高等学舎、リオラの波乱な日常
◆
リーンゴーンと終業のベルが鳴る。
空はまだ青く、夕方までには時間がある。
王立中央高等学舎の授業が終わった放課後――。
「あっ、あの……リオラさん……!」
「はい?」
金髪碧眼の男子生徒がリオラに話しかけてきた。
隣のクラスの……誰だっけ? とリオラは曖昧な笑みを浮かべる。
「この手紙、よかったら読んで下さい……!」
「えっ、いや……その」
「俺の今の気持ちなんで!」
顔を赤くして手紙をリオラに押し付けると、男子生徒はズダダッと走り去った。向こうで友人らしい他の男子生徒に抱きとめられて、フラフラと帰ってゆく。
「……困った」
またしても告白のラブレターだ。
「リオっち、また手紙もらったん?」
クラスメイトの女子生徒が肩をぶつけてきた。
「うん」
「読まずに返すん?」
「いやいや、それは流石に」
「持ち帰ってコレクションにするん?」
「うー……もう」
猫耳のクラスメイト、マリルーがにししと笑う。くりくりとした青い瞳とピンと立った猫耳が実に可愛らしい。彼女はクラスのアイドルで、明るくて人気の猫耳獣人ちゃんだ。
困り顔でラブレターをカバンにしまい込む。この手の手紙や告白はよく貰うのだが、ちょっと困っている。
何故なら自分は、皆から賢者様と称される――ぐぅ兄ぃさんの妹であり、お嫁さんなのだから。
もちろん皆には秘密だけれど、どうしてもクラスメイトの男子は幼く、頼りなく見えてしまう。
双子の兄のイオラが一緒に居たときは、自分がしっかり面倒を見なきゃ、と思っていた。けれど今にして思えば、クラスメイトの男子よりも余程頼りになった。
すると今度は、廊下の向こうから女子生徒二人が、ドタバタと駆け寄ってきた。
制服がロングバージョン。金髪と茶髪……は普通だけれど、学年でも「ヤンチャ」で有名な二人組だ。
「裏門から西高のヤツらが攻めてきた!」
「加勢してくれよ、リオラの姉御!」
「ちょっ……! 姉御ってよばないで!?」
「「サーセン姉御!」」
「私……妹たちを迎えにいくところなの」
リオラは困り顔で両手をフルフルと振って拒否。隣にいるマリルーも他の生徒達も何事かと注目しているし、姉御呼ばわりは困る。
「リオっち……強いもんね」
「しーっ!」
以前、マリルーが他校の男子生徒にナンパで絡まれて困っていたところを、見かねたリオラが助けたことがあった。
掴みかかってきた男子生徒に対して「やめてください」と軽く掌底。
腹部を押したつもりなのに「ぐはっ」と、口から何かを撒き散らし、泣きながら退散していった。
その様子をたまたま見ていたのが、このヤンチャな二人組だった、という訳。
それ以来「リオラの姉御!」と、まったく嬉しくないアダ名で呼んで尊敬の眼差しを向けてくるので困っている。
「妹……そうか、そりゃしゃぁねぇな」
「ちいっ! しかたねぇ、あたいらで迎撃だ」
「……ごめんね」
「リオラの姉……ちゃんと骨は拾っておくれよ!」
「う、うん?」
ヤンチャ女子生徒二人はロングバージョンの制服を翻して走り去った。背中の『王都上等』の文字と竜の刺繍は意味がわからない。っていうか、骨とか拾いたくない。
「リオっちはモテるねぇ……色んな意味で」
「もー、やめてよマリルー」
猫耳のマリルーと明るくじゃれあいながら、リオラは歩き出した。校舎を出るとマリルーと別れ、制服姿を見送る。
私服の上に青いローブに似た制服を羽織るスタイルは、初等も中等も、そして高等学舎でも変わらない。
それは、王都で暮らす様々な肌の色や髪の色、それに全人口の2割に達する亜人種も含めて「平等」に教育を受ける権利の象徴なのだという。
制服の導入は、聡明だと評判のスヌーヴェル姫殿下が制度化し、王国全土に広めたことでも知られている。今ではカンリューンやマリノセレーゼでも制度化されつつあるのだとか。
確かにクラスメイトの人種や容姿はバラエティに富んでいる。猫耳の半獣人やハーフエルフなど、リオラにとっては日常の光景でもある。
高等学舎の建物の隣にはメタノシュタット王立第三中等学舎の校舎、更に初等学舎の校舎も見える。それぞれ2階建てで6教室ずつ。庭木を隔てて「コ」の字型に建ち並んでいる。
