賢者ググレカスの出番無し
数週間前、ルーデンス国内で発生したテロ事件――。
その首謀者、大魔道士ラファート・プルティヌスが使った呪詛毒、太古の霊魂の召喚魔法、憑依による擬似的な転生の魔法。
これら特殊で高度な魔法術式の断片を、メタノシュタット王国軍は回収していたのだという。
『――伝令馬車が襲われたのは、大魔導師ラファート・プルティヌスの魔法術式の記録を移送していたからだと推測されます』
「王国軍がラファートの魔法を? 何故……」
『――国防上の機密事項です。ググレカス殿であっても詳しくは申し上げられません。ですが、我々は知る必要がある。王国に害をなそうとする、あるいは脅威となりえる存在について』
「それは理解しています。言いたかったのは、どうやって移送の事実を知ったのか、と言うことです」
国防上、王国の危機となり得る特殊事案や、脅威となる存在について、様々な情報を収集、対策を講じるのが王国を守る軍の仕事だろう。だが情報自体が別の勢力に狙われたのだ。
つまり、西国ストラリア諸侯国の人造生命体戦闘員に。
『――我らが連絡員を各国、各地に配しているように、西国ストラリア諸侯国も潜り込ませているのでしょう』
「監視されていたということですか。そして、奪う機会を窺っていた、と?」
『――おそらく。そこで、ググレカス殿にひとつ確認をさせて頂きたいのです』
「何をです?」
『――ググレカス殿は魔法の分析に長け、一目置かれているのは承知しています。学卒の魔法使いとは一線を画す知識量と、魔法に対する分析力。王国内でも右に出るものが無い強固な結界術』
「誉めすぎです」
『ですね。土がつきました。先日のルーデンスの戦いでは、お力を存分に発揮できなかったようですが……我らの特殊急襲部隊が応援に到着するまでの間、未知の敵と対峙し互角に渡り合われていた点は高く評価されています』
「はは……そりゃどうも。で、何がおっしゃりたいのです?」
王国軍『中央即応特殊作戦群』の作戦参謀本部、参謀長代理のローウェン・バージット中佐もなかなか遠慮が無い。
流石は作戦参謀長フィラガリアの代理人。早朝からズカズカと遠慮なく斬り込んでくる。
『――失礼。気を悪くなさらないでください。ただ、ググレカス殿。貴殿も既に狙われるには十分な魔法の情報をお持ちだ、ということです』
「今更ですね。確かに私は大魔道士ラファートと対戦し、奴の魔術体系の一端を紐解いた」
だが狂った大魔導師の真似事などするつもりはない。魔法の知恵として溜め込んで、今後の戦闘に備えるだけだ。
『――個人で抱える情報としては些か、危険な情報でしょう』
そんなことを言われなくても、わかっている。もはや引き返せない修羅の道を歩き始めている事に。
「朱に交われば赤くなる。次に狙われるのは俺だ、と申されたいのですね」
『――その可能性は大いにあります』
昨日の『七色プリズナー更生学園のロベリー女史消失』そして『ホムンクルスの襲撃』。
同時に発生した『ルーデンス事件における魔法サンプル強奪未遂』。
これらはバラバラに見えて共通点がある。
すなわち『人造生命体』が関係していることだ。
ラファート・プルティヌスの人面疽の集合体による人体の擬似的な再生も、考えようによっては人造生命体の錬成過程を想起させる。
尤も、ラファート・プルティヌスの場合は、先祖の霊魂を召喚し憑依させ、太古の魔女――ラファート・ア・オーディナルへと変貌を遂げた自滅覚悟の術式だ。まともな人間なら使おうなどとは考えまい。
「また家族が狙われるのだけは勘弁してくれ。俺自身は兎も角、家族に何かあったら本当に困る」
警備の強化は頼んだが念押しをしておく。
『――ご安心を。警戒レベルを上げております。王都の中心部、しかも賢者の館に手を出すのは難しいでしょう。ですが……ご注意ください』
「わかっているさ。もう失敗はしない」
『我らも全力で敵勢力の捜索と、拠点の特定を急いでおります。それと……気休めかもしれませんが、王都にいる人材は豊富です。王国のために働いてくれる魔法使いや戦士は大勢います』
「たしかにな」
王国の守りの層は厚い。安心感がまるで違う。
『――賢者様の出番は今回はありません。我らもそのつもりで動いている。それをお伝えしたかったのです』
「ありがとう。そう願いたいね」
そこで通信は終了した。
「……なかなか面倒な事になってきた」
だが、ここは下手に動かない事にする。降りかかる火の粉から、プラムやヘムペローザ、家族たちを守ることに力を注ぐとしよう。
「ぐぅ兄ぃさん! 朝食の準備ができましたよ」
リオラが俺を呼ぶ声がする。
「あぁ頂こう、リオラ」
<つづく>




