記憶と大切な宝物
メタノシュタット王立魔法協会の本部へ、回廊を進んで行く。
城の基部である岩塊に穿たれた壁と床には、魔力の残滓がこびりついている。まるで王国の悠久の歴史を物語っているかのようだ。
「ここの穴蔵に来ると落ち着くよ」
「賢者ググレカス、図書館に続く第二の隠れ家を見つけたのですね」
「似たような魔法使いの巣窟だしな」
廊下で年老いた魔法使いに挨拶をして通り過ぎる。
天井も壁も長い年月の間に磨かれ、冷たく青黒い光を放っていた。整然と並ぶ明り取りの隙間窓から、斜めに午後の日差しが差し込んで、空中の塵を輝かせている。
やがて目的の場所にたどり着いた。
――『三日月の談話室』
重厚な木のドアには、部屋の名前が彫り込まれたプレートがぶら下げらている。
ドアを押し開けて中に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、天井まで届くほどの大きな書架だ。
広さは15メルテ四方ほど。細長い机が3列並んでいて、椅子がそれぞれ10脚ずつ向かい合って置かれている。
空調はされているが窓は無く、水晶ランプが幾つも灯されている。
「……失礼します」
中には、色とりどりのローブやマントを羽織った十人ばかりの魔法使たちがいて、一斉にこちらを見た。
年老いたヒゲの魔法使いに、浅黒い肌で銀髪のダークエルフ・ハーフの女性魔法使い。それに学生のような青年魔法使いに、小太りでずんぐりとした体型の女性魔法使いなどなど。
何度か通ううちに見知った顔が何人も居る。その中にはレントミアの顔も見えた。
「あ、ググレだ。いらっしゃい」
「レントミア、楽しそうだな」
「まぁね」
横に座っていたリーダー格の中年のベテラン魔法使い、ヨリハームが気さくな笑顔を浮かべて俺を招く。
「ググレカス、例の品物は皆で解析しておったぞ、さぁはやくこちらへ」
彼は聞くところによると『星辰の魔法使い十傑』の一人と称され、魔王大戦で王様から銀色勲章を授かった屈指の実力者らしい。
「お忙しいところすみません。面倒なものを持ち込んでしまって」
「面倒なものか。みんな大騒ぎだ、面白くてな。他国では、こうして禁忌の秘術を研究しているという証拠がここにあるんだからな」
「うちは堅すぎるんだよねぇ」
「自分で考え動く完成形のホムンクルス……。ゴーレムとは違う自律駆動型。それはもう、生命を錬成したのに等しい偉業ですものね」
浅黒い肌に、短い銀髪のダークエルフ・ハーフの女性魔法使いが手帳に色々と書き込みながらブツブツと言う。
「ホムンクルスの体内にあったアイテムとなれば、錬成法や秘術の一端がわかるやも知れぬ」
「それで色めき立っているんだ」
仲間たちを眺めて苦笑するヨリハーム。
机の上には木製の固定器具があり、左右から挟み込むように固定された水晶があった。それこそが魔法使いたちが夢中になって解析中のアイテム。ロベリー女史の体内にあったとされる『記憶石』だ。
様々な古い書物やメモが散乱し、この1時間の間にかなりいろいろと調べていたことが分かる。
「『記憶石』内部へのアクセスが可能になったのはついさっきだよ、ハイリフルムが暗号解析をしてくれたんだ」
「本当か? すごいな」
若草色の髪を後ろで一つに結ったレントミアが横に来て教えてくれた。
『記憶石』入手してここまで移動する間、内部へのアクセスを試みた。だが複数の『施錠魔法』により行く手を阻まれた。
それは複数の暗号を解き、パズルのように組み合わせるもので、時間が必要だった。
自律駆動術式で解析用の術式を組み、力技で数万通りの答えをぶつければ解除できたかもしれないが、諦めた。
魔法協会に行けば、人員も知識も格段に多い。
それに秘密とやらを個人で抱えるのは、リスクが大きすぎると判断したからだ。
魔法協会にはレントミアを始め、魔法の解析が得意な人員も多いので解析を依頼することになった。もちろん公式なもので「王政府内務省からの依頼」ということでだ。
