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 中等学舎、ヘムペローザとプラムの華麗な日常


 ◆


 リーンゴーン……と終業の鐘が鳴った。


「明日の授業は、王国史第4章から。宿題を忘れずに」


 女教師がよく通る声で教室に呼びかけると、「えー」と気だるい返事が返ってきた。「よろしい」と頷くと、髪をうず高く結った女教師は教室を出ていった。


 メタノシュタット王立第三中等学舎の教室に、安堵のため息と共に、一斉に椅子を引く音が響く。放課後の教室が、生徒たちのざわめきで満たされてゆく。


 午後の教室に差し込む光は眩しくて、空はまだ青い。

 そのまま帰るには惜しいという気分になる。


「これからどうするー?」

「アイス食って帰ろーぜ」


「新しい雑貨屋を見つけたの。魔法の品もあるのよ、行ってみない?」

「いいわね、行きましょう」


 仲の良いクラスメイトたちは帰り支度を終えると連れ立って教室を後にする。


 カバンにノートを詰め込んでいた一人の男子生徒に、二人のクラスメイトが声をかけてきた。


「フォルト、これからどうする? オレら南大通りに遊びに行くんだけど」

「あ、俺はいいわ。剣術の稽古があるから行かない」


 フォルトと呼ばれた男子生徒は即答する。青っぽい短髪で、妙に落ち着き払った目つきは、剣術の修行の成果により身に付けた自信なのか。


「なんだよ付き合いわりーな……」

「よせって。フォルトは六英雄が開いている秘密の剣術道場に通ってるんだぜ、な?」

「マジか、すげぇ!?」


「……まぁな」

 小さく微笑むと立ち上がり、教室を出た。


 六英雄の剣士ルゥローニィ・クエンス。猫耳の剣士(サーベリア)が師範をしているカーミヤ道場には、剣の腕を磨きたいという強い(こころざし)を持った若者が大勢集まってくる。

 騎士見習いに、王国軍戦士の見習い。護衛業者希望の若者、それに純粋に剣術の腕を磨きたいというフォルトのような少年も。

 修行は厳しいが、強い意志と共に自信もついてきた。


 フォルトが改めて背筋を伸ばし廊下に出ると、下校の生徒で溢れかえっていた。


 前から来た男子生徒3人とすれ違った。

 それは学年でも悪い評判の生徒二人――貴族の子息ガリルールと、王政府御用達の商人の息子メザシム――だ。


「……」


 その真ん中で左右から肩をガッシリと組まれて歩く小太りの生徒は何故か涙目で。隣のクラスの名も知らない男子生徒だった。


 嫌な感じがする、とフォルトは思い足を止め振り返った。


「なぁ、やれよ」

「い……嫌だよ……もう、出来ない」

「あぁ? 今死ぬかオラ」


 ドスドスと両側から脇腹を小突かれているのが目についた。明らかに何か悪さを強要されようとしているのだとわかった。


「今度は……あの女だ。『おパンツ丸見えマル秘映像』録画してこいや。転んだふりしてスライディングしろや、な……?」

「おまえ得意じゃねーか。ギャハハ……! 『記憶石(メモリア)』でバッチリ記録してこいよ」


 不良生徒のガリルールとメザシムが、小太りの男子生徒にけしかけているのは、女子生徒のスカートの中を覗くという、実にくだらない行為らしかった。


「そ、そんなの……できない……」


 小太りの生徒は明らかに嫌がっている。


 ――ばかげてる。

 

 フォルトの心に憤りとともに、正義の炎が灯る。ぎゅっと拳を握りしめる。


「いいから行けって、おら!」

 ドスドスと小腹を殴り、水晶玉を握らせると背中を蹴飛ばす。


「う、うぁ……っ」

 涙目になった男子生徒は廊下の前を歩く黒髪の女子生徒の背後からよろけながら近づき、廊下に転んでしまう。

 ガリルールとメザシムが、後ろから「やれ!」とけしかける。


 見かねたフォルトが「くだらないことはやめろ!」と、言いかけたその時だった。


「にょーっほっほっほ……!」


 廊下に高笑いが響いた。


「な、なん?」

「あっ……!?」


 ガリルールとメザシムが思わず声をあげた。

 それは、前を歩いていた黒髪の女子生徒が発したものだったからだ。


 清楚な白いワンピースの上に、青い学舎の制服を羽織った、黒髪の少女。

 長く美しい黒髪がふわりと揺れ、女子生徒が振り返った。それは、褐色の肌のダークエルフ・クォーター、ヘムペローザだ。

 黒曜石のような切れ長の瞳、口許には不敵な笑みを浮かべている。

 

