清らかな朝と、不穏な知らせ
目が覚めた俺は、ゆっくりと上半身を起こした。
「うーん? 床で寝ていたとは……」
途端に黄色やピンクの丸い館スライムが何匹も、ぽてぽてと床にこぼれ落ちた。
愛犬のように俺を温めてくれていた……訳ではなく、魔力を吸いに集まっていたようだ。周囲には無数の館スライムたちが集結していた。
「うわ……生け贄みたいだな」
色とりどりのスライムたちはリンゴ程の大きさで、葉の上の雫のような形状。そんなシンプルな館スライムを主力に、とんがり頭のユニコーンスライム・シロ、色違いのクロ。上に伸びた髭が特徴のターンエースライムなど個性のある個体も増えている。
それらを率いているのは、カチューシャ状の冠を頭に持つメイドスライム。その分身として増殖中のチビメイドスライム軍団もいる。
『……コロー……』
『……ヤー……』
「だけどまぁ、寝心地は良かったな……」
スライムに埋もれても違和感が無いというか……。
時刻は朝の5時ぐらいだろうか。
チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえてくる。
窓から見える景色はすでに明るいが、白く霞んで見える。『三日月池』から生じた朝靄が立ち込め、昇り始めた朝日が照らしている。
書斎にある大きな寝台の上を覗くと、マニュフェルノとプラム、ラーナが仲良く気持ちよさそうに眠っていた。
いつの間にかヘムペローザまで一緒だ。
「確かに定員オーバだなこりゃ」
思わず苦笑するが、昨夜はマニュフェルノとラーナを抱きながら寝ていた。その後でプラムが潜り込んできて、更にヘムペローザも入り込んできた。俺はついに押し出されて、床に落下したらしい。
夢の中で衝撃を受けた気もするが……床下に居た無数のスライムがクッションとなり、そのまま寝ていたのだろう。有り難いやら恐ろしいやら。
とりあえず寝間着のまま階下に行く。
まだ皆は寝ている時間だが、ほんのりといい香りがしたからだ。
誰もいないリビングダイニングを通り過ぎ、キッチンへといくと、リオラがいた。エプロン姿で手には熱いものを掴むミトン。パン焼きの最中だったのだろう。
「おはよう、リオラ」
「あ、おはようです、ぐぅ兄ぃさん」
嬉しそうな笑みを浮かべ両手を広げるリオラ。栗毛の綺麗な髪が窓からの朝日で輝いている。
近づいて抱きしめて、朝のあいさつのハグをする。抱きしめると温かくて、なんともいい香りがする。
「……髪が立ってますね」
リオラが両手のミトンを外すと腕を伸ばし、面白そうに俺の髪を手ぐしで整えてくれた。洗面する前なので、寝癖でハネテル君状態か。
「目が覚めたら、床で寝てたしな」
思わず照れ笑いを浮かべる。
「あれ? 昨夜はみんな一緒に寝てたんじゃ……?」
「定員オーバーで押し出されたみたいだ」
「あはは」
「お陰でスライムに囲まれていたよ」
「もう。そういう時は……私のところに来てください。広いですよ?」
「お、おぅ……そうする」
「はい、待ってますね」
頬を両手で包みながら小声で囁くリオラに、朝からどきどきする。っていうか、今から二度寝したい。
「あ、パンが焼けます」
リオラは身を離し、パン焼き窯のほうへと行ってしまった。少し名残惜しいが、今朝も美味しい焼きたてパンが食べられそうだ。
とりあえず、顔を洗い、あとは暖炉の前に吊り下げていた鉄瓶にマニュフェルノ特製のハーブティの小さな「布パック」を放り込んでお茶を作る。
いろいろな香りとか効能とかによって分けて作っているものらしい。朝なのでローズマリーとペパーミントのブレンドにする。
リオラが朝ごはんの支度をしていると、スピアルノも起きてきた。挨拶をしてお茶を飲もうかとしたその時だった。
朝だと言うのに、通信用の水晶球が光を放った。
同時に水晶球と連動している『戦術情報表示』がポップアップで目の前に魔法の小窓を浮かび上がらせた。
「なんだ? こんな朝早くから」
ただならぬ物を感じる。緊急連絡というやつだ。
接続し、自分だけに聞こえるモードで再生、通話する。
「おはよう。早いですね?」
『――賢者ググレカス殿! 早朝より申し訳ない。私は王国軍の作戦参謀本部、参謀長代理のローウェン・バージット中佐です』
それは若い将校からの通話だった。作戦参謀本部といえば、冷徹かつ頭の切れるフィラガリア作戦参謀長が思い浮かぶ。だが、流石に24時間、365日勤務ではないのだろう。
「王国軍の作戦参謀本部から秘匿回線で直接とは……何事です?」
『――はい。王国軍『中央即応特殊作戦群』の作戦参謀本部よりの対応要請です』
「なるほど」
『――ググレカス殿は表向きは内務省勤務ですが、実態はスヌーヴェル姫殿下直属の近衛。この件を伝え、協力を仰ぐようにと指示がありました』
「一体何があったんです?」
『――ルーデンスに駐屯し防衛任務にあたってた部隊から昨夜、伝令馬車がメタノシュタットに向けて出立したのですが、草原地帯で襲撃を受けました』
「なんですって? 軍用馬車が?」
メタノシュタット王国軍の軍用馬車は装甲されたもので、見た目も物々しい。俺が愛用している『陸亀号』も軍用の試作馬車がベースだが、現在軍が使っているのは、まるで戦車のような代物だ。
それを襲うということは、盗賊のたぐいの仕業ではない。
『護衛の兵士数名と同乗していた魔法使い二名により、敵勢力を撃退。被害はありませんでした。その戦闘の際、数名の襲撃犯を捕獲したのですが……直後に消失してしまいました。正確には身体が黒い物質に分解したのです』
「ホムンクルスか……!」
『おそらく推察のとおりかと。昨日、王都内で発生した特務事案について、こちらでも情報は共有しています。国内に潜伏した、西国ストラリア諸侯国による、人造生命体の戦闘工作員とみて、間違いないでしょう』
今、国名をサラリと明かしたが、やはり西国ストラリアか。
しかし問題は何故襲われたかだ。
「ルーデンスから出発した伝令馬車が狙われた理由は……まさか!?」
『――はい。先日、ルーデンス国内で発生したテロ事件。その首謀者たる魔道士、ラファート・プルティヌスが使ったとされる魔法のサンプルと調査結果を護送中でした』
「な、なにぃ……!」
つまり狙われたのは転生の秘術……いや、おそらくは「太古の霊魂召喚による憑依」を目的とした魔法術式ということになる。
<つづく>




