージット中佐の言葉に、思わず身構える。
『――今から2時間ほど前、メタノシュタット近郊において、敵勢力の活動拠点と思われる民家を中央即応特殊作戦群の特殊部隊が急襲しました』
「……なんと! 敵勢力とは……西国ストラリアの?」
『――はい。西国ストラリア諸侯国の魔術秘密結社、ゾルダクスザイアン。その中でも急進派と呼ばれる一味のアジトです』
「そうでしたか」
――秘密結社ゾルダクスザイアン。
その名を忘れるはずもない。目下メタノシュタット王国に対し、数々の策謀を仕掛けている異国の魔法使い達の秘密結社だ。
永遠の命や人造生命体の錬成法。古の魔法、千年帝国サウザンペディア時代の遺物に『世界樹』――。
あらゆる魔法知識や事象に対して貪欲なまでの興味を示す。
知識を得るために背後から手を回し、時には強硬手段すら辞さない。
『世界樹』に対する数々の干渉もその一つだ。間接的、直接的な情報収集を展開し、南国マリノセレーゼの地方宗教団体に手を回していたのも彼らだった。
記憶に新しいところでは、同じく南国マリノセレーゼの領海で遭遇した『闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロスト』だ。悪霊使いに成り果てて海を彷徨っていたのは、百年前に生存していた魔法使い。ストラリア西岸国家クラツールに属し「永遠の命」の探求者だったという。
更に、忘れてならないのは王都でのテロ事件だ。
極北の国プルゥーシアの魔法使い、氷結のキュベレリアを「再生怪人」として、王都中央での破壊活動を行った事件だ。
あれは、彼らの人造生命体の実戦投入実験だったと結論付けられたが、メタノシュタット王国にとっての「敵対勢力」だと明確に認識されるに至る事件でもあった。
それらはすべて、魔術秘密結社、ゾルダクスザイアンの急進派勢力によるものだと結論付けられている。
だが、組織の代表者、最大の容疑者であるリッヒタリア王国のオートマテリア・ノルアード公爵は今も行方をくらましたままだ。
『――七色プリズナー更生学園の襲撃、それにルーデンスから移送中だった大魔導師ラファート・プルティヌスの魔法術式の強奪未遂、どちらにも関与していたようです』
「彼らが今回の事件にも関与していた、と見て間違いないのですか?」
『――証拠も掴みました。現場に潜んでいたストラリア人の魔法使い二名を拘束し尋問中です。数体の武装した人造生命体は戦闘後に消失しましたが、現場から押収した資料や通信記録から関与は明らかです』
やはり王都内にアジトがあり、そこから戦闘用工作員としての人造生命体を送り込んでいたのだ。
おさらいになるが、『西国ストラリア諸侯国』はイスラヴィア王国よりも更に西、大陸の西側の果てに位置する国々の連合体の事を言う。
ガリアハン王国、リッヒタリア王国、イッツブルア皇国、ルフュッエル聖都市国家、神聖オヴァラハン、クラツール自由貿易都市国家、レロン市国。
それぞれ古い歴史を持つ伝統国家で、大層な名を冠してはいる。だが人口規模は小さく経済規模や軍事力では「小国」に分類される。経済力や軍事面では遠く及ばず、全てが束になってもメタノシュタット王国の三分の一にも満たないだろう。
それはルーデンス保護国や、イスラヴィア州領内に存在するオアシス都市カーニャン。あるいはドワーフの地下国家。そうしたちいさな国々と同じ規模の小国家郡とも言える。
もちろん、西国の国家全てがメタノシュタットに対して敵対的ではない。
あくまでも「魔法使いたちによるサロン」を発祥とした秘密結社、ゾルダクスザイアンが最も危険なのだ。だが実際は危ない連中を裏で支援し利益を得ているとも聞く。
イザとなれば切り捨てることも可能なテロリストは、都合が良いのだろう。
「しかし、随分とアジトの特定が早かったですね。メタノシュタットの諜報力恐るべし……といったところですな」
敵のアジトを見つけて急襲するまで、事件発生から1日ぐらいしか経っていない。
もし文章を『検索魔法』で調べれば更に早く見つけられたかもしれない。今更だが俺の魔法は、格好いい「正義の英雄(ヒーロー/」というよりは、影で暗躍する諜報や内偵向きなのではないか……という気がしないでもない。
『――実は、タレコミがありました』
「なんと? 一体誰が……?」
敵の内情を知る人物がアジトを教えてくれた、ということだ。
『――リッヒタリア王国のオートマテリア・ノルアード公爵です。情報提供と引き換えに、自らの身の安全を保証しろという申し立てがありました』
「なッ、なにぃ!?」
<つづく>