 腕組みをしたまま、床にへばりついている小太りの男子生徒を、冷たい眼差しで睥睨(へいげい)する。


「ワシのスカートの中を覗こうとは、いい度胸じゃにょー?」

「あっ、あの、それは……」


 がし! と右足で、小太りの生徒が持っていた水晶玉を踏みつける。


「遂に現場を押さえたにょ。生徒会副会長(・・・・・・)のワシ自ら、囮になった甲斐があったというもんじゃにょー」


「ひぃいい……! ごめ、ごめんなさいぃい!」


 小太りの生徒が涙目で、廊下で丸くなった。


 いつの間にか、ヘムペローザの左右には金髪のツインテールの女子生徒と、プラチナブロンドヘアの男子生徒がスッと立っていた。

 それぞれ左腕に腕章をつけていて『生徒会』とある。

「女子生徒から被害届が出ていたのよ」

「ついに現場を押さえたぞ、スカート覗き魔め」


 ヘムペローザは後ろから手渡された腕章を、素早く左腕に巻きつける。

 腕章には『生徒会長(代理)』と誇らしげに書かれていた。


「引っ捕らえるにょ!」


「流石ヘムペローザ様だ……!」

「生徒会が立ち上がったんだわ……!」

 野次馬として周囲に集まっていた大勢の生徒たちから歓声があがる。小太り生徒は、生徒会の男子生徒に取り押さえられた。


「それと……主犯(・・)もじゃ!」


 ヘムペローザが右手を突き出し、不良生徒二人を指し示す。


「ちいっ……見つかった!?」

「やべぇ、逃げるぜ」


 ガリルールとメザシムが人垣をかき分けて、逃げ出そうとする。


「オラ、どけ!」

「じゃまだ!」

 だが、悲鳴をあげたのは二人のほうだった。


「っ痛たたた!?」

「いっ、痛てぇ!?」


「はい、捕獲したのですー!」


 緋色の髪の女子生徒が、両腕で男子生徒二人の腕をそれぞれ捻り上げていた。右手でガリルール、左手でメザシムを完全に動けない状態にしている。

 腕をつかんだまま、体格差のある二人の男子生徒の腕を半回転、ねじ伏せて廊下に片膝をつかせる。

「「痛ててて!?」」


「プラムちゃん凄い!」

「かっこいい……!」

 周囲にいた生徒たちから拍手と歓声が沸き起こった。


「はい、大人しくするのですねー」

「嘘だろ……!」

「痛い!?」

 すごい力だった。背中から突き出た小さな竜人(ドラグゥン)の羽根を、退屈そうにいちどだけ羽ばたかせる。


 フォルトは唖然としつつ、自分の出番が無いことに内心ホッとしていた。


「プラムにょ、良い仕事っぷりじゃにょ」

「ふーきいいんちょーですからねー」


 八重歯を見せて笑うプラムの左腕には『風紀委員長(・・・・・)』と書かれた腕章があった。


「てっ、テメー! 離せコラァ!?」

「こ、こんなことして、ただで済むとおもってんのか、アァ!?」

 二人のヤンキー生徒の剣幕に、周囲の生徒も顔を見合わせて不安気な表情を浮かべる。


「ニョホホホ……んー? 聞こえんかったにょぉ」

 ツカツカと歩み寄ってきた生徒会長(代理)――ヘムペローザがニィ……と邪悪なまでに可憐な笑みを浮かべる。

 そして、二人を見下ろしながら静かに指先を二人の方に差し向けた。


「な……にぉ!?」

「ちょ、え!?」


 次の瞬間、二本の緑の蔓草が二人を縛り上げた。ギュルル……と魔法の蔓草で二人同時に身体を二回りほど縛り付ける。


「「ぐぎゃぁッ!?」」


「……校内で魔法は御法度じゃが、時と場合によりけりじゃ。ワシは身の危険を感じ、やむなく拘束したのじゃからにょ」


 自信満々の表情で淀み無く言い放つと、周囲の生徒たちから拍手喝采が沸き起こった。


「風紀委員長もこの目で見ていたですしー」


 敬礼をして、二人の首根っこを掴んで立たせるプラム。すると駆け寄ってきた数名の『風紀委員』と腕章をつけた生徒たちが、観念したヤンキー二人を引っ立てていった。

 

「さて、放課後の掃除(・・)も終わったし、ワシらも帰るとするかにょ」

「ラーナを迎えに行かなきゃですしー」

「そうじゃにょー」


 ヘムペローザは黒髪を軽く振り払うと、白い歯を見せて微笑んだ。


<つづく>


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