表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1191/1480

 人造生命体(ホムンクルス)


 ◇


 ロベリー女史失踪の現場(・・)、七色プリズナー更生学園の裏庭へと向かう。


 表通りに面した南側の庭は畑で、野菜や花が植えられている。通り過ぎて北側に回り込むと、低い生け垣に囲まれた15メルテ四方ほどの場所があった。

 四隅には常緑樹が植えられていて、洗濯物を干すためのロープが張られている。隣家ともほど近い芝生敷きの何の変哲もない庭だ。


 だが、裏庭のほぼ中央に、直径2メルテほどの焼け焦げたような円形痕が見えた。


「あれです。炎が燃えたように見えますが、芝生は焦げていない」


 モノレダー特別補佐官が片膝を地面に突いて、白い手袋をつけた手で指差す。確かに中央部分はやや芝生が萎れてはいるが、燃えたという感じでもない。


「なるほど……確かに」

「でも、黒い円形の焦げ跡に見えますわね」


 妖精メティウスも、不思議そうに俺の肩の上から身を乗り出す。


 モノレダー特別補佐官は視線を建物の方に向ける。約5メルテ離れた位置には、内側から開け放たれた窓が見えた。

 どうやらそこがロベリー女史が暮らしていた部屋のようだ。


「窓の下は土になっていますが、裸足の足跡がありました。向きや大きさ、深さから推察するに、ロベリー女史が、慌てて窓を開け飛び降りた際に付いたものと思われるんです」


「何者かに呼ばれて飛び出した……のでしょうか?」


 まず脳裏を(よぎ)るのは、彼女が西国ストラリア諸侯国の使者だった、ということだ。


 最強の魔法使い、『古の魔法』を使うオートマテリア・ノルアード公爵の有能な秘書としてこの国に来た。そして彼女は魔法で合成された『人造生命体(ホムンクルス)』だった。


 同じ『人造生命体(ホムンクルス)』でも、ウチのプラムとはまるで違う。

 何らかの魔法実験の産物として生み出され、心を持たず、感情を持たない存在だった。そして……打ち捨てられた。


「あるいは、自分から飛び出したのかも」

「本人でなければわからないわ、モノレダー」

 モノレダーが持論を展開する。すると後からやってきたスカーリ特別補佐官が、手帳を持ちながら俺を見据える。


「そこで賢者様の深い魔法知識でお調べいただきたいのです。そして、何か見解をお聞かせ願えれば助かります」


 スカーリの言葉に、モノレダー特別補佐官は小さく眉を持ち上げた。


「わかりました。やってみます」


 七色プリズナー更生学園は軍の管轄地に建ってはいるが、建物と敷地は王政府の内務省の管轄だ。つまり周囲に軍属の魔法使いも大勢いる中で、俺が呼ばれた理由はそこだ。


 国王直属の王国軍と、姫殿下が統括する内務省は時に「縄張り争い」のような事になる。共に国のために存在するのだが、それは巨大な組織同士の宿命か。


 王宮に出入りする魔法使いであり、内務省に勤務している以上、ここは職務を全うすることにする。

 とりあえず索敵結界(サーティクル)の波動を絞り、地面と周囲に向けて照射しながら魔法の痕跡を感知してみる。


 妖精メティウスは収集した反応を、戦術情報表示(タクティクス)の魔法の小窓で確かめている。


「これは火炎系の魔法による痕跡じゃなさそうだ」

「はい、魔法術式が励起されたわけではありませんね、黒い(すす)のような?」

 

 構成を分析する。どうやら危険な物質ではなさそうだ。普遍的な、ごくありふれたもの。


「……この黒い焦げ痕のようなものは……泥炭に硫黄、石灰と何かの脂。それに……少しの水銀……」


「賢者ググレカス、するとこれは?」


「あぁ、ホムンクルスの……構成材料(・・・・)に思えるな」

「まぁ!?」


 どうやら結論が出たようだ。


「これはロベリー女史が分解(・・)した残骸だ」


「な、なんですって……!?」

「ググレカス様、ロベリー女史は……もうこの世に居ないと?」


 流石のスカーリ特別補佐官も、モノレダーも驚きを隠せない。


「魔法使いとしての見識では……だが」


 俺は、モノレダーとスカーリに向き直った。


「ロベリー女史は自らの寿命を感じ、外に飛び出したのではないかと思います」


「音と光の謎も解けるわ。音は女史が外に飛び出した音、そして光は……」


 スカーリが得心がいったというように眼を細める。


「構成材料に分解する際に、ある程度の熱と光が生じたのでしょう。姉弟はその光を見た」

「なるほど」


 これでカミラとカルバ、二人の疑いは晴れたといって良いだろう。


 外部からの魔法による干渉や、魔法円の跡など、何もないのだから。


 設計寿命(・・・・)を迎えた『人造生命体(ホムンクルス)』がどうなるか、今更語るまでもない。

 分解し元の材料に戻る。それは「死」であり『人造生命体(ホムンクルス)』を構成する材料への還元を意味する。


 ――プラム……。


 思いを馳せずにはいられなかった。愛すべき俺の()。プラムはその設計寿命を、後から「上書き」することで延命した稀有な例だ。

 それも竜人(ドラグゥン)の血を使う事により成し得た、禁断の秘術によって。


 いや、そもそも『人造生命体(ホムンクルス)』自体が魔法体系でも禁呪扱いであり、王国の魔法協会でさえ「実現してはいけない」とされる禁忌の行為なのだ。


 俺は暗く深い秘密を抱えている事に、改めて気を引き締める。


 と、索敵結界(サーティクル)に、僅かな反応があった。


「賢者ググレカス、あそこに、小さな水晶の結晶がありますわ!」


 妖精メティウスが黒い粉の中を指差す。俺は近づいてそれを拾い上げた。

 黒く変色しているが、水晶だ。


 光にかざしてみると、キラキラと含有物(インクルージョン)が見える。


 指先から、複雑に折り畳まれた魔法術式を感じる。


「複雑な積層型の『記憶石(メモリア)』だ」


「ロベリー女史の体内にあったものでしょうか?」

「おそらくな。中を解析すればいろいろと面白いことがわかりそうだ。俺が視てもいいが、魔法協会がいいかもしれない」


 俺はスカーリ特別補佐官に水晶を手渡した。

 と、その時。


 表の方から園長が誰かと話す声がして、やがて男が一人現れた。


 黒い軍服を着た背の高い男だった。軍帽を深く被り、くぼんだ頬に青白い顔。長いコートで身体を隠している。

 手には白い手袋をしていて、甲の部分に赤い紋章が描かれている。


「軍の者だ。その水晶をこちらに渡せ」


 短く低い命令口調だった。


「あのー現場(ここ)は、内務省の管轄でして……」


 モノレダーが近づきながら軽い調子で、だが毅然とした口ぶりで言う。


「渡せ、と言っている」


 男が僅かに指先を動かした。


「……あ、あぁそうでした。石を……渡すんだ、スカーリ」

「モノレダー!?」


 ――認識撹乱魔法(イマジンジャマー)を検知……!


「ちょっと待ってください。何故、水晶の事を?」


 俺は男に向き直り問い(ただ)した。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