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 スカーリ女史と特務事案


 テーブルの端の方に飾ってあった水晶球が光を放ち始めた。


「おや、魔法通信で誰かがお呼びのようだ」


 一体誰だろう。俺は椅子から立ち上がり水晶球へと近づいた。近距離通信の「着信」を意味する短い青の点滅だ。手をかざし音声を再生してみる。


『――あ! お休みのところ申し訳ございません、ググレカス様。特別補佐官のスカーリです。お久しぶりです』


 声は内務省の特別補佐官、スカーリ女史だった。

 彼女は金髪でスタイル抜群、頭の切れる優秀な王政府の女性職員で、相棒のモノレダー特別補佐官とペアを組んでいる。メタノシュタットで起こる様々な不可思議事件の調査、情報の伝達など様々な業務をこなしている。


「おぉ? これはスカーリさんお久しぶりです。あれ? 魔法の水晶球通信は……近距離。イスラヴィアのインクラムドからではないのですか?」

 

 特別補佐官は連絡用に魔法の通信道具を持っている。それは小さな水晶球が埋め込まれたブレスレッド型で、内蔵した魔力蓄積機構(キャパシスタ)の出力が弱く、王都近辺程度の通信範囲しか無いはずだ。

 100キロメルテを超えるような長距離通信には、大型の水晶球を装備した馬車、『移動通信局』や、拠点ごとに整備した固定基地局を経由する。だが、着信時の光り方は「王都内」だった。


『お察しの通りですわ。同じ王都(・・)内から通信しております』

「なんと、王都に戻ってきたのですか!」


 彼女は半年ほど前、イスラヴィアの州都インクラムドに赴任し、エルゴノート総督による統治を補佐していたはずだ。


『先日、イスラヴィア勤務の任を解かれました。休暇を経て王都勤務になりました。イスラヴィアも落ち着いて大きな事件もありませんし、後任に引き継ぎました』


「それは何よりです。エルゴノート総督(・・)による統治も順調……ということでしょうね」

『はい。有能な人材が再び戻ってきました。総督府に力を貸してくれるおかげで、政権運営も統治もかなり安定しました。経済的にも金属貿易が右肩上がりで伸びていますし。エルゴノート総督は、イスラヴィアの地方を隈なく視察して回る余裕も出てきたようですわ』


「ふぅむ、順調そうで何よりです」


 イスラヴィアの動向は内部資料では読んでいたが、現場で働いていたスカーリ女史の声を聞くと納得する。内務省の『特別補佐官』は一種の諜報部員だが、様々な情報の連絡を要人や部署間で行う調整役でもある。有給休暇中の俺に連絡をよこしたということだが、どうやらイスラヴィアに関する問題ではないらしい。

 となれば、治安維持を担う衛兵たちや、特別補佐官でも手に負えないような難事件、あるいは「訳の分からない」謎な事件でも起きたのだろうか。


「それで、今日は一体どんな御用ですか」

『あ、そうですわ。実は、ちょっとした事件がありまして――』


「だが生憎、私は有給休暇中でして……」


 スカーリ特別補佐官が説明をしようとするのを遮って、今は休暇中だと伝える。


『……あら? 規約(・・)では最上位特務事案対処要員……すなわち姫殿下直属の『懐刀』職は、休暇中でも局長の決済、許可(・・)があれば他の職員からの協力要請に応じて頂く義務が生じますのよね……。特に、王城または王都内で発生した特務事案に対しては』


 スカーリ特別補佐官が、困惑気味の声で言う。


「王都内の事案……ん?」


 おかしい。内務省に所属したとき「規約」とやらを確かに読んだが、そんな「休暇中でも関係ない」みたいな条項はあっただろうか?


 さりげなく検索魔法(グゴール)で勤務規約を探してみる。

 

 ――最上位特務事案対処要員(姫殿下直轄職員)は、王城、王都内、王国内、属領内で発生する特務事案(魔法、魔物、自然現象、超常現象、その他)に対し、調査、分析、連絡、必要に応じ、実力対応する義務がある。


 まぁ、ここまではいい。姫殿下直轄職員とは『懐刀』である俺や、魔法使いレイストリア。それに軍属ではあるが近衛を仰せつかっている魔法使いマジェルナのような、王族や姫の「近衛」としての立場にいる者たちだ。


 だが、読み進めてゆくと真新しい一文が目に留まる。


 ――王家、王族、王政府局長職務、魔法協会会長、王国軍、内務省特務事案補佐官、他の職員からの協力要請に応じる義務がある。尚、休暇中であっても直属の上司が判断すれば、緊急度に応じて休暇を保留、対応を優先する義務が生じる。

 ――規約改定 (王国神聖歴 1017年8月28日 )


「おっ、俺がルーデンスに居る間に規約改定が!?」


 ……しまった、ハメられた。


『どうかなさいましたか? ググレカス様』


「あ、いや、うん……大丈夫、あぁ、大丈夫だとも」


 長テーブルの横ではヘムペローザが俺をじぃっと見つめている。妖精メティウスもやってきて、無言で俺の肩に腰掛ける。


 変な汗が出てきた。だんだん外堀が埋められてきたというか。

 魔法使いとして気楽に、テキトーに働いて、人生を謳歌する俺の計画が狂い始めている。


「で、何があったんです?」


 俺はやや上ずった声で尋ねた。


『はい、実は「七色プリズナー更生学園」で保護観察を受けていたロベリーさんが消えました』


「ロベリー……あ! オートマテリア・ノルアード公爵の元・美人秘書さんか……。しかし、消えたとは……失踪したと?」


『わかりません。ですが、あそこは軍の監視区域で、地区への入退出は完全に監視されます』

「ではどうやって?」


『同じ施設に居たカミラさんとカルバさん、姉弟(・・)の証言では、夜間に窓の外から青い光に照らされて施設が揺れ……その後ロベリーさんの姿が見えなくなった、とのことです』


「お、おいおい、本格的な謎の事件じゃないか」

『調査は既にモノレダーが現場にいて行われておりますが……不審な点や謎が多くて。魔法に関しては幅広い見識を持ちですし、何よりもオートマリリア・ノルアード公爵との関連事案ですし』


「わかった。行こう」


 ロベリーはノルアード公爵が「モノ」だと言い放って捨てていった女性秘書官だ。白い肌にストロベリーブロンドの赤みがかった髪。目鼻立ちのハッキリした美人だが、喜怒哀楽という感情が欠落した無表情の女性。

 彼女の正体は、ノルアード公爵が高度な魔法技術により創り出した人造生命体(ホムンクルス)だった。


 一体、何が起きているんだ?


<つづく>


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