開催の『肉祭り』と新しいファリアの友
◇
「ルーデンスの肉は美味いだろう?」
ファリアがこんがりと焼けた骨付き肉にかぶりつきながら、自信たっぷりに笑う。
服装こそ民族衣装で着飾った異国の「お姫様」ではあるが、滲み出る女戦士としてのワイルド感は隠せない。
いや、もう隠そうとすらしていない。
「美味。焼きたてで美味しいわ!」
「美味しいのですー!」
マニュフェルノとプラムが、ラム肉のリブロースにかぶりつく。
上品な食べ方のマニュフェルノと、元気に食べて笑顔のプラム。
俺もその横で食べてみる。絶妙な焼き加減のラム肉にハーブソルトの塩と香味が実に美味しい。
「うむ……美味い!」
と、水晶球目線で。
「美味しくて、良質な筋肉に置き換わります」
「オラ、野生が戻ってくるっス!」
リオラとスピアルノはちょっと宣伝じみたセリフを口にしながら、肉を食べる。ちょっと表情がぎこちないが、それもそのはず。
――ルーデンス肉祭り会場からの生中継。
戦術情報表示の魔法の小窓には、今現在、王都メタノシュタットで放送されている番組として俺達が映し出されている。
それはメタノシュタットのあちこちの風景や名物を紹介する人気番組で、司会は、お馴染みのペシナールとノックスのコンビ。
魔法高等学舎の学生時代からコンビだった二人は、今や王都で人気のレポーターでありタレントのようなものらしい。
『御覧ください! ここ、ルーデンス自治王国の首都アークティルズの会場は、大勢の人たちで賑わい、肉の焼けるいい香りが漂っています!』
『親善訪問で訪れていた賢者ググレカスと、ご家族の皆様も、大変美味しそうに召し上がっておりますね!』
明るく元気なペシナールとノックスのトークは、実に滑らかだ。
王都メタノシュタットから急遽派遣された報道業者の一行が、ルーデンスの首都アークティルズで行われている「肉祭り」の会場に来ているのだ。
水晶球通信を行う水晶玉をいくつも抱えたスタッフが映像を拾い、二人の人気司会者が音声送信用魔法道具を手に持ち声を張り上げている。
祭の中心で報道業者の取材を受けているのは俺達、賢者の館の面々と、ルーデンスでは絶大な人気を誇り、深い信頼を得ているファリア姫とサーニャ姫のお二人だ。
王と王妃を含むルーデンス王家のご一家は、城のバルコニーに姿を見せたが、広場まで降りてくるのは姫達に任せたようだ。
今回の「肉祭り」は魔女が暴れた事件から3日後に開催が決まり、今日は5日目。準備は国が一丸となって進め祭りの開催にこぎつけた。
これはルーデンス伝統の「邪気払い」の意味があるらしく、疫病や戦など苦難を乗り越えたことを祖先に報告する伝統行事でもあるのだとか。
今回、大魔導師ラファート一派により仕組まれた食中毒事件や、スライム増殖事故、更に恐ろしい太古の魔女復活によるテロの混乱など………。
立て続けに起こった事件にも負けず、暗い雰囲気を吹き飛ばしてやろう! という、ルーデンス人の気概の表れだとルーデンス王は仰っていた。
つまり王都から人気のレポーターが派遣されてきたのは偶然ではない。
「問題は起きたが、ルーデンス保護国は安泰。メタノシュタットは全ての事案を適切に対処し管理している」と、アピールする狙いがある。そうすることで諸外国に影響力を誇示できると、王政府が判断したからだという。
またこれは、食中毒という実に不名誉な「風評被害」を吹き飛ばす絶好の機会。
となれば俺達も一肌脱いで、美味しく食べて見せることで、協力させてもらうことにした。
首都アークティルズの中央広場は、石畳も周囲の建物も突貫工事ながらすっかり修復されていた。
赤い飾り旗が何本も周囲にはためき、民族音楽を奏でる一団がお祭りムードを盛り上げる。更に広場を囲むように様々な種類の肉料理を無料で振る舞う屋台が立ち並び、大勢の市民で賑わっている。
『ファリア姫殿下は、御存知の通り魔王大戦で名を馳せた六英雄のお一人です。強くお美しい姫殿下! その素晴らしい肉体を維持する秘訣をお聞かせ願いたいのですが……!』
ペシナールが女性レポーターらしく、若干の無礼さを笑顔で包み隠しつつ、果敢にファリアにインタビューを試みる。
「うむ! ルーデンスの肉を食い、乳製品を飲む。そして運動、それに睡眠だな」
『なるほど……実に理想的ですね! では、今回の祭りについてひとことお願い致します』
