人造生命体(ホムンクルス)
◇
ロベリー女史失踪の現場、七色プリズナー更生学園の裏庭へと向かう。
表通りに面した南側の庭は畑で、野菜や花が植えられている。通り過ぎて北側に回り込むと、低い生け垣に囲まれた15メルテ四方ほどの場所があった。
四隅には常緑樹が植えられていて、洗濯物を干すためのロープが張られている。隣家ともほど近い芝生敷きの何の変哲もない庭だ。
だが、裏庭のほぼ中央に、直径2メルテほどの焼け焦げたような円形痕が見えた。
「あれです。炎が燃えたように見えますが、芝生は焦げていない」
モノレダー特別補佐官が片膝を地面に突いて、白い手袋をつけた手で指差す。確かに中央部分はやや芝生が萎れてはいるが、燃えたという感じでもない。
「なるほど……確かに」
「でも、黒い円形の焦げ跡に見えますわね」
妖精メティウスも、不思議そうに俺の肩の上から身を乗り出す。
モノレダー特別補佐官は視線を建物の方に向ける。約5メルテ離れた位置には、内側から開け放たれた窓が見えた。
どうやらそこがロベリー女史が暮らしていた部屋のようだ。
「窓の下は土になっていますが、裸足の足跡がありました。向きや大きさ、深さから推察するに、ロベリー女史が、慌てて窓を開け飛び降りた際に付いたものと思われるんです」
「何者かに呼ばれて飛び出した……のでしょうか?」
まず脳裏を過るのは、彼女が西国ストラリア諸侯国の使者だった、ということだ。
最強の魔法使い、『古の魔法』を使うオートマテリア・ノルアード公爵の有能な秘書としてこの国に来た。そして彼女は魔法で合成された『人造生命体』だった。
同じ『人造生命体』でも、ウチのプラムとはまるで違う。
何らかの魔法実験の産物として生み出され、心を持たず、感情を持たない存在だった。そして……打ち捨てられた。
「あるいは、自分から飛び出したのかも」
「本人でなければわからないわ、モノレダー」
モノレダーが持論を展開する。すると後からやってきたスカーリ特別補佐官が、手帳を持ちながら俺を見据える。
「そこで賢者様の深い魔法知識でお調べいただきたいのです。そして、何か見解をお聞かせ願えれば助かります」
スカーリの言葉に、モノレダー特別補佐官は小さく眉を持ち上げた。
「わかりました。やってみます」
七色プリズナー更生学園は軍の管轄地に建ってはいるが、建物と敷地は王政府の内務省の管轄だ。つまり周囲に軍属の魔法使いも大勢いる中で、俺が呼ばれた理由はそこだ。
国王直属の王国軍と、姫殿下が統括する内務省は時に「縄張り争い」のような事になる。共に国のために存在するのだが、それは巨大な組織同士の宿命か。
王宮に出入りする魔法使いであり、内務省に勤務している以上、ここは職務を全うすることにする。
とりあえず索敵結界の波動を絞り、地面と周囲に向けて照射しながら魔法の痕跡を感知してみる。
妖精メティウスは収集した反応を、戦術情報表示の魔法の小窓で確かめている。
「これは火炎系の魔法による痕跡じゃなさそうだ」
「はい、魔法術式が励起されたわけではありませんね、黒い煤のような?」
構成を分析する。どうやら危険な物質ではなさそうだ。普遍的な、ごくありふれたもの。
「……この黒い焦げ痕のようなものは……泥炭に硫黄、石灰と何かの脂。それに……少しの水銀……」
「賢者ググレカス、するとこれは?」
「あぁ、ホムンクルスの……構成材料に思えるな」
「まぁ!?」
どうやら結論が出たようだ。
「これはロベリー女史が分解した残骸だ」
「な、なんですって……!?」
「ググレカス様、ロベリー女史は……もうこの世に居ないと?」
流石のスカーリ特別補佐官も、モノレダーも驚きを隠せない。
「魔法使いとしての見識では……だが」
俺は、モノレダーとスカーリに向き直った。
「ロベリー女史は自らの寿命を感じ、外に飛び出したのではないかと思います」
「音と光の謎も解けるわ。音は女史が外に飛び出した音、そして光は……」
スカーリが得心がいったというように眼を細める。
「構成材料に分解する際に、ある程度の熱と光が生じたのでしょう。姉弟はその光を見た」
「なるほど」
これでカミラとカルバ、二人の疑いは晴れたといって良いだろう。
外部からの魔法による干渉や、魔法円の跡など、何もないのだから。
設計寿命を迎えた『人造生命体』がどうなるか、今更語るまでもない。
分解し元の材料に戻る。それは「死」であり『人造生命体』を構成する材料への還元を意味する。
――プラム……。
思いを馳せずにはいられなかった。愛すべき俺の娘。プラムはその設計寿命を、後から「上書き」することで延命した稀有な例だ。
それも竜人の血を使う事により成し得た、禁断の秘術によって。
いや、そもそも『人造生命体』自体が魔法体系でも禁呪扱いであり、王国の魔法協会でさえ「実現してはいけない」とされる禁忌の行為なのだ。
俺は暗く深い秘密を抱えている事に、改めて気を引き締める。
と、索敵結界に、僅かな反応があった。
「賢者ググレカス、あそこに、小さな水晶の結晶がありますわ!」
妖精メティウスが黒い粉の中を指差す。俺は近づいてそれを拾い上げた。
黒く変色しているが、水晶だ。
光にかざしてみると、キラキラと含有物が見える。
指先から、複雑に折り畳まれた魔法術式を感じる。
「複雑な積層型の『記憶石』だ」
「ロベリー女史の体内にあったものでしょうか?」
「おそらくな。中を解析すればいろいろと面白いことがわかりそうだ。俺が視てもいいが、魔法協会がいいかもしれない」
俺はスカーリ特別補佐官に水晶を手渡した。
と、その時。
表の方から園長が誰かと話す声がして、やがて男が一人現れた。
黒い軍服を着た背の高い男だった。軍帽を深く被り、くぼんだ頬に青白い顔。長いコートで身体を隠している。
手には白い手袋をしていて、甲の部分に赤い紋章が描かれている。
「軍の者だ。その水晶をこちらに渡せ」
短く低い命令口調だった。
「あのー現場は、内務省の管轄でして……」
モノレダーが近づきながら軽い調子で、だが毅然とした口ぶりで言う。
「渡せ、と言っている」
男が僅かに指先を動かした。
「……あ、あぁそうでした。石を……渡すんだ、スカーリ」
「モノレダー!?」
――認識撹乱魔法を検知……!
「ちょっと待ってください。何故、水晶の事を?」
俺は男に向き直り問い質した。
<つづく>




