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 茜色の空、募る想い


 ◇


 空はすでに茜色。


 夕日を浴びて染まる王城を背にして馬車で帰路につく。

 

 消滅した人造生命体(ホムンクルス)のロベリー女史。その体内に埋め込まれていた『記憶石(メモリア)』を魔法協会で分析した結果は、すこし拍子抜けするものだった。


 ――ロベリー女史の思い出、嬉しいことや哀しいこと、感情が記憶されている。


 初めに俺が言った推測と妖精メティウスの言葉が、結果的に正しいのではないか……という結論となった。


 数値の情報は、やはり生体反応(バイタル)に関するものと、血液の組成の変化と思われたが、当てはまる数値が割り出せなかった。


 それ以外にも何か隠されていたり、暗号化されていたりする情報ががあるのではないか、と勘ぐったがどうも違うようだ。


 肝心の「人造生命体(ホムンクルス)の錬成」に関する情報は皆無と言ってよかった。禁呪で秘中の秘なのだから、漏洩しないように痕跡など残してはいないだろう。


「どうやら、『記憶石(メモリア)』は感情の揺れを記録するための保管庫だったようだ」

「感情を? 何のために……?」

「人造生命体をより完全な人間に近づけるため、『感情』を与える研究をしていたんじゃないか?」

「でも、与えた命令だけを感情に左右されず、忠実に実行したほうが、軍用としては使いやすいでしょう?」

「他の目的は? 例えば……楽しく笑う人造生命体(ホムンクルス)にしたいとか」

「意味がわからないわ。奴隷でも調教したほうが早いわよ」


 魔法使いたちがサロンの中で、ああでもないこうでもないと、様々な意見を交わしあった。


 だが、おそらく大掛かりな組織――国家ぐるみで研究しているはずだという見解は一致した。

 個人レベルで、どうこうできる魔法ではない。

 設備に材料集め、魔法の専門知識に錬成工程。誕生後の育成や、更には外国へと送り出すまでの教育。どれを考えても大掛かりなものとなるはずだ。


 以上の分析結果は、明日じゅうに魔法協会から直接、王政府の内務省に届けてくれるそうだ。

 王城の地下にある魔法協会から、上部階層に位置する内務省のオフィスまでは、城内だけの移動で済む。情報漏えいの心配無く最も安心できるルートだろう。


 魔法の自動書記により、紙に文字列が書かれてゆくのを尻目に、俺は皆に別れを告げて、帰ることにした。


 レントミアは王城のすぐ近くに部屋を借りているのでそこに戻るらしい。

 いつでも遊びに来てね、と言われたので、そのうち「お泊り」に行くとしよう。


 それにしても――。


 魔法協会の中でも活発な魔法の研究サークルである、『三日月の談話室(サロン)』。

 俺もメンバーの一人にいつの間にか名を連ねているわけだが、チーム一丸となっての分析力と、魔法への探究心は実に凄いものがあった。


「大変でしたけれど、楽しかったのではなくて? 賢者ググレカス」


 妖精メティウスが金色の髪を風で揺らしながら微笑む。ずっと起きていたのでそろそろ眠い時間だろうか。


「そうだな、うん……。久しぶりに楽しかったな」

「それはよろしくて」

「あぁ」


 思わず素直に頷いた。


 サロンでは誰もが分け隔てなく、気さくに接してくれた。


 レントミアと同じく「ググレカス」と呼んでくれていた事も嬉しかった。今となっては空々しくもある「賢者」という肩書を、サークル内では誰も使わなかった。


 前回のルーデンスへの旅で限界(・・)を露呈した俺は、肩書に頼り、どこか油断していた自分の甘さに気がついた。


 一から魔法の修行をし直したい。


 そんな気持ちがもやもやと渦巻いていた。

 俺はまだ、まだ20歳かそのあたり。検索魔法(グゴール)で埋め合わせている知識を除けば、大層な魔法使いでは無いのだ。


 魔法協会会長のアプラース・ア・ジィル卿の白いあごひげと、泰然(たいぜん)とした落ち着き。全てを見透かすかのような深く、慈愛に満ちた眼差し。深い魔法の知識と考えを思い出すにつけ、その思いは増す一方だ。


 メッキで取り繕った魔法の輝きが色あせたとき、何も残らないことに俺は焦りを感じ始めている。


 今なら……まだ間に合うだろうか?


 ヘムペローザに偉そうに講釈を垂れる前に、まずは自分が一から、いやゼロから魔法について学ばねばならない気がしてきた。


 やがて王城公園の脇を抜けると、森の向こうに明かりの灯る館が見えてきた。途中で警戒に当たっていた騎乗衛兵たちとすれ違ったので、会釈する。

 

 夕飯のいい香りが漂ってくる。


「お家ですわ」

「疲れたな、メティも疲れただろう?」

「そうですわね。今夜はぐっすり眠りますわ」


 三日月池の縁に沿って、視線を遠くに向けると、「お隣さん」であるヴィルシュタイン家の邸宅も見える。

 夕映えの湖面に映る豪邸は、実に優雅な風景だ。


 今頃はチュウタも、夕飯の準備を手伝っている頃だろうか。


「お帰りでござるね、ググレ殿!」

「ルゥ、精が出るな」


 庭先にいたルゥローニィが、額の汗を拭う。

 馬車の速度をギリギリまで落とし、ゆっくりとガレージへと向かう。


「半分は、明日の朝のググレ殿のために、残しておいたでござる」

「そりゃありがとよ」


 薄暗くなり始めていた庭先で、ルゥローニィはパコパコと薪を割っていたようだ。

 横には小さな子供が二人いて、割った薪をガレージにちょこまかと運んでゆく。


「お手伝いか、えらいな、ニーアノ、ナータ」


「ググリーおかいりー」

「グググリおかえりー」


 猫耳のほうの男の子がニーアノ、犬耳の男の子がナータ。ルゥのところの四つ子だが、高速でドタバタと走り回っていると、誰が誰だがわけがわからなくなる。


 馬車をガレージの前に駐めて、ルゥ親子と共に館の玄関をくぐる。

「ただいま!」


「おかえりだにょ!」

「ググレさまー!」

「ぐーぐ、おつかれデース?」


 ヘムペローザとプラム、それにラーナが出迎えてくれた。夕飯の支度を手伝っていたようだ。

 軽くハグをしてリビングダイニングへと向かう。


「お前らの顔をみたら元気が出たよ」


 何はともあれ、楽しい我が家が一番だ。


<つづく>


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