「色々なことがあったが、尽力してくれた国民を始め、友人たち……多くの人たちの協力で、この伝統行事を開催することができた。これは邪気払いであり、勝利を祝う祭りでもある! 皆の者、勝利と食欲に、そしてルーデンスに栄光あれ!」
ファリアが大きな骨付き肉を高々と掲げると、広場全体がドォオオ! と割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「姉上お見事です、やれば出来るじゃないですか」
「サーニャ、私とて王族らしいこともできるのだぞ?」
ちょっと驚いた様子のサーニャ姫にファリアが笑顔で応じる。二人共すっかり元気を取り戻したようだ。
『ありがとうございますファリア姫殿下! あの……もうひとつだけお聞かせ願いたいのですが……。そろそろ恋の噂など聞きたいなーと思うのですが、いががでしょう?』
流石は報道業者。ズゲズゲと遠慮なく切り込んでゆく。
「ははは! 当分は無いな。こんな私でもいい。そんなふうに言ってくれる殿方が現れたら……その時に考えよう」
ファリアの答えは明朗だった。
明るく笑い飛ばしているが、ルーデンスの森から追放処分となった『森の主』の事を少しは想っているのだろうか。
あの事件の翌日――。
『森の主』ウォルハンド・ライアースは事件の顛末を説明するために、ルーデンスの王城へと登城した。そして自分が魔女を信じたばかりに災厄を招いたと言って謝罪。
責任を取り『森の主』を退くと宣言した。ルーデンスの王はそれを受けて国外退去処分――つまりルーデンス周辺の森からの追放を言い渡した。
顛末が語られる間ファリアは黙って聞いていた。
結局『森の主』ウォルハンド・ライアースはファリアに対しては何も口にしなかった。退出する際、静かに頭を下げ王城を後にした。
『自分らしく生きる。それが女性らしく、美しく輝く秘訣なのですね!』
「……自分らしく、か」
ファリアがペシナールの言葉に目を瞬かせた。
『はい! ファリア姫殿下。この世の中、わたしたち女性にとっては息苦しいときも多いんです。淑やかにしろとか、口を開けて笑うなとか……。でも、私はファリア姫と同じ考えです! 自分らしく生きること。それが私達が生き生きと、輝ける秘訣だと思います』
「そうか、なるほどな!」
ファリアが照れたように笑う。
「さぁ、ググレカスも食え! 色々あったが、きにするな。お陰で邪気払いの祭りの開催にこぎつけたんだからな。ほら食え」
「お前がかじったやつだろうが」
「遠慮するな!」
「うぐぐ」
野戦の後、倒した魔獣の肉を食らっているかのような感じがして懐かしい。
豪快過ぎるシーンが全国放送されるのも如何かと思うが……。
「ワシは小さく切って皿に載せてほしいにょ」
「ラーナもデース」
「はいよお嬢さんたち!」
早速、屋台の店主が、焼けた牛肉を細かく切って木の皿に載せて手渡してくれた。
ヘムペローザとラーナは、添えられた串を使い上品に肉を食べ、「美味しい!」と笑顔を見せる。
『ところで、どうですか賢者様、ルーデンスのお肉は?』
相変わらずソバカス顔のペシナールが、ぐいっとマイクを向けてくる。すこし伸びた髪でもくせっ毛のノックスが後ろでニヤリとする。
どうやら俺の「食レポ能力」を試そうという腹づもりらしい。
余裕の笑みを浮かべ、まずはエレガントに肉の香りを愉しむ。
「ふぅむ。……実にいい焼き加減です。香りもいい。上手に熟成した証拠ですね」
焼きたてのジューシーな肉を水晶球に向けて十分に見せてから、パクリ。と一口で頬張ってみせる。
こいつ出来るわね、とばかりにノックスが真顔になる。
目を少しつぶりながら、モグモグと味わい。ゆっくりと天を仰ぎ、そして。
「んっ……美味いっ! 口の中に広がる焼けた肉の香ばしさ……。肉の脂が舌の上でとろけて口いっぱいに広がります。でも、しつこくないんです。ハーブソルトが羊肉の独特の臭みを抑え、旨味を引き出しています」
『す、素晴らしい食レポです、流石は賢者様……! 全国の皆さん! ご覧になりましたか? ルーデンスのお肉は美味しいので、わたしも我慢なりません! この後、私たちも……いただきまーす!』
水晶球に向かってキラッ! とウィンクして手を振るペシナールとノックス。
まだ片付けなければならないことはあるだろうが、美味しい肉を食べ皆も大満足だ。
