襲来、ニセ・ググレカス
突如、南大通りに出現したのは、ニセ・ググレカスだった。
リオラが妹たちの身の危険を感じ発した「衛兵さん!」の叫びにも動じる気配はない。
珍妙な動きで人々の目を釘付けにする。
「やぁ! 僕は凄い賢者ググレカス!」
停車した馬車から降り立ったのは、ヒョロリとした青年。黒髪のカツラにメガネ。薄笑いを浮かべた軽薄な口元。身につけているのは青い色の薄っぺらいマント。
リオラやプラム、ヘムペローザにラーナ、本物の賢者ググレカスの家族である四人の女の子たちに、挑発するかのように妙な動きを見せつける。
「驚いて声も出ないかい? そりゃそうだよね! 有名な賢者様が目の前にいるんだから!」
ヘラヘッとした様子で同じセリフを繰り返す。
「なんだ……ありゃ?」
「おぃ、あれって……賢者……様?」
「なんか違うくないか?」
南大通りは元々人通りも多い。道行く人達がリオラの叫び声に足を止め、何事かと様子を窺っている。衛兵はまだ駆けつけてこないが、徐々に人垣が生まれつつあった。
しかし、偽物たちに怯む様子はない。
『ワイン樽ゴーレム』を真似た別の二人が手足をワサワサと動かして、ニセ・ググレカスの左右で踊る。
「ふるふるっ!」
「ぶるぶるっ!」
中の人は、顔が隠れるように樽を被り、両腕を樽の側面に開けた穴から出している。よく見ると覗き穴が正面に2つ開いている。
下半身は樽の底の部分からニョッキリと生えている。一瞬、全裸かと思ったが、全身に肌色のタイツのようなものを身に着けていたようだ。
「偽モノのぐぅ兄ぃさんに、ワイン樽ゴーレムまで真似るなんて……」
あまりにも出来の悪い偽物にリオラの顔から笑顔が消えた。
傾きかけた午後の日差しが、瞳に影を生じさせる。
「許さない」
楽しい放課後のひととき、皆と帰る楽しい気分も台無しだ。
確かに突然出現した偽物にはちょっと驚いた。けれど今、リオラの慎ましい胸の中に渦巻いている感情は、明確な「憤怒」だ。
「酷いにょ! 賢者にょはそんなアホ面じゃないにょ!」
ヘムペローザがたまらず文句を言う。
「すごく嫌な気分ですしー」
「面白くないのデース……」
哀れみと不快を口にする妹たちを背に受けて、リオラはポケットの中に手を入れた。
冷たい感触を指で確かめながら前に進み出る。
「それ……何の真似です?」
ニセ・ググレカスに対峙すると、リオラは相手を見据えた。制服のポケットに右手を入れたまま、静かに低い声で問い質す。
「どっ……どうって? ググレカスだよ! 偉い賢者……だよ?」
明らかに狼狽するニセ・ググレカス。マントをバサバサと広げて見せる。
「答えて」
「……!?」
リオラの静かで底知れぬ怒気を孕んだ声に気圧されたのか、二体の樽人間は顔を見合わせるとササッとニセ・ググレカスの背後へと逃げた。
返答次第では即、背後の馬車に「真っ赤な飛沫」が散ることになりかねない。
すると、馬車の客室から別の声が響いた。
「――大成功ぉおおお! ちゃっちゃらー♪」
再び黒塗り馬車の客室の横にあるドアがひらくと、綺麗な身なりの青年が降り立った。
貴族のご子息のような格好に、七三に整えられた金髪――。
手には『 大 成 功 !』の文字が書かれた看板を持っている。更に、手に持った看板を支える「木の柄」の先端には直径10センチほどの水晶球が光っていた。
「何にょ、あれ?」
「何が大成功ですー?」
再び、ヘムペローザとプラムが口をぽかんと開ける。
「はい、カット! カットォオオオ!」
リオラの前に看板を持った青年はそう言うと、ツカツカとブーツ底を鳴らしながら、リオラに近づいていく。そして看板を目の前に突き出して、キャッハハハ! と笑う。
「いや、君さ、全然ダメ! 何なの、そのつまらない反応! 田舎娘だからかな?」
「…………」
リオラの周囲の空気が凍りついた。
「もう少し驚くとか、感動するとか、キャー! とかさぁ、そういう反応してくれないと面白くないじゃん?」
「そうだよー、面白映像で文化祭を盛り上げる企画なんだからさー……空気読んでよー」
ニセ・ググレカスも肩をすくめる。
バサッと黒髪のカツラが地面に落ちた。正体は銀髪の青年だ。
二体のニセ・ワイン樽ゴーレム達は、再び小馬鹿にしたようにプラムとヘムペローザに近寄ってはまた離れていくを繰り返す。