「賢者ググレカス。でも、その……あれはロベリーさんの記憶ですわよね?」
妖精メティウスは浮かない顔で、少し気が引けるようだ。確かに、女性の記憶を覗くことになるのはあまり良い気がしないが……。
「妖精さんの言うとおりよ。女性の秘密を暴くのは、いい趣味とはいえないわね」
小太りでずんぐりとした体型の女性魔法使いが、椅子に座ったまま、メティの言葉に同意を示す。
「リープリア、だったら、まず最初に君にみてもらえないかな?」
「あら、光栄ね。あまり刺激的な内容なら公開しないわよ。いいかしら」
「構わない」
リーダーのヨリハームの頼みに、女性魔法使いリープリアは渋々ながら頷く。
「刺激的なの? なんで? 教えてよググレ」
「さ、さぁな……ってか、言わせるな」
レントミアがわかっているくせに俺に喋らせようとする。
大人の女性と同じ肉体を持つ『人造生命体』なのだから、その……時にはエッチな目的で使われているかも、と言う意味だ。
「もう! 厭らしいですわね、賢者ググレカス」
「なんで俺!?」
妖精メティウスがふん、と不機嫌そうに腕組みをして金色の髪を揺らす。
いよいよロベリー女史の『記憶石』の解析が始まった。
中身は何かの数値データ。それと音声、あとは映像……つまり、ロベリー女史の目と耳を通じて記憶された物がいくつかあるようだ。
水晶の記録できる容量には限りがあるので、本当に大事なものだけが残されているはずだ。
まず取り掛かったのは、映像と音声の復元だ。
「ダイジェストで視てみるわ」
リープリアは魔力糸を接続すると瞳を閉じた。ざっと記憶された内容を眺めているのだろう。
既に暗号の解析は済んでいるので、直接脳内に映像が「再生」されているはずだ。
暫くの沈黙が続く。
ゴクリ、と誰かが生唾を飲んだ音がして、ダークエルフ・ハーフの魔女が咳払いをする。
やがて、リープリアが瞳を開けた。
「……殿方が期待しているような映像は無かったわ」
「そ、そうか……」
ホッとしたような、ガッカリしたような、妙な空気が流れる。次に別のことに興味が向く。
「リープリア、では中身は?」
「それが……大した記憶はないみたい。『記憶石』ってのは本来、大事な記憶や情報を必要な分だけ貯めるもの。異国の秘書だって言う割には……この石の中には、ここ半年分……せいぜい1年分ぐらいしか無いのね」
「なんだって?」
「まぁ?」
つまり、ロベリー女史が七色プリズナー更生学園に入園したあたりから、ということになる。
「一体どんな記憶が多いんだ?」
「自分たちで確かめてご覧なさい。シャワーシーンだけはあったけど、自分の身体は映ってないよ」
俺も魔力糸を伸ばして『記憶石』を探る。
中にあったのは、確かに何の変哲もない日常風景だった。
――雨あがリの空が広く青く美しい。葉の上できらめく雫。
――庭で育てていた花が朝に咲いていた場面。
――仲良く笑い時にケンカする姉と弟のやりとりを、眺めている場面。
――カミラとカルバと一緒に、慣れない手つきで焼き菓子を作った場面。
「これは……そうか、そういうことか」
どれもごくありふれた光景ばかりだ。
けれど、彼女にとってそれは幸せだと、あるいは本人が気づかなくても幸せに感じている時間を記録しているように思えた。
数値の情報も同時に再生される。脈拍なのか、呼吸なのか。あるいは何か別の生命反応についての情報だろうか。
そして、最後の方に記憶されていたのは、姉と弟が園を去ると聞かされたシーンだった。
おそらく、悲しいと感じたのだろうか。
「……まるで、ロベリー女史が思い出にしておきたい事だけ、いや、嬉しいことや哀しいこと、感情が揺れ動いたときだけ、記憶されているようだ」
「きっとこれは、ロベリー女史の記憶の中の……宝物ですわ!」
妖精メティウスが瞳を輝かせ、半透明の羽根を震わせた。
「記憶の宝物……!」
<つづく>
【作成よりのおしらせ】
緊急で誤字脱字のメンテナンスを行います。
明日はお休みをきます。
★『異世界ヒッチハイク』は最新話を公開予定です!