三つの建物に囲まれた中庭は校庭と呼ばれる運動場だ。二百メルテ四方の広さがある。初等、中等、高等と共同で使われているが、放課後の今は高等部が使っていた。
校庭で肉体鍛錬活動(運動部)で汗を流す生徒たちを眺めながら、リオラは校庭の向こう側にある芝生の園庭へ向かって歩いてゆく。
「遅くなっちゃったかな……」
園庭は、青葉を茂らせた木々や、珍しい草花が植えられている。
そこは高等学舎の敷地内の「ミニ植物園」といった趣のある場所で、カップルがイチャイチャしたり、愛の告白をしたりする学舎でも注目の場所の一つだろう。
リオラは白い花を咲かせるつるバラのアーチをくぐると、キラキラと水を噴き上げる噴水、白い彫刻などのある園内を見渡した。
遠くから運動部の掛け声が聞こえてくる。
すでに何人かの生徒がいて、噴水わきのベンチに腰掛けて本を読んだり、カップルで仲良く散歩したりと思い思いに過ごしている。
「えぇと……あ、いた」
緋色の髪と黒髪の頭を見つけた。傍らにはもうひとり、小さな女の子もいる。
そっと近づくと、プラムとヘムペローザ、ラーナで間違いない。一足先に授業を終え、この園庭でリオラを待っていてくれたのだ。
けれど三人は茂みの方を覗き込んで、何やらコソコソと話している。
「にょほ……!」
「おー……」
「どうなるのデース?」
「……なにしてるの?」
「リオ姉、いいところに来たにょ!」
「風紀を乱す、告白なのですー!」
「人間の子孫繁栄の秘密デース」
ヘムペローザとプラム、そしてラーナが爛々と目を輝かせている。
生け垣のようになった立木の向こう、色とりどりのバラが植えられたエリアを覗いていた。
「えぇ……!? やめなさいよ、そういうの」
と、いいつつちょっと覗いてしまうリオラ。
茂みの向こうに見えたのはバラ園に立つ女子生徒二人と向かい合う、別の学舎の制服を羽織った男子生徒二人だった。
背中には『王都上等!』と竜の刺繍。
「えっ!? あれって……」
さっきのヤンチャ女子生徒だった。そして声が聞こえてくる。
「テメー! 用事って……こ、ここっ、こんな手紙……! 果たし状じゃないんかいオラァ!?」
女子生徒が顔を真っ赤にして、震える手で手紙を握りしめている。
「ちげーよ! 告白だよ! 言わせんなバカ!」
相手の男子生徒も髪をツンツンに逆立てた「ヤンチャ」系の生徒だ。仲間らしい小太りの男子生徒は腕組みをしたまま見守っている。
「つ、付き合うとか……バッ……バカかテメー!」
「は!? とりあえず俺と仲良くしろってんだ、アァ!?」
お互い顔を真っ赤にして睨み合い、言い合っている。実に青春の一コマだった。
バカバカしいほどにお似合いのカップル成立だ。
「……帰ろうか」
「そうじゃにょー……」
「プラムも勉強になったですしー……」
「あの後、子孫繁栄するのデース?」
◆
リオラにプラム、ヘムペローザにラーナ。姉妹四人で学舎を後にする。
「あとは買い物をして、街ぶらして、お家に帰ろっか」
「そうじゃにょー」
「今夜のご飯はなんですかねー」
「シチューがいいのデース」
いつもの日常。いつもの帰り道。
――の、はずだった。
馬車が行き交う大きな南大通りに出ると、一台の黒塗りの馬車が急停車した。
すると男が一人、客室から颯爽と降り立った。
「……! みんな!」
リオラは異変を察知し、身構える。
「――やぁ! 僕は超絶すごい賢者ググレカス……! 迎えに来たよ!」
それは、丸いメガネの青年だった。
青く安っぽいマントを身に着けて、両手を広げる。
取って付けたような黒髪が着地した瞬間にズレたのか、手で直す。
「え……えぇえ!?」
「にょ、にょぉおお……」
「おぉー……?」
あまりの事にリオラもヘムペローザも唖然とし、口をぽかんと開けるプラム。
「偽物デース?」
無垢なラーナが半眼で指差す。
偽物どころか偽物にすらなっていない。酷いレベルのコスプレだ。
更に追い打ちをかけるように、馬車の客室から『ワイン樽』が二体、降り立った。
「ふるふる!」
「ぶるぶる?」
「きゃーなのですー!?」
「にょほぉおおお!?」
それは樽から手足が生えただけの代物だった。それも全裸の人間の手足が。
二体の樽人間は偽ググレカスの左右に広がると、ワサワサと手足を動かした。
「衛兵さーんッ!」
次の瞬間、リオラは悲鳴のように叫んでいた。
<つづく>