「文化祭……? 高等学舎か何かですか」
「あ、俺ら北高の水晶球映像研究会! 面白動画をさ、この最新の水晶球『記憶石』で記録して上映すんの。ハイ、わかったら解散ー」
しっし! と『大成功』看板男が背中を見せた。
「そうですか……」
「なるほどにょー」
「そうなのですかー」
「生かして返すわけにはいかないのデース」
「なぬ……?」
一番辛辣な言葉を発した幼女ラーナの言葉に4人の若者たちが、ぎょっとして足を止めた。
彼らの持っている『水晶球』の映像には、少なくともリオラにヘムペローザ、プラムにラーナと、本物のググレカスの家族が映ってしまっている。
彼らの言葉が本当か、あるいは何か別の意図を持った何者かの行動かもわからない。
だから映像を持ち帰らせるわけには行かない――、とリオラ達は思った。
「チビちゃん、言葉には気をつけなよ? オレらさ……はぅあっ!?」
びちゅん! と何かが地面から跳ねて、看板男の股間を直撃した。それは丸い半透明の『館スライム』だった。色はピンクの個体で、ヘムペローザの鞄かラーナの背負い鞄に潜んでいたのだろう。
「オウッ!?」
思わず股間を押さえ、前かがみになる『大成功』の看板男。
目を白黒させて怯んだ。するとリオラがポケットから手を出したように見えた。
そして――次の瞬間。
ビギッ! と鋭い音がして水晶球にヒビが入った。
「えッ!? す、水晶球が……あぁっ!?」
看板の先に取り付けられていた記録用の水晶球に「クルミ」が突き刺さっていた。
親指の先程のクルミの硬い殻が突き刺さり、ひび割れている。亀裂は見る間に大きくなり、水晶球はバラバラと地面に砕け散った。
「頭に当たらなくてよかったです」
にっこり、とリオラが微笑む。
――指弾。
賢者の館で家事の合間に鍛錬し、身に着けた護身術の一つ。
素手で割る鍛錬のためリオラが普段から持ち歩いているクルミ。その殻を、指先で弾くことで、超高速の弾丸として撃ち出したのだ。
親指で弾き出すその弾丸の威力は、2メルテ以内の至近距離ならば、ココミノヤシに穴を開け、水晶球を砕くという。
「あ、あぁあっ……映像が!」
「ひぇええ!? 俺らの汗の結晶がぁああ!? なんで!? なんでクルミがぁ!?」
「今、空からカラスが落としていきましたね」
と、リオラが何食わぬ顔で空を指差す。
『大成功』の看板男やニセ・ググレカスは愕然として青ざめて、砕けた水晶球を見つめている。
すると向こうから騎馬衛兵2名が向かってくるのが見えた。リオラたちを確認すると、速度を上げ接近、取り囲んでいた見物人が慌てて道を開ける。
人垣が割れたところで馬を降り、颯爽と駆けつけた。
「お怪我はありませんか、皆様!」
「あ、はい」
リオラが助かった……とばかりに安堵の表情を浮かべる。
「怖かったデース……」
とスライムをぬいぐるみのように拾い上げて、泣きそうな顔で抱きしめるラーナ。
「危ないところでしたねー……あの人達がー」
「あと一歩遅かったら、リオ姉ぇが頭をカチ割っておったかもしれんからにょー……」
衛兵に聞こえない小声で囁き合うプラムとヘムペローザ。
水晶玉が砕けただけで済んだのは幸いだった。
「なるほど」
衛兵が証言と、現場の状況を見定めている。
女の子たちの只ならぬ怯えた様子、そして異様な格好の若者たち――。
明らかに悪戯をしようとしていたのか、事によると馬車に拉致しようとしていたのかもしれないと、衛兵は表情を険しくした。
「……事情はわかりました。その者たちを別室にお連れしろ」
「はっ!」
「えぇ!? ちょっ! 冗談……冗談だってば!?」
「それより器物破損! 水晶が! オレは貴族の親族だぞ!?」
「ふ、ふるふる?」
「ブルブル……!?」
若者4人は後から来た衛兵たちに肩を掴まれて、何処かへ連行されてしまった。
「要警護のご親族に手を出したとなると、別室での事情聴取が長引くかもしれませんな」
騎馬衛兵はそう言うと「ご自宅までお送りします」と言ってリオラたちに一礼、優しい眼差しを向けた。
「頼もしいにょー」
「ありがとうございます!」
屈強かつ十分に鍛錬を重ねた肉体、強い正義の意志と知性の宿る瞳。そして育ちの良さを感じさせる物腰。
王都防衛の任務を担う誇り高き衛兵に、こうして守られている安心感は、やはり格別だ。
リオラたちは帰路についた。
<つづく>