何はともあれ、大団円。
……と、いいたいところだが。
「ん?」
広場の祭りの人混みを縫って、何やら見慣れない人物が近づいてきた。
背の低い中肉中背の青年と、後ろから荷物を抱えた少年がついてくる。
青年の身なりは非常に整っていて上品な紫色の貴族服のようなものを身に着けていた。ズボンは腰から太ももにかけてブカブカに膨らんでいるが、膝下のブーツがキュッと細くなっている独特のデザインだ。
プラチナブロンドの髪はきれいに刈り揃えられていて、年齢は20歳半ばに見える。
「お待ち下さい、ガーリック皇子ーっ!」
画材のようなものを沢山抱えた小綺麗な少年が、慌てた様子で追いかけてくる。
「うるさいポリナス、お前は肉でも食べてなさい」
「そんなぁ……!」
紫色の貴族服の青年は、賢者のマントを身に着けた俺や、民族衣装風のドレスを身にまとったファリアに気がついたようだ。
「あぁ、見つけましたぞファリア姫!」
ぱあっ! と笑顔になると小走りで近づいてくる。
二人の衛兵が行く手を遮ろうとするが、胸に紋章の彫り込まれたペンダントを見て道を開ける。
「プルゥーシア皇国からのゲストです、王族印をお持ちです」
「なるほど」
サーニャ姫が教えてくれた。
「あのお方は、プルゥーシア皇国第三皇子ガーリック様ですわ」
「あ、あの御仁がプルゥーシア皇国第三皇子!?」
「ぬぅ……? また来たのか」
「また、とはどういう意味だファリア」
「あぁ、私の絵を描かせろと……。以前も肖像画を描かせてくれとせがまれて……仕方なく描かせてやったのだが」
ファリアが面倒くさそうに言う。
「あのサンドイッチ屋にあった肖像画の作者って、第三皇子自身だったのか!?」
驚いた。それは忘れもしない。メタノシュタットの人気サンドイッチ店の中に飾られていた絵だ。それは、ファリアを美しく描いた肖像画のことだった。
「ファリア姫! お久しゅうございます! あぁ、素晴らしい生ける肉体芸術! 黄金の筋肉を纏いし麗しの姫よ……!」
「えぇい! その呼び方はやめ……お止めいただきたい!」
流石のファリアも顔を赤くして悲鳴を上げる。
衛兵の壁を突破して駆け寄ってくる第三皇子は、ファリアに逢えて実に嬉しそうだ。後ろから「すみません! すみません!」と頭を下げながら少年従者がついてくる。
「ご覧ください! 私はこの数ヶ月間、肉体改造して痩せたんですよ!? ダイエットしたんです!」
「……!? 確かにちょっと見違えて痩せたようだが……」
「どういうことだよファリア。確かプルゥーシアの第三皇子って色白で小太りじゃ?」
「面倒くさいから、痩せたらもう一枚絵を描くのに付き合ってやると言ったのだ」
「おいおい……」
「そうですともファリア姫! お言葉どおり私は痩せました! さぁお約束どおり……私めに筋肉彫刻……いや、ファリア姫の絵を描かせていただきましょう!」
「う、ううぬ……!?」
「本気だぞあの皇子」
なんというか本気で惚れている男の目だと思う。絵の題材として、だが。
「ガーリック皇子は第三なれど、ああ見えて暇なんです。他の皇子様と違って……」
「ほう?」
少年従者がハァハァと息を切らしながら、つぶやいた。
検索魔法で調べると、なるほど。
プルゥーシアの第三皇子は、側室の子で他の二人の皇子とは違い皇位継承権争いからは無縁の、いわば自由な身分らしい。問題さえ起こさなければ自由。ある意味哀れでもあり、羨ましくもある立場の皇子のようだ。
「私は嫌なんだよ絵を描く間、座っていると腰が痛くなる」
眉を曲げて俺に小声で言うファリア。
「まぁそう言わず、付き合ってやるといいさ」
「ググレ!? 貴様それでも友人か……」
俺は困り顔のファリアに背を向けて、手を振った。
「きっと、新しい友が出来るさ」
「そうですともファリア姫! 今日はまた一段と、素晴らしいお召し物です! さぁ、せめてラフスケッチだけでも描かせて頂けませんかね!」
「ここでは恥ずかしいのだか!?」
俺はどこか楽しげなファリアの様子を尻目に、ゆっくりと家族の方へと歩き出した。
<章 完結>
【作者よりのお知らせ】
というわけで長い章が終わりました。
ファリアにはまずは新しい友達から……はじめてもらいましょう。
マイナスの印象から始まるほうが 恋に発展するかもですね★
お付き合い頂いた読者の皆様感謝です。
ではまた次章で!




